第12話:「マセトヴォネヤスクウェゴラミチャ!」

 これが、この星の住民――なの?


 視界に入ったのは、一人だけ。外見はほとんど地球人と変わらない。よく見ると、少し小さめの耳は、マンチカンのように垂れている。目につく違いはそのくらいだ。背は私よりかなり低そうだけど、顔の感じからすると、子供なんだろう。


 そしてなにより――メチャクチャかわいい! 性別があるかどうかもわからないけど、どっちかだとすれば、間違いなく女の子だ。肌の色は透き通るように白く、髪はキラキラ輝く褐色で、きれいな縦ロールが腰あたりまで届いている。


「どうですか、敵意はありそうですか?」


 私がその子にポカーンと見とれていると、ペト様がじれったそうに聞いてくる。直接見てもらったほうが早そうなので、振り向いてもらうよう合図した。


「敵意は、なさそうですね。でも、食欲はおおいにありそうです」

「ああ、なるほど」


 いつの間にやら、その子は2 mほどのところまで近づいている。ペト様は銃をかまえているのに、気にするそぶりもない。その子の目はじっと、私たちが食べていたサンドイッチに向けられていた。食べ物だということは、認識しているらしい。


 私たちは二人ともそこまでお腹はすいていなかった。それぞれ一切れずつ食べたけど、まだ三切れほど残っている。ペト様と顔を見合わせて、その子にサンドイッチをあげることにした。


 ペト様は、まだ用心して銃をかまえていただけど、私はもう警戒すらしていない。サンドイッチの形が崩れるかもしれないので、入れ物ごと、その子に差し出す。


 それまでサンドイッチしか見ていなかった相手は、ようやく私たちのほうを見た。食べていいよ、というつもりで、私がうなずくと、その子は、サッと手に取っていきなり食べ始める。


「すっごい勢い……」

「よほどお腹がすいていたのでしょうか」


 長い間、まったく何も口にしていなかったような食べっぷり。ものすごい勢いでサンドイッチを平らげるこの子は、それでも、とってもかわいかった。ペト様も、いつの間にか銃をしまって、微笑ましげに眺めている。


「かわいらしいですね」

「え? ええ……」


 かわいらしい? うーん、いや、たしかに、かわいいけど……。


 あっという間に食べ終わった。でも、もうないのか、とでも言いたげに、まわりを見回している。そして、なにもないとわかると、また私たちのほうを見た。


「もう終わりだよ。これで全部」


 言葉はわからなくても、意図は通じたらしい。ほんとうに残念そうな顔をする。ああ、なんかこんな顔されると、こっちが悪いことしてるみたいな気になるなあ。


「えっと、名前は? どこから来たの? 一人でいるの?」


 意味はわからないだろうな、と思いながら、尋ねてみる。やっぱり通じない。


「ワタシ、カナ。そして、こちらが、ペーター。わかる?」


 ペト様も私にならって続けた。


「私は、ペーター。こちらは、カナ」


 女の子(推定)も口マネをする。


「ぺー……」

「そうです、そうです」

「ペー……ペー………ター!」

「よくできました!」


 少し変わった発音だけど、はっきり聴き取れる。なんか声もかわいいな。


「私の名前も言えるかな? カナ!」

「カ……」

「うんうん!」

「カ………バ!」


 カバじゃねーよ!


「ちがう、カナ、だよ!」

「カ………ナ!」

「うん、そうそう!」


 ペト様が笑いをこらえてるように見えるのは気のせい?


「じゃあ今度は、あなたのお名前を教えて!」


 今度はその子のほうを指さしながら、尋ねてみた。


「マセトヴォネヤスクウェゴラミチャ!」

「はい?」

「マセトヴォネヤスクウェゴラミチャ!」


 こっちの聞きたいこと、伝わってないのか?


「これ全部が名前ってこと、ないですよね?」

「どうでしょうね」


 ペト様が、もう一度試みる。自分と私のことを指さしながら、二人の名前を繰り返した。


「ペーター。カナ。わかりますか?」


 女の子が真剣な顔で首を縦にふった。わかったということだろう。


「ペーター! カナ!」


 ペーターにならうように、名前を言いながら、それぞれを指さした。ちゃんと伝わってるみたいだ。


「はい。そうです。では、あなたのお名前は?」

「マセトヴォネヤスクウェゴラミチャ!」


 まじかよ。


「マセトバ……。なんだっけ?」

「マセトヴォ! ネヤ! スクウェゴラミチャ!」


 なるほど、そこに区切れがあるのか。はよ言え。


「マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ」

「いや、ペーター、覚えるの早すぎ!」


 長すぎるよ。いざっていうとき、名前が言えなくて、落語の寿限無じゅげむみたいになりそう……。


「マセトヴォ! ネヤ! スクウェゴラミチャ!」


 なんだ、この強烈な覚えろアピールは?


「マセトヴォ……えっと」

「ネヤ!」

「ネヤ……続きは?」

「スクウェゴラミチャ!」

「スクウェラマ……? いや、ムリムリ! 長すぎるよ!」

「スクウェゴラミチャ!」


 こいつ、外見はキュートだけど、性格はきつそうだな。


「長いから、最初の、マセトヴォだっけ? それでいいよね? マセトヴォ!」

「マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ!」


 どうしても全部言わせる気だな。小説だったら、長すぎて読者が名前を覚えてくれないキャラになるぞ。


「はいはい。マセトヴォ・ネヤ・スクウェ……ウェ……」

「スクウェゴラミチャですよ」


 ペト様が助け舟を出してくれた。


「ありがとう。マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ。はあ、やっと言えたよ」


 あいさつ代わりに両手で握手してみた。ふわふわと柔らかい指だ。ペト様は、この子供異星人の前にひざまずいて、手にキスをした。


「はじめまして、マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ!」


 えー! 私のとき、そんなのしてくれなかったよ~!


「ミチャ!」


 突然、マセトヴォ(以下略)が、嬉しそうに叫んだ。ミチャ? ひょっとして、愛称とかか?


「ミチャですね!」

「ミチャ!」


 名前を呼んでもらえたことが喜んでいるみたいだった。そんな愛称あるなら、先に言ってよ!


「ミチャっていうのね、よろしく」

「マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ!」


 突然、ミチャは抗議し始めた(たぶん)。私はフルネームで呼べってか? なんだ、このあつかいの差は?


「マセトヴォ・ネヤ・スクウェゴラミチャ」


 あ、言えた。


「あなたはどこから来たの?」


 ミチャは、何を言われているかわからない、という表情をした。まあ、もし答えてくれたとしても、私たちが理解できなきゃ、意味ないんだよね。


「どうしましょう」


 ペト様が尋ねる。私は空を見上げた。ミチャはというと、心配そうに私たちのことを見上げている。


「今から帰ったら、家に着くころにはもう暗くなってきますよね?」

「でしょうね」

「やっぱり一緒に来てもらうしかないかな。この子が、どうしたいかにもよりますけど」

「私もそう思います」

「私たちのお家、一緒に来る?」


 ミチャの表情が、急に明るくなった。ニッコリ笑うと、またかわいい。頼まれなくても、連れていきたくなるレベルだ。それにしても、この笑顔。ほんとうは言ってることわかってるんじゃないの?


 私たちは荷物をまとめると、家路についた。

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