第15話:新しい家族(後編)

「超能力とは、どういう意味ですか?」

「ええと、普通の人にはできない、不思議なことをする力って言ったらいいのかな」


 私は、さっきお風呂で見たミチャの能力のことを、ペト様に説明しようとしていた。


「なるほど。じゃあ、カナの魔法も、超能力ですね」

「え、私の?」


 ペト様からすれば、そういう風に見えるのか。


「うーん。私の場合、やってることは、いつも絵を描くのとまったく同じなんですけど……」

「描いたものが、すぐ目の前で実物になって現れる、という点を除けば、かな?」

「ですね」


 ついさっきまで嬉々として動画を観ていたミチャは、いつの間にかカーペットの上で眠りこんでいた。右手にスマホを握ったまま、静かに寝息をたてている。寝顔も、すごくかわいい。


「ひょっとすると、これまでにもカナの絵は、世界のどこかで実物になっていたのかもしれませんよ」

「ええっ!」


 その発想はなかった。


 もしそれが本当だとしたら、その世界は『チェリせん』キャラであふれていて、ちょっとしたハーレム状態になるんだろうな。初めてのイラストから最近のBL同人マンガまで、私が描いてきたのは、圧倒的多数がペト様だ。もしかすると、禁断のカップリング、ペト様xペト様ができたりして……。


 いや、まさかね。でも、そんな世界があったら――すごく行ってみたいぞ!


「なにか言いましたか?」

「あ、ううん。なんでもないです!」


 いかんいかん。ご本人を前にして、なんちゅう妄想してるんだ、私。ナギちゃんの英才教育にけっこう毒されてきてるのかなあ。


「それで、ミチャは、その超能力を使って石鹸にダンスをさせたのでしたね?」


 おっと。本題を忘れるところだった。


「そう、最初は石鹸でした」

「最初は? ということは、他のものも?」

「最終的にお風呂場の中で止まってたのは、浴槽のお湯と私だけです」


     ◇


 ああいうのをシュールな光景っていうんだろう。


 そう、最初は石鹸が、ミチャの鼻歌に合わせて華麗なジャンプやスピンを披露していた。でもミチャは、石鹸には知らん顔で、反対側にいる私のほうを向いたままでいる。私が唖然としているのを見て、ようやく後ろを振り返った。


「イヒヒヒ」


 まるで自分が石鹸を動かしている当人でなく、仲間のイタズラ現場を見つけて面白がっているみたいな雰囲気だ。


「これ、ミチャがやってるのよね?」


 イージゲンチャ オナーラナイーニョ♪


 返事のかわりにミチャは、鼻歌のボリュームとテンポをあげて、ついでにシャンプーとスポンジもダンサーに加えた。


 ココーノコー トポーロジイー♪


 なんで「トポロジー」だけ間違えないんだ……?


 クリーム色の石鹸をセンターに、水色のボトルとオレンジのスポンジが、グルグルと回り始める。それぞれが別の意志をもった生き物みたいだ。それでいて、あらかじめ振付けまで決めて特訓でもしたかのように、バッチリ動きが合っている。


 ハリウッドのフル3D CG映画にでも出てきそうなシーンだけど、なんの変哲もない石鹸やシャンプーやスポンジがキレッキレのダンスを繰り出す様子は、どっちかというとホラー寄りかもしれない。


 ミチャは調子が出てきたのか、ダンサー・チームに次から次へと新メンバーを加えていった。鼻歌を歌いながら、リズムに合わせて楽しそうに首を振っている。


「ペーターなら、早速動画を撮ってるところだな」


 どれだけ踊り手たちが増えても、ぶつかったり、動きが乱れたりすることはない。ミチャがダンスの振りを決めているというより、石鹸たちがご主人を楽しませるためにがんばっているみたいに見えた。


     ◇


「それは楽しそうですね!」


 楽しい、のか?


