第3話:異世界へようこそ!
「えっ」
気がつくと、バスはゆっくり登り坂を走っていた。さっきまでの激しい雨はウソのように上がり、外はまぶしいくらい明るい。
「やっばい! 寝過ごした!」
とっさにスマホを見る。三時半を少し回ったところ。
え? てことは、まだバスに乗って十分しか経ってない? もっと寝てたような気もするけど。
もしそんな寝てないなら、うちの停留所まではもう少しのはず。でも……。
「どこだ、ここ……?」
どっちを見ても、家が一軒もない。帰りのバスは、ファミレスの交差点を曲がった後、ずっと住宅地をぬけて走るはずだ。どしゃ降りの中のファミレスは、たしかに見た覚えがある。
でも、窓の外には、家どころか建物もまったくない、見知らぬ風景が広がっていた。こんな場所、通るはずがない。
ひょっとして、路線、間違えた? それもないな。高校前のバス停を通るのは、この路線だけだ。
とにかく、運転手に聞いてみよう。
「あ、あのう!」
席を立つと、バスは下り坂にさしかかった。かなりのスピードで走っている。
「バスが停止するまで、席をお立ちにならないで下さい!」
すかさず運転手に注意される。
「すいません! どこですか、ここ?」
「走行中は運転手に話しかけないで下さい!」
ですよねー。なーんか、感じ悪ぅ。
しかたなく吊り革につかまった。とにかく降ろしてもらおうと、下車を知らせるブザーを鳴らす。こんなところで降ろされても困るんだけど……。
しばらくするとバスは、坂を下りきったあたりのところで、思いがけず停車した。
「終点です」
はい?
イヤイヤイヤ、それはねーだろ。終点は、バス会社の営業所だ。こんな殺風景な場所のはずない。
「ここって、どこですか? 私、乗り過ごしちゃったみたいで」
「終点ですよ」
ケンカ売ってんのか、こいつ。
「じゃあ、折り返し運転ですよね? すぐ出ますか?」
「いえ、この車は回送になります。ご乗車いただくことはできません」
「ええ、じゃあ、どうしたら?」
「すいませんね。私に聞かれても、答えられないんで」
運転手は、バス会社の問い合わせ先を印刷した小さな紙きれを手渡した。
ここに電話しろと?
しぶしぶバスを降りると、運転手はさっさとドアを閉めて出発した。絶対に後で苦情言ってやる!
てゆうか、ここ、どこなんだよー!?
◇
バスを降りると、すごく暑かった。あたりは建物どころか、木もろくに生えてない。
その一帯は窪地になっていて、どっちの方向を向いても、けっこうな高さの丘に囲まれている。ずいぶん人里離れたような感じだ。おばあちゃんの家だってこんな僻地じゃないよ~。
――えっ、てことは!?
急いでスマホを取り出す。よかった。かろうじて電波がある! ナギちゃんのラインが来てた。
〈家着いたら連絡よろ~〉
送信は三時半すぎ、ついさっきだ。
でも、ナギちゃんにレスする前に、バス会社に電話しなきゃ。運転手がくれた紙きれ、どこ入れたっけ?
「あった」
番号を確認して通話ボタンを押そうとした瞬間、電波が切れてることに気づいた。
ものすごく嫌な予感しかしない。
いや、さっきまで弱いけど電波が来てたってことは、この近くのどこかで電波が中継されてるってことだよね?
