第16話:ライン・フロム・異世界

 床の上で寝ていたミチャが寝言を言っている。と、思ったら、


 コノー……ノコー……♪


 トポーロー……♪


 いつの間にか、『俺ギリ』OPになっていた(笑)。


「よっぽど気に入ったのねえ」

「これ、なんの歌でしょうか?」


 ペト様が、不思議そうに尋ねた。


「ええと……。『俺の嫁の中の人と付き合うのは……』」

「なんですって?」

「いえ! 日本で最近はやってる歌なんです」

「ああ、なるほど」

「このままだと、起きそうにないですね」

「カゼをひくといけないので、上のベッドに寝かせてきましょうか」


 ペト様は、ミチャを抱きかかえて寝室に連れていく。ひとまず私のベッドに寝かせることにした。階段を上がっていくペト様の姿を目で追いながら、私はぼんやり考えた。


 ミチャが私のベッドで寝るということは……。うーむ。


 今さらだけど、夜だ。良い子は寝る時間だ。私の頭が、フル回転で妄想を始める――


 寝る? 夜になったら、寝る、よね。でも、誰が、誰と、どうやって……?


「ミチャは、ぐっすり眠っていますよ」

「あれ、ペーター、もう戻ってきたの?」


 さすが、速いな……。


「はい。カナも疲れたんじゃないですか」

「うん、少し……」


 一瞬、顔を見合わせる。微妙な沈黙。


「そろそろ、寝ましょうか。私たちも」


 私――……


「そ、そうですね! 遅いですもんね! ミチャを起こさないように、しないと、なー。アハハハ」

「心配いりませんよ、カナ。私の部屋が空いてますから」

「ペーターの、部屋?」

「はい。私の、部屋です」


 自分が描いたからよく覚えてる。そこには大きめのベッドが一つ(だけ)あるはずだ。


「カナが広々とした家を描いてくれたおかげですね。こんなときこそ、有効に使わないと」


 有効に使う、か。異世界惑星の深夜における寝室の有効利用とは……?


「カナ、あまりゆっくりしていると、身体が冷えてしまいますよ」

「あ、うん」


 すっと肩にまわした手から、ペト様のぬくもりが伝わってくる。そのまま、二人で、階段のほうに向かった。


 ほんとうに、私の身体が冷えないように気にしてくれてるのかな。でも、ほんとは、こうやって触れられるだけで、身体の芯から、どんどん熱が湧き出てきちゃうんだよ。


「パジャマもいらないくらい」

「カナ?」

「あ、ごめんなさい! なに言ってるんだろ、私」


 変なつぶやきを聞かれて、余計に身体が火照ほてってくる。


「もちろん、カナが望むなら……」

「わ、私って、なにか望んでましたっけ?」


 返事の代わりに、ペト様は立ち止まって、私のほうに向きなおった。両肩の上に手をおき、耳元にそっと顔を近づける。


 あ、あのー……。ペーターさん! ちょ、ちょっと、近いんですけど……。


「どうでしょう。確かめてみましょうか?」


 ペト様のささやき声が、私の左耳から右耳へ、脳を通って突き抜ける。


「確かめるって……?」


 肩にかかるパーカーをスルっと脱がせると、ペト様はいたずらっぽい笑顔を見せた。間髪入れず、キャミソールにも手をかける。


「これも脱がないと、暑いですね」

「はい。あ、いや、そんなことは……」


 大いに、ありますけども! ていうか、ペト様、急にキャラ変してないですか?


「カナ?」


 その声で名前を呼ばれるだけで、心拍数上がっちゃいます! でも、ここから先は、年齢制限とか、いろいろ!


「カナ!」


 ああ、もう。どうにでもしてください……。


「カナ! 眠ってたんですか?」


 え?


 いつの間にか、私はソファのクッションに頭をうずめて寝ていた。顔を上げると、ペト様が心配そうにこちらを見ながら立っている。やらかしてしまった。


「はい! 寝ちゃってました。ごめんなさい!」

「いえ、それはいいんです。いいんです。が」

「が?」

「さっきから、スマホがずっと音を出して鳴り続けているんです」


 なんですと?


「壊れたんでしょうか?」


 たしかに、スマホが鳴っている。聞き覚えのある響き。ラインでメッセージが届くときの通知音だ。


「そんな……」


 私は、寝ぼけたまま、ふらふらと起き上がった。ペト様が差し出してくれたスマホを受け取り、画面を見る。


「やっぱり」


 ペト様の言うようにスマホが壊れたのでないとすれば、これは予想外の事態だった。


 電波が来ている。


 しかも、かなり安定しているらしい。そして、未読メッセージの数はなんと「127」!


 アプリを立ち上げると、ナギちゃんをはじめ、アニ同会員や家族からの着信通知がズラリと並ぶ。高校の先生たち、さらには警察署からもメッセージが届いてるらしい。戸惑いながら、ナギちゃんから来たメッセージの一番新しいものを開く。


〈ウソ、ゴメン! 欲しけりゃやる!! いくらでもやる! やるから返事しろ!!!!〉


 よくわからないけど、なんの話か、だいたい察しはつく。続けて、一つ前の着信も開いてみる。


〈本借りたまま、いなくなるなんて、腐女子の風上にもおけねーよ!〉


 いや、腐女子はお前な。頼んでもないBL貸したのもな。


 心のなかでツッコミを入れながら、涙があふれてきた。


「カナ?」


 目をあげると、不安そうな顔のペト様がいる。私はかけ寄って、思わず抱きついた。


「ゴメンね。説明しないと、わけがわからないでしょう?」

「だいじょうぶです。落ち着いてからでいいですよ」


 ペト様はなにも言わず、そっと優しく、頭を撫でてくれた。

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