第4話:異世界サバイバル
「眺めは悪くないんだけどな」
川岸に着いた後、下流に広がる草原を、できるだけ川から離れないように歩いていった。川沿いなら、町なんかがあるかもしれない。この世界にもし人間みたいな存在がいれば、の話だけど。
だいぶ歩いてきたので、木陰で休める場所を探して、腰を下ろした。
みんな、今ごろ心配してるかなぁ……。
スマホの時刻は、二〇時十五分を過ぎたところ。まだ日は沈んでない。太陽――この星の――は空の高いところにあって、ちっとも日が暮れそうな気配はなかった。この世界の一日は何時間なんだろう。
まぁ、暑くて喉が渇くのを別にすれば、明るいのはかえってラッキーだ。この世界のこと、もっと知らないといけないし、このまま夜を迎えてしまうのは、どう考えてもまずい。
さっき見た星は、かなりの高さまで昇ってきてる。ここが地球じゃないらしいことはよくわかった。でもまだ、さっきのバスのこととか、いろいろ謎は残ってる。あのふざけた標識に書いてあったように、本当にここは「異世界」なの?
◇
ぼうっと座ってると、ちょっと離れたところを四、五羽の鳥が飛びすぎていくのが見えた。あの鳥、食べれるかなぁ。
そう、とにかく一番の課題は、食べ物だよねぇ。もう空腹も限界。なんか食べたい!
「どうすっかなぁ」
異世界に転移するなんて、前もって聞いてたら、おいしいものいっぱい用意してきたのに! あの鳥のほかにどんな生き物がいるのかまだわからないけど、まさか自分で狩りするわけにもいかない ……よねえ?
ゲームやラノベで異世界が舞台なら、だいたい特殊なスキルとか魔法とかがついてくるものだし、かわいい衣装なんかも着れちゃうのがお決まりの展開だ。でも、私には何の能力もないし、身を守るための武器もない。制服とカバンが唯一の装備で、着替えはまったくなかった。
まじで生き残っていけるのか、不安しかないぞ。
ついさっきも、川の浅瀬のわきを通ったときに、冷たくて気持ちよさそうだったので、ちょっと靴と靴下を脱いで足を入れてみた。気持ちがよかった。
見たところ、水も澄んでいて危険な生き物とかはいない感じだ。このくらい透き通ってキレイなら、飲んでもだいじょうぶかな?
「異世界ってラノベとかによく出てくるけど」
ふと、いつかアニ同で雑談してたユウトさんの言葉を思い出した。
「なぜか水とか空気が、その世界にも普通にあるんだよね」
「はぁ。そういえば、そうですね」
「水みたいに見える物質がH2Oである保証はないんだけどな」
先輩はひとり言みたいにつぶやいた。
「この人、こんな面倒くさいこと考えながら、ラノベ読んでんのか」
正直、あのときはあきれた。でも自分がその状況におかれてみると、なるほど切実な問題だ。
〈主人公、川の水を飲もうとするも、別の液体だったため、死亡〉
なんというバッドエンド。
旅先で湧き水を見つけたときのような気分で、飲んでみておいしかったら、ペットボトルに詰めていこう、なんて思ってた。でも、この会話が記憶に蘇ってきたせいで、思いとどまった。
「そんなのばっかり気にしてたら、どっちにしろすぐバッドエンドだけどな」
◇
スマホを開いてみる。
当然、電波は来ていない。バスを降りて一瞬だけ電波が届いたように見えたのは、何だったんだろう。メッセージは、ナギちゃんから届いてた15:36のやつが最後だ。
〈家着いたら連絡よろ~〉
もう二十一時過ぎだ。最初に異変に気づくのは、お母さんか、ナギちゃんか。今ごろ警察に相談くらいしてるかもしれないな。念のため、ユウト先輩のラインも確認してみる。やはり既読はついてない。
スマホのマップを開いてみたけど、思ったとおり、高校付近の地図が表示されたままだ。
「そりゃ、使えるわけないか」
電池の残りは六十三%。思い切ってスマホの電源をオフにした。少しずつ放電してしまうとしても、またいつどこで必要になるかわからない。できるだけ電池の残りを温存しとかなきゃ。
ああ。人間って、何も食べないで何日くらい生きられるんだろう? 異世界、けっこう過酷だな。
すうっと、涼しい風が吹き抜ける。腰を下ろしていた草の上に、そのまま寝っころがってみた。今日はもうだいぶ歩いて疲れたから、そろそろ安心して身体を休められそうな場所を探さないといけない。