途方に暮れて、あらためて辺りを見回してみる。すぐに、なんとなく感じていた違和感の原因がわかった。ここ、舗装されてないじゃん。「終点」だと言われて降ろされたけど、停留所らしき案内もなかった。
足の下は少し赤っぽい土で、歩くと土ぼこりが立ちそう。あんなに雨が降ってたのに、ちっとも濡れてたように見えない。こんなに早く乾くもの? これじゃ少し歩いただけで、靴が汚れちゃう。
「とにかく、電波のあるところ、探さなきゃ」
どっちの方向に歩いたらいいかわからないから、とりあえずバスの来た方に向かってみる。自分の足で登るには、けっこうきつい坂だ。スマホをにらみながら、電波がないか確認して歩く。
お腹すいた。すっごくお腹すいてきた。
日が暮れるまでに家に帰れるのか? 近くに店とかもなさそうだしなぁ。
昼は購買部で売れ残ってたサンドイッチだけだったのが悔やまれる。ユウト先輩に返す本の重みがズーンと効いてきた。
だいぶ上まで登ってきたところで後ろをふり返ってみる。このあたりは遠くまで丘陵が続いているらしい。木が茂っているところもあれば、はげ山みたいなところもある。どちらを見ても、建物はもちろん、電柱のような人工物すら見当たらない。近くで自動車が走ってるような音も聞こえなかった。
それだけじゃない。なんか、変だ。
いや、さっきからわかってたけど、すごーく変だ。
本当にこれ、日本? 気のせいか、映画に出てくる外国の景色みたいな感じだし、地面に生えてる草や低木も、知らない品種に見える。それに、あたり一帯、気味が悪いくらい静かだ。
「閉鎖空間か?」
あいかわらず電波は来てない。スマホの電源も温存しといたほうがいいかな。
少し歩調を速めると、やっと坂の一番上にたどり着いた。
◇
スマホの時計はそろそろ四時になる。
延々と歩いてきたけど、まだ同じような景色が続いている。車輪の痕もないので、本当にバスで来た道なのか、自信なくなってきた。
ただ、四時にしては、まだ日がけっこう高い気がする。
「これ、まじやばいパターンじゃね?」
お腹がすいただけじゃなく、喉もすごく乾いてきた。たまたま半分くらい水の残ったペットボトルがカバンの中にある。
ふと目を向けた道ばたに、大きな石の塊のようなものが見える。形といい、場所といい、人間が作ったものっぽい。
近づいていくと、何かの標識か案内みたいだった。高さ一メートル、幅が三メートルくらい、かなりの大きさだ。正面に回ってみる――
「異世界へようこそ!」
ハァ?
誰だ、こんなふざけたモノ置いたのは? 異世界って、自称なのかよ!
一つだけ安心したのは、これが日本語で書いてあることだった。ちょっと外国みたいな景色だと思ったけど、こんな標識があるってことは、ここ、やっぱり日本なんだ。いやぁ、夢でも見てんのかと思っちゃったよ。
標識の奥は、草や木が生えている広い空き地に通じているみたいだった。もし人家があるなら、電波だって来てるかもしれない。バスが来た方向とはちがうけど、こっちに歩いていってみようか。
ところどころ木が茂っているせいか、さっきまで歩いてた道よりも少し涼しい。鳥の声も聞こえてきた。それに――どこか近くで川が流れてる感じがする。だとしたら、人が住んでたりするかも。
歩いていくと、目の前に広がる草地の向こうから、川の音がはっきり聞こえてくるようになった。あの木のあたりまで行けば、きっと谷側の景色が見える。そのあたりで、ちょっと座って休憩しよう!
予想どおり、かなり見晴らしのいい丘の頂上に出た。谷側だけあって、こっちは木も多めだ。家や人影は見えないけど、もっと歩いていけば、なんかあるかもしれない。
「よし、休憩! 喉乾いたからもう一回水飲もう!」
『チェリ占』第三巻で、失意のペト様がロンバルディアの山中を放浪するシーンがあったな。友人たちに裏切られ、自暴自棄になりかけたペト様は、とある湖のほとりで、イザベラ・デッラ・スカラと運命的な出会いを果たすんだった。大好きな場面の一つだ(全部好きだけど)。
ああ、早く帰ってペト様を描きたい!!
ちょっとだけ元気を取り戻した私が立ち上がろうとしたとき、遠くの山の、さらに向こうに見える、薄い色の半円形の影に気づいた。ちょうど上向きの半月のような形をして空に浮いてる。
「何、あれ……?」
目に見える影の意味を理解したとき、私は全身が凍りついた。
「ウソだろ」
可能性はただ一つ。あれは星だ。地球と同じような天体だ。
淡い青緑にところどころ赤褐色が混じっている。白く見えるのは、おそらく雲だろう。手を伸ばしたときに五百円玉をもったくらいの大きさだ。
月の視直径は約三十分(二分の一 度)だから、小指の半分ほどにしかならない。半月形の影は、それよりもずっとずっと大きく見えている。『チェリ占』で仕入れた天体観測の知識が、こんな形で役に立つとは……。
間違いない。ここは地球じゃないんだ!
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