第17話:「ペトルス・リプシウスと申します」

 テーブルに座って、メッセージをいくつか開いてみた。


「これ全部、日本から届いてるんです」


 ペト様の前で、メッセージの一覧を、指で上下しながら説明する。


「届いている。ということは、手紙みたいなものですか?」

「うん、そうですね。でも、紙に書いて送るんじゃなくて、たとえば友達がスマホで書いた内容が、私のスマホに直接送られてくるの」

「日本から、ですか」

「日本から、です」

「ほんとうに、魔法みたいな機械ですね」


 不思議そうな顔で見守るペト様に、あまり詳しく話す余裕はない。ナギちゃんも両親も、私と連絡つかなくなっているので、ものすごく心配していることはすぐにわかった。


 まあ、当然か。


 スマホの時刻は、8月22日(土)昼の12:48。登校日は木曜日だったから、もう丸二日近く、私は「失踪」してることになる。


 電波が来てるんだから、お母さんにだけでも連絡しようか。けど、なんて言ったらいい? 学校前からバス乗ったら、異世界の見知らぬ星に来ちゃった? 大好きなペト様と一緒で安心だから、心配しないで?


「ダメだ。そんなこと話したら、余計に心配されちゃう」


 でも、ナギちゃんなら、わかってもらえるかな?


「向こうから来る、ということは、こちらからも送れるのですよね?」

「さすが、ペーター。考えてること、すぐわかっちゃうんだね」

「ご家族もお友達も、みんな心配してるでしょうから」

「うん」


 よし。まずはナギちゃんに返事しよう。


 とはいえ、いざメッセージを書こうとすると、なんて書いたらいいのか、やっぱり困ってしまう。


 『チェリせん』オタ友のナギちゃんに、ペト様と一緒にいることはぜひとも伝えたいけど、言葉で説明して納得してもらえる気が、まったくしない...。


「ウワッ!?」


 突然、スマホの着信音が鳴った。電話だ。ナギちゃんからの! 応答ボタンを押す。


「も、もしもし? ナギちゃん?」

「もしもしー? じゃねーよ!!」


 ああ、ナギちゃんだわ。このノリ、懐かしいな。いろんな意味で。


「メッセージ読んだなら、電話くらいしろー! バカヤロー!」


 そっか、既読ついたから、電話かけてくれたんだ。


「ゴメン! 連絡できなくて」

「カナ、今どこ?」

「うーん、私もそれ知りたいっていうか……」

「なにそれ? 誘拐されたの?」

「まさか!」

「じゃ、やっぱ、駆け落ちか!」

「は?」

「心中とか、早まるなよ!」

「しねーよ! つーか、誰とすんだよ?」


 すると、ナギちゃんが一瞬黙った。


「カナ」

「はい?」

「たとえ親友同士でも、話しづらいことがあるってのは、わかるよ。想像つくよ」

「待って。なんの話?」

「ぶっちゃけ、今、誰かと一緒?」


 今度は、私が黙る番だった。


「あのね、ナギ」

「うん」

「マジで、ほんとーのこと言ったら、信じる?」

「信じるよ。オタクに二言はないよ」

「いや、オタクは関係ねーだろ」

「つーか、はよ言え」


 私は覚悟を決めて、その名を口にした。


「ペト様」

「……」


 隣で聞いていたペト様がうなずく。


「このにおよんでボケてんじゃねーよ!! こっちがどれだけ心配してるか、わかってんのか!」

「いや、ボケてないから!」


 そう簡単には信じてくれないか。


「カナ」


 少しだけ、ナギちゃんの声が落ち着いた。


「それ、ほんとーに、マジで言ってんの?」

「マジ、本気、ほんとーに、ペト様と一緒にいるの。あ! あと、謎の異世界美少女も」

「……」


 私たちの会話を心配そうに聞いていたペト様は、スマホを渡すようにうながすと、初めてとは思えないナチュラルさでナギちゃんと話し始めた。


「もしもし。突然ですが、お電話代わらせていただきました」


 この人、やっぱり、21世紀の日本に住んでたことあるのでは……。


「……はい……。いえ、ほんとうです……。はい。ペトルス・リプシウスと申します……。それが……なにが起こっているのかは、カナさんと同じくらい、私にもよくわからないのです」


 ナギちゃんの言葉は聴き取れないけど、戸惑っている様子だけはわかった。


「いえ、初めてお会いしました……。誰ですって? ……いえ、知りません」


 ナギ。なに聞いてるんだ?


「ナギさん、でしたね。あの、お友達やご家族に安心していただくことが難しいのは、わかっているのですが」


 ペト様が、ちらりと私のほうに目を向けた。


「カナさんは、私が、力のおよぶかぎり、守ります」

「ペーター……」


 もう、こんなセリフを当たり前のように、さらっと言っちゃうんだから!

 

「ええと、すいません……。その、シャメ? というのは、なんですか?」


 ペト様はもう一度私のほうを見て、首をかしげた。なるほど! 写メを送ったら、信じてもらえるか!


 私は、いったんペト様からスマホを返してもらい、スピーカーフォンの状態にしてから、ナギちゃんに話しかけた。


「ナギ、聞こえる? ちょっと待って。写真か動画、送る」

「う、うん。わかった」


 スマホに保存したデータを見返すと、ペト様と一緒に撮った動画が出てきたので、転送してみる。送信に時間がかかる以上に、ナギちゃんの反応が来るまで、かなりの間があった。


「マジかよ」


 スピーカーからの声で、ナギちゃんも信じてくれたらしいことがわかった。


「マジなの」

「えっと、悪い。あまりにいろいろすぎて、正直頭が追いつかない。ていうか、バスにの……」


 急に音が途絶える。


「ナギ、もしもし?」

「……えてる? すっごい雑音なんだけど」

「やばいかも。電波が悪くなってるみたい」

「……カナのママか……きもで……で」


 何度も声が途切れる。まともに受信できなくなってきた。


「……ぱり、ユウトさんの……」

「え、ユウトさん?」

「……なの?」

「ごめん、ナギちゃん。ほとんど聴き取れないよ」


 私が言い終わらないうちに、接続が切れた。


 画面を確認すると、電波も完全に途絶えている。しばらくスマホを持って、部屋のなかをウロウロしてみたけど、まったくつながらなくなった。


 ふと気になって、ラインの履歴を確認する。


 予感どおり、学校から送ったユウトさん宛のメッセージは既読がついていた。返信は、なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る