第11話:遭遇(後編)

 二人でここまで歩いてきたのは、ちょっとした偵察のためだった。あのカーチェイスならぬ宇宙船チェイスのとき、追っ手の攻撃が誤って地面に落ちたあたりを目ざしている。船影が見えなくなってからも、まだしばらく煙がのぼっていたようだ。


「さて、この辺で試してみましょうか」


 おもむろにペト様が切り出した。


「そうですね。やってみましょう」


 もってきた袋の中から、2つの道具をゴソゴソと取り出す。プラチナのような輝き。出かける前に私が描いた武器だ。緊急時の護身用に何かあったほうがいいだろうということで、急いで考えてみたのだけど……。


 武器ねえ……。


 結局、思いついたのが、『宇宙艦隊ギルボア』の白兵戦シーンで使われる銃だった。ピストルくらいの大きさだけど、かなり強力なビームみたいなやつが出る(はずである。出るといいなぁ。出なかったらどうしよう)。


「どう使うんでしょうか」

「ええと、ここに安全装置があるので、撃つ前に、こう、手前に引きます」

「なるほど、こうですね」

「うん。それから、この横のツマミで強さを調節できます。3段階です」

「一番強力なのは、これかな?」

「です。それで、この引き金を引いたら、発射します。あ、でも、たぶんけっこうな反動があるので、撃つときは、気をつけてくださいね」

「了解!」


 ペト様は、すぐに銃をかまえた。なんでこの人、こんなにさまになるんだろう! 50 mくらい離れたところにある大きな岩に狙いをつけると、ペト様はためらうことなく撃った。とたんに轟音がして、標的はこなごなに砕け散っていく。


 二人は、思わず顔を見合わせた。


「なかなかすごい威力ですよ」

「うん……。当たったら、確実にあの世へ行けそうです……」


 これまでオモチャのピストルくらいしか触ったことのない女子高生が、いきなり殺傷能力のある(たぶん)武器を作れちゃうなんて、いいのか、この世界?


「私も試してみよう」


 ひとまわり小さいサイズの銃を手に取る。


「気をつけてくださいね」

「はい」


 緊張するなぁ。ゲームでシューティングとか苦手だから、ほとんどやったことないんだよね。


 私は、出力を一番低いのに調節して、さっきと同じくらい大きな岩を狙ってみた。


「テヤッ!」


 引き金を引く瞬間に目をつぶってしまう。発射されたビームは盛大に的を外れて、森の上の空へと飛んでいった。青白い光の筋が、遠くの虚空に消えていく。鳥とか飛行機が飛んでたら、撃墜してしまうところだった。


 これじゃ、いざというとき全然使いものにならんなぁ。ま、そんな必要が出てこないことを祈るけど。


「けっこうむずかしいですね」

「カナなら、だいじょうぶ。落ち着いて狙いを定めてください。的に当たるところをイメージしながら撃つと、いいかもしれません」

「ペーターは、こういう銃、使ったことあったんですか?」

「いいえ、もちろんありませんよ。武器を手に取るのも、生まれて初めてです」


 そうだ。この人は、なんでもやればできちゃう系の人なんだった。


「がんばります」


 今度こそ目をつぶらないよう、ターゲットをしっかり見すえたまま、引き金を引く。衝撃音とともに、ビームは岩の真ん中にスイカが入るくらいの穴を開けていた。


「やりましたね」

「うん、ペーターの言うとおりやったら、できたよ!」


 お父さん、お母さん、娘をお許しください! 香南絵かなえは、武器の使いかたなんか覚えてしまいました。


 ひととおり試し撃ちを終えると、二人とも服に銃を収めた。ふと、ペト様が空を見上げる。少し日が暮れかけているようだ。また500円玉星が、新月みたいに細長い姿で空に浮かんでいる。


「先を急いだほうがよさそうですね。もう少しで例の地点に着くはずです」


 私はうなずいて、ペト様の後についていった。


     ◇


「えっ! なにこれ?」


 状況は、予想を軽く越えていた。ざっと見積もって長さ100 m以上、横幅も5 mはある溝ができ、深いところは底が見えないくらい、地面が無残にえぐられている。周囲の木々はなぎ倒されるか、焼け焦げるかしていた。


 追っ手の船からの攻撃は、ターゲットを外して地面に落ちたように見えた。あの一撃でここまで破壊されるのか。遠くからだとわからなかったけど、こんなのでやられたらひとたまりもない。


「なんとも派手にやったもんですねえ」


 ペト様は、なぜかニコニコしながらこの情景を見ている。え、そうゆう感想ですか! なんだろう、やっぱりペト様、ちょっと天然?


