第6話
「え、なんで……」
佐藤さんと2人で歩いていると、背後から突然強い力で左手を引っ張られた。腕を引かれた視線の先には、《あの男》が息を切らしながら、私の腕を強く掴んでいた。
「オッサン、この女借りるぞ!」
「はあ?!」
佐藤さんにそう言い残すと、陽向 真昼は私を連れて何処かへ向かって走り始めた。
訳がわからず、咄嗟に佐藤さんへ視線を振り返ると、彼も彼で目の前の事態を呑み込むことができず、呆然と立ち尽くしていた。
「『オッサン』って……僕まだ28なんだけど」
____________
「おい! 離せ!! 離せよ!!!」
人混みをかき分けて、表通りを抜けても陽向真昼は足を止めなかった。元いた駅前通りから段々と遠ざかり、やがて人通りも少なくなった。人が全くいない裏路地に差し掛かったところで危機感を感じ、私は振り解けない陽向の腕に容赦なく噛みついた。
「いっっっっっって!!!」
歯形がくっきりついただけあって、彼はすぐに私の腕を離した。
「何すんだよ!!」
「そっちこそ何なんだよ!! 金輪際、関わらねぇって言ったじゃん!」
「はあ? 思ってた状況と違うと思って来てみれば、お前マジでパパ活してたのかよ! 引くわぁ〜」
「っるせえ!!!!」
私の感情的な怒号で、一瞬周りの音が消えた気がした。自分でもこんな大声を出すつもりなんてなかったのに……。
これを皮切りに、まるで糸が切れたように私はもう理性が働かなくなってしまった。
「お前にはもう関係ねーだろ!!」
この男の顔を見るだけで、イライラが止まらない。感情が制御できず、口から出て来る言葉は暴言ばかり。
……だけど、こんなに感情を露にしているのに、彼に対して何にこんなに腹を立てているのか、自分でもよく分からない。
前世で私を殺したから?
私の幸せを壊したから?
罪悪感を持っていないから?
もうこの世では関係ないから?
仕事の邪魔をされたから?
佐藤さんと引き離されたから?
走らされたから?
_____『俺にはもう関係ねぇ!!』
この男にそれを言われた時、私は漸く長年の不毛さに気づいた気がした。
前世の記憶を思い出したその時から、私は過去の彼と今の彼を勝手に重ねて、今の自分の有り様の責任を押し付けた。
あの時、私が首を絞めたのは……
_________この男に後悔して欲しかったから
もう二度と会うはずがない、殺した女と再会する不運を味わって、私を殺したことを後悔して欲しかった。
「乳子…俺のダチから偶々聞いた話だけどよ、今家無いんだって? パパ活はネカフェ代か?」
「だったら何? 生きる為には金が必要なんだよ。それを自分で稼いで何か悪い? 『身体を使うな』とか、『パパ活サイテー』とか、そんなの底辺の暮らしをした事がない奴が勝手に言ってるだけじゃん。こっちは生きる為になりふり構っていられねーんだよ!!」
息を切らしながら、私は再び怒声を上げた。だけど、陽向真昼はそんな私を真っ直ぐに見つめ、真摯に話を聞いていた。
「……俺のせいか?」
「は? 『俺には関係ねー』って散々言っといて、なに今更? うっざー」
「俺だって関わりたかねーよ!!!」
「!!」
初めて、陽向真昼が私の前で声を張った。私の叫び声など比にならない程の声圧に、私の体は反射的にすくんだ。だけど、その力強い声とは裏腹に、彼の表情は少し悲しそうに見えた。
「……変なんだよ。お前の暮らしぶりを聞いてから……さっきからずっと、知らねぇ記憶が頭ん中で勝手に浮かんでくるんだよ」
「それと私に何の関係があんだよ」
「檻越しに、≪前のお前が≫静かに泣いていた」
「!!」
それは、紛れもなく彼の前世の記憶だった。
私も家族の記憶を思い出す時の一度しか経験していないが、彼が言うように頭の中でイヤーワームが起こっているように、思い出した記憶は暫く回顧し続けた。後にも先にも記憶を思い出したのはこれきりだった。
「記憶の中で泣き続けてるお前も、今のお前の暮らしも、もし過去にお前を殺していなかったらって……」
「……」
できることなら、私が送るはずだった日々を返してほしい。
でも、そんなことは不可能だって最初から分かってる。出来もしない事を求め続ける愚かさは理解しているつもりだ。
だからせめて、私は彼が罪悪感に苛まれて、過去で私から奪った物を今世で返そうと、罪滅ぼしをして欲しかった。
運命が変わる事、幸せがいつまでも続かない事、宿命がある事……これらからしたら、私が陽向真昼に求めていることは、不毛なことなのかもしれない。
それでも私は、この男さえいなければ家族と平凡でも幸せな日々を送っていたと信じて違わない。
私が送るはずだった日々を取り戻す為に、陽向真昼には、私をこの生活から逃がしてくれることを密かに求めていた。
前世で殺した女と再会した話 社会不適合者 @shakaihutekigousha2021
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