第5話
______お金を稼ぐのって、大変。
「今日もありがとうね、月子ちゃん」
「ううん。佐藤さんも忙しいのに、昨日に引き続きありがとう」
____っていうか、日本の法律ってバカだよね。
『児童の労働は禁止』
『保護者が第一義的責任を持つ』
『売春防止法』
全員が守るのが当たり前みたいな偉っそうな文章で書かれてるのがホントに不思議。
大多数の生活を基準にして作った法律なんて守ってたら、私は環境に殺されしまう。
『お金に困ってるなら生活保護利用しろ』ってネット住民は言うけれど、中坊に10万単位の金をポンッとくれる国ってどこにあんだよ。
中学2年の時、私は自分なりに調べて生活保護の申請に行った。そしたら、福祉事務所の人が取った行動は申請許可ではなく、親への連絡だった。
「そりゃそっか」ってその時は思った。でもこれで、家の事情が分かって大人の人がなんとかしてくれるって思って少し安心した。
でも、私のママは最強だった。
ママは昔から外面が良かった。人当たりがよく、老若男女問わず周りの人たちを懐柔していった。福祉事務所に呼ばれた時、ママは陽気に笑ってた。
『私が口癖のようにお金がなくなっちゃうって言ってるから、この子ったら真に受けちゃって! ほら、私シングルマザーでしょう? お金の大切さを身にしみて実感したから、この子にも正しい金銭感覚を身につけて欲しくて教育の一環のつもりで言ってたのよ。そしたらまさか、中学生が生活保護に頼ろうとするなんて!』
そうやって笑い飛ばされた。でも実際に、私はお金に困っていた。
ママには現役の人気キャバで、月100万以上の稼ぎはある。でもそのほとんどは日々の服代と彼氏との生活費に使ってばかり。月に一度、2万円だけ渡されては
『何かあったら連絡してね』
その一言で終わりだ。ママは彼氏と同棲していて、彼氏の家を転々としているからママ名義の家はない。だから、私が寝床に困っていた時は「ごめん!お友達の家にでも泊まらせてもらって!」と言うだけで何もしてくれない。
当然、月に2万で生活なんてできない。だからせめて生活費をもう少し回して欲しいと言っても、出費が多いママにはその余裕がなかった。
中学生でバイトはできない。頼れる友達はもういない。学校の先生に行ったところでママに対する電話での注意だけ。
こんな事言っちゃ、多分怒られるんだろうけど、いっそ虐待されていた方が楽だと思った時が何度もあった。中途半端に子育てをされるくらいなら、ボロボロになるまで傷つけられていた方が、潔くママを警察に通報できた。
でもそんなことは出来ずじまいで、結局私は、自分で生きていくためにパパ活に手を出した。携帯料金だけはママが支払ってくれていたから、アプリを使って中学生ブランドを餌にパパを釣った。今日会った佐藤さんも、その一人だった。
「高校の制服姿似合ってるよ。一気に中学生らしさが消えたね」
高校に入ったのは、ママの入れ知恵だった。高校生ブランドは、中学生よりも価値があると言われた。ママにはパパのことを言っていないけど、おそらく勘づいていると思う。でも黙認している。だからそんなことを言ったんだと思う。
女子高生というブランドを得るためだけに、私は高校に入学した。本物の制服さえ手に入れば、どこでも良かった。
「明日も学校?」
「ううん。この間、ちょっと問題起こしちゃって今停学中。来週いっぱいも休みだから、いつでも会えるよ」
「珍しいね、月子ちゃんが問題起こすなんて。何があったの?」
「ちょっとね……。先輩に腹立って殴っちゃったの」
「ハハ。かなりheavyなことしたね。それで落ち込んで、珍しく連絡くれたのかい? 急に『会いたい』なんて言われたから驚いちゃった」
「佐藤さんは、私が会いたい時にもちゃんと会ってくれると思ったから」
佐藤さんとの関係は長い。お客の中では、彼といる時が一番楽だ。未婚だから後腐れがないっていうのもあるんだけど、それ以上に、買っている時に私を性具じゃなくて、一人の人として見てくれるからだと思う。都合のいい時にだけ呼び出す他のお客とは違う、会話が通じる安心感がある。
だから、寂しくなった時、つい彼を頼りたくなる。
「次、いつ会えそう?」
「来週の木曜かな? 明後日から一週間出張入っちゃって」
付き合いは長いけど、佐藤さんが何の仕事をしているのか私は知らない。少なくとも、いつもハイブランドスーツを着て、髪も毎日理容院でセットしてもらってるくらいには、蓄えはあるらしい。でもそもそも、未婚ってこと以外彼のことは何も知らないしどうでも良かった。私と会えないのは他の女の子を買うための口実かもしれないし、もしかしたら仕事すらしていないかもしれない。
でもそんなことよりも、私は今の唯一の心の拠り所である彼が、いつ私のところへ来なくなるのかの方が気がかりだった。
「……お仕事、頑張ってね」
私は少し寂しげに彼にそう言った。
「連絡は、いつでもできるから」
すると彼は、私の頭を撫でて優しくそう言ってくれた。その言葉に、私は安堵し口元が少し緩んだ……
____その時だった。
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