 ミチャの超能力について説明する間、ソファで隣に座るペト様は、ずっとニコニコしながら聴いてくれた。


 ペト様は、話の内容というよりむしろ、語彙力のない私が、身ぶり手ぶりをまじえて話す様子のほうを面白がっていた気がする。


「ごめんなさい。私、説明ヘタすぎですよね」

「そんなことありませんよ! よくわかりました」


 この微笑み、萌える。にしても、優しいなあ。


 でも、ペト様って『チェリ占』で、こんな超ふんわりキャラだったっけ? もう少しS寄りじゃなかった?


「どうかしましたか?」

「ねえ、ペーターは、なんでこんなに優しいんですか?」

「私が? 優しい、ですか?」


 なんか妙な質問をしてしまった。ペト様が戸惑っている。


「優しいです! ええと、だって、私とは会ったばかりなのに、ずっと一緒にいてくれて、いろいろ助けてくれて」


 ペト様の表情はまたすぐに晴れた。そんなことか、という顔をしている。


「なにもしてませんよ、私は」


 そういうと、ペト様は、私の手の上にさりげなく自分の手を重ねた。


「私のほうこそ、カナの魔法がなかったら、食べるものも、着るものも、雨風をしのげるところもなかったでしょうしね」

「それは、ペーターをこの世界に召喚したの、私だし。まあ、そんなことできるなんて、想像もしてませんでしたけど……」


 手が触れてるので、ドキドキする。しかも、ペト様、近い。すっごく近い。


「絵を描いたのは、私に来てほしかったからだと言ってくれましたよね」

「あ、はい。あらためて確認されると、とっても恥ずかしいんですが……」

「私が必要とされているなら、それだけでも来た甲斐があります」

「ペーターは、いつだってどこだってモテモテでしょう? いろんな人から必要とされてるんじゃない?」


 ペト様は、少し驚いたように私を見た。

 

「そんな風に見えることもあるのでしょうね」

「本当は違うんですか?」

「たしかに、私のような男でも」


 少し間をおいて、ペト様は自分の考えをまとめるように、二人の重ねた手をじっと見つめた。


「手に入れようと望んだり、利用しようとたくらむ人はいます」

「そう、でしょうね」


 言葉を選びながら話してるけど、「手に入れる」という表現にはドキッとする。貧しい学生だったペト様は、その美しい容貌や類まれな才能から、暇をもてあました裕福なご婦人がた(や殿方)の垂涎すいぜんの的となり、みな彼を自分のものにしようとあの手この手を尽くすのだった。


「でも、それはたいていの場合、自分の欲望や虚栄心を満たすためでしかありません」

「欲望や虚栄心、ですか」

「はい。要するに、本当は私のことなんか必要としてないか、私じゃない他の誰かや何かでも、かまわないのです」

「私は……違うのかな」


 ペト様は、私の推し、私の初恋にして、最愛の人。ずっと大好きだったから、今こうして一緒にいられることも、夢みたいに感じる。でも、私だって、自分の欲望を満たしたいから、ペト様を召喚しただけなんじゃないかな?


 突然、ミチャの声がした。すっかり大の字になって眠っている。よほど疲れたんだろう。でも、カゼひかないように、後でベッドに連れてかないと。


「たしかなのは、カナにとって、私から得られる利益は何もなかったこと、それから、もし私と一緒に暮らしたとしても、そのことをひけらかすような相手はどこにもいなかったこと、ですね」


 それはそのとおりだ、と私は思った。


「なにしろ、この世界に来たときの私は、財産はおろか、服だってかぎりなく裸に近いものでしたから」

「その話はもう許して!」

「一人きりで迎えた最初の夜、私の絵を描いてくれたということは、カナが私を必要としてくれていたことのあかしです。故郷の私の家族でさえ、カナのようには、私を必要としてくれなかったような気がするのです」

 

 私は、ペト様の手を握った。これから何が起こるかわからないけど、もうこの人とは絶対に離れない。

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