第8話:魔術、始めました(前編)

「ペーター、すっごく似合ってます!」


 ペト様の頭に、羽根飾りのついたベレー帽をかぶせると、とってもキュートだった。深緑色のビロードが、髪の色といい具合にマッチしている。


「ありがとう。たしかに、こちらのほうが、ちょっと落ち着きますね」


 ペト様はこう言いながら、水浴びの前に着ていた服のほうをチラリと見た。きわどく肌を露出した衣装……。


「す、すみません、すみません!」

「私は、全然いいんですよ」


 なにか言いたげな目で、ペト様は私を見ている。


「カナは、こういう格好の私が見たかったんでしょう?」

「いえいえいえ! 違います、違います!」


 そんな私の反応を見て、ペト様は面白そうに笑った。本当は違わないんだけど。


「隠さなくてもいいのに」

「もう! わざと言ってるんでしょう!」

「フフ、こんなに可愛らしく照れてるカナを見ると、もっとからかいたくなりますね」


 そう言うとペト様は、自分の新しい服をよく見ようとして、沼のほうに少し身を乗り出した。水面を鏡がわりにするのね。


「あ、ちょっと待って」


 カバンの中からスマホを取り出して、ペト様を動画で撮ってみる。


「何ですか、その道具は?」

「いいからいいから! そのまま、ゆっくり回ってみてください!」

「回る? こんな感じですか?」

「そう、いい感じです!」


 撮影した姿を本人に見せると、とても喜んでくれた。


「うん、色合いも素敵ですね」

「ペーターに気に入ってもらえて、嬉しいです!」


 それにしても、私が描いたのはシャープペンの線画だけだったのに、配色までいい感じになっているのは不思議だった。なんとなくイメージしてたとおりではあるんだけど。


「それにしてもカナは、この不思議な魔術をどこで身につけたのですか」

「どこで、と言われましても……」


 一番驚いているのは、私だ。


 昨晩は、絵を描き上げてすぐ寝てしまった。その後、ペト様が現れる瞬間には立ち会えていない。だから、「絵の中のものが現実になるなら、必要な服を描いてみよう」というペト様のアイディアを試すときも、私はまだ半信半疑だった。


 絵を描き終えても、しばらくは何も起こらなかった。やっぱりこんなのムリ、と思った瞬間、私たち二人の前で、空気がゆらめくような気配がした。最初は透明な形が浮かびあがり、少しずつ服の姿がはっきりと現れてくる。わずか数秒の出来事だ。


 ペト様のお召し物一式が、丁寧に折りたたまれた状態で、草の上に置かれていた。


「こんなこと、もといた世界ではできなかったんです」

「もといた世界というのは、日本のこと?」

「はい」

「じゃあ、こちらの世界に来たことで、この魔術が使えるようになったのですね」

「そういうことみたい。だから、ひょっとすると、ペーターにもできるかも」

「いえ。ダメでした」

「え? もうやったの!?」


 最初に私が絵を描くのに使ったプリントの余白に、ペト様はいつの間にか天体観測用の器具を描き込んでいた。絵、なにげに上手いぞ。ペト様、器用なのね。


「でも、何も起こらなかったんです」


 なるほど。じゃあやっぱり、これは私だけの能力なのか。


「そうだ。さきほどの道具は何だったのですか?」

「ああ、これですか」


 私はスマホを取り出した。


「それは日本のものですよね」

「正確に言うと、日本のじゃなかったかもしれないけど」

「違うのですか?」

「え、えーと、どうだったっけ、かな……」

「見たところ、とても高度な機械のようでしたが」


 さっきの動画を表示すると、ペト様はすぐアイコンを押して再生した。覚えるの、早っ。


「カナはものすごい世界から来たのですね」

「そ、そうかな」

「私にも使えますか?」

「撮影ですか?」

「サツエイというのですね。ええ。ぜひやり方を教えてください」


 撮り方を教えると、ペト様はすぐに操作を覚えてしまう。学習能力高いなぁ。私にカメラを向けるので恥ずかしがっていると、ふと何かを思いついたようだった。


「そうだ! カナも新しい服を着て、一緒にサツエイしましょう!」


 たしかに。私は昨日から制服のままだ。ついでに、自分の着替えも描いてしまうか。


     ◇


 ゆうに15分は経過していた。どうしよう……。


「カナ、どうかしましたか?」


 付近の様子を見てくると言って出かけたペト様が戻ってきたとき、まだ何も描けてなかった。そういえば、女物の服ってめったに描かないよね。ほとんどペト様たちしか描いてこなかったもんね!


「何描いたらいいか、思い浮かばなくて」

「カナが自分で着るものなのに?」

「自分で着るものなのに、とゆうか、自分で着るものだから、とゆうか……」

「わかりました。私はもう一度、川のほうに行っているので、ゆっくり描いてください」

「ごめんね、ペーター」


 うーん、どうしよう。


「一つだけ不安なのは、奥菜おきなの筆の遅さだな」


 ユウトさんに言われたことを思い出す。当たってるから仕方ない。それでも、『チェリせん』の世界のことなら、もうちょっとすぐアイディアが出てくるんだけどなぁ…。


「あ、そっか!」


 私にも描けるもの、あった。

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