見上げると、名前も知らない木の枝が伸び、そのすき間に青い空がのぞいている。そのままぼんやりしていたら、自然と家族や友人たちの顔が浮かんできた。
お父さんとは、高校生になってからあまり話もしないけど、今朝は一言も交わさないで家を出てきちゃったな。誘拐か、家出か、はたまた自殺か……。真面目な人だから、きっと自分を責めるんだろう。
普段は気むずかしく、口うるさい、お母さん。こんなときになるとオロオロしてそうだ。泣きわめいてそうだ。
ナギちゃんとのマンガも、がんばって完成させたかったな。アニ同のみんなも手伝ってくれるって張り切ってたし、きっと去年よりもっといい作品が描けたと思う。ナギちゃんとはもっといろんな作品について語り合いたかった。
けっして多くないけど、イラストのファンの人たちも、ずっと更新がなかったら心配してくれるんだろうか。何年か経っても、私の描いたペト様を見て、懐かしく思ってくれるんだろうか。
そんなこと考えてたら、涙があふれてきた。ポロリと頬をつたって落ちる。
ユウト先輩。変わった人だったけど、いつも私たちの話を聞いてくれたな。アニ同会員にはちょっと煙たがられてたにしても、一本か二本、ネジの外れてる感じ、嫌いじゃなかった。
東京の大学に合格したら、私たちのことだってだんだん忘れていったかもしれない。それでも、私みたいな後輩がいたこと、ときどき思い出してくれるかな。
「ダメダメダメ!」
ハッと我に返る。いかん、いかん。うっかり総集編モードに入っちまった。自分で死亡フラグ立ててたら、世話ねえや!
この世界に来てちょっとしか経ってないのに、諦めるのはまだ早い!
◇
そのとき、見上げている木の枝を何かが素早く動くのが見えた。動物? 二匹、いや、三匹いる。逆光になってて姿はよくわからないけど、枝をつたって駆けたり、別の枝に飛び移ったりしている。サルとかリスみたいな、樹上に生息する生き物らしい。
ときどき、枝の先端についている塊をつかんで、ガシガシと動かしている様子が見える。木の実のようなものを食べているみたいだ。ちょうど一匹が、一番下のほうの枝まで降りてきた。よく見ると、下のほうの枝にも木の実らしきものがいくつもついている。
「おお!?」
思わず声をあげると、リスもどきの小動物は、警戒したのか動きを止めた。気のせいか、こっちを見てるような気がする。
「いません、誰もいませんよー」
心の中で唱えていたが、小動物はクルリと向きを変えてまた上のほうの枝に帰っていき、仲間たちと一緒に隣の木へと飛び移ってしまった。
「あんな動物が食べてるなら、私だってだいじょうぶだよね」
ユウト先輩がこの場にいたら、引き留めたろうか。無謀だといって笑ったろうか。毒かもしれない。死ぬかもしれない。
でも、運がよければ、お腹をこわすくらいで済む。ダメ元で、食べてみようじゃないの。
未知の木の実らしき塊に視線をすえたまま、私はゆっくりと起き上がった。
一番下の枝は、意外と低いところまで伸びていて、背伸びをすると私でも手が届く。木の実らしきものは、まだ青い。
「
皮をとると、ピーナツほどの大きさの黄色い実が十三粒、残った。最後の晩餐にはちょうどいい数だ。
「……」
もしもこれが人生最後の食べ物なら、せめておいしいといいなぁ。
「
私は意を決して、一粒、そして続けてさらに二粒、口の中に放り込んだ。ゆっくり噛んでみる。
ん。
ちょっとエグみはあるけど、すっごく甘いぞ! 味は栗に近いかも。アーモンドのような香ばしさと、バターのようなコクがある。
うまい!
今度は五粒を一気に頬ばった。食感もなかなかいい。ケーキに入れたらうまそうだなぁ。ゆっくり噛みしめて、飲み込んだ。しばらく待ってみるが、吐き気もないし、腹痛もない。ひとまず、セーフ?
たったこれだけの食べ物だったけど、自分でも気持ちが大きくなるのがわかった。やっぱり食欲って偉大だよねぇ。
「よし!」
私はカバンの中からペットボトルを取り出し、すっかりぬるくなった水を一気に飲み干した。そして荷物をまとめると、川岸のほうへと降りていった。
この星には、酸素だってあるんだ。水素なんてもっとありふれた元素でしょ。待ってなさい、H2O! 気の済むまで飲んでやる!
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