「ペーターは、怖くないんですか? 私なんか、想像しただけでもう…。こんなのに攻撃されでもしたら」

「はい。まず命はないでしょうね」


 そう言いながら、どこかまだ楽しそうだ。さすが、度胸がすわってるんだな。


「もちろん、そんなことになったら困るんですが。なんというか……」

「なんというか?」

「そもそも、この世界に来たこと自体、私の理解をはるかに越えていますから」


 あ~、なるほど。


「カナの魔法だって、不思議なことの連続ですし」

「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「いやいや。こんな体験ができるのは、カナのおかげです。だから、怖いというより、私は楽しみなくらいですよ」

「楽しみ?」

「はい。これからどんなことが起こるのかって考えるとね。それと……」


 ペト様は、ちょっとはにかむように微笑んだ。


「なんとなく、カナと一緒なら、悪いことは起こらないような気がするんです」

「ペーター」


 こんな状況に巻き込んじゃったのは、私なのに……。


「根拠はないんですけど。そんな風に感じるんです」


     ◇


 充電したスマホを持ってきていたので、とりあえず状況を撮影しておくことにした。それにしても壮絶だな。


「このくらいでいいかな」


 ひとまず偵察に来た目的は、これで果たしたことになる。


「あ、そうだ、ペーター。お腹すいてませんか?」


 出かける前に、ちょっとサンドイッチを作ってきたのだけど、すっかり忘れていた。軽く食べるには適当な分量だろう。


「はい。けっこう長く歩きましたしね」


 さっきの食事は野菜がなかったので、試しにレタスとトマトとキュウリ、それに卵を描いて、早速使ってみた。適当なイラストでも、できあがりはけっこうまともな野菜になるのに驚く。後で畑でも作って(描いて)みるか。


「あそこに倒れてる大きな木、どうですか? 二人で座るのに、ちょうどよさそう」

「いいですね」


 二人は、倒木の幹に腰かけて、サンドイッチをつまみ始めた。


「おいしい!」


 ペト様はすごく喜んでくれた。


「この赤い果物がとてもいい味ですね」

「果物? ああ、トマトのことかな」

「トマト?」

「あれ、トマト、知りませんか?」

「そうですね。少なくとも私は初めて食べますが」


 長いことイタリアに住んでいたはずなのに、トマトを知らないのか。イタリアンと言ったらトマトというイメージだけど、ペト様の時代にはまだなかったのかな。


「気に入ってもらえて、嬉しいです!」


 木の実で飢えをしのいだ昨日と比べたら、サンドイッチなんて格段の進歩だ。


「そうだ。カナに聞こうと思ったことがあるんですが」


 そう言うと、ペト様は立ち上がった。


「カナが、スマホを開けたときにね」

「はい、これですか」


 私はスマホを取り出し、カバーを開けようとした。


「それ! その最初の数字です」

「数字? ああ、時刻表示ですか」


 スマホの時刻が4:25と表示されている。


「ああ、やはりそれは時間でしたか」


 そう言いながら、ペト様はスマホをのぞき込もうと、私の目の前まで来た。ペト様の顔がすぐ近くまで迫る。


 ちょっと! 近い、近い! どうしたの? まさか、こんなところで……?


「ちょ、ちょっと、ペーター!」

「カナ、落ち着いて」


 私の耳のすぐ近くで、ペト様のささやくような声。いや、ムリ! 落ち着けません!


「私の背後で、なにか気配がします。敵かもしれない」


 え? いつの間にか、ペト様は、ふところの銃に手を伸ばしている。


「カナのところから、見えますか?」


 気が動転しながら、私も、ペト様の肩越しにおそるおそる視線を走らせてみる。敵か、味方か、ヒトか、動物か――


「あっ!」


 声を上げそうになった私の口もとを、ペト様の手が優しく覆った。


「静かに。気づかれないように」


 私がうなずく間にも、は近づいてくる。それは、初めて見るこの星の住民にちがいなかった。

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