12 天の邪鬼

「ってえなあ、何すんだよ!」


 ベルは口ではそう言ったものの、本心ではうれしくて仕方なかった。


――叩き方に愛がある――


 そんなことを思ってニタニタしていると、


「寝起きからなんだあ、気色悪いんだよ」


 と、今度は愛のない一発をお見舞いされた。


「いってえなあ! 頭へこんだらどうすんだよ!」

「そんなかわいい頭かよ、とっとと起きて飯行って来い」

「あ、それじゃあ今朝は私がお兄さんを見てるよ、トーヤ一緒に行ってきたら?」


 こちらもすでに起きていたようで、ベルを起こしにきたトーヤの代わりに、精霊のような人がアランの横の椅子に腰掛けている。


「いぃーっ、トーヤとおぉ?」

「なんだあ、おまえ」


 トーヤが腰に両手を当てると、


「そうか、そんなに俺と飯行くのが嫌か、そんじゃ一緒に行ってやる。来い!」


 そう言って、また首を掴んでベルを引きずるようにして食堂に連れて行く。


 こうなると思った。

 ベルは心の中で密かに笑っていた。


 トーヤは天の邪鬼あまのじゃくだ。一緒に行きたいと言えば、きっとマントの人と行ってこいと言うだろうと思った。逆に、行きたくなさそうにしたら、こうして連れてこられると考えたのだ。


 思った通りになったので、引きずられながら笑っていた。


「なんだあ、おまえ、ほんとに気色悪いな」


 そう言いながら、偶然だろうか、昨夜座ったのと同じ、端っこに席を取った。

 まだ早いからか、他には数名がいてまばらに座っているだけなのに、とベルは思った。


「おはよう、今日はこっちのお兄さんとかい?」


 宿のおばさんがそう言いながら、また木の皿に乗せた朝ごはんを運んでくれた。

 

 今朝は白身の魚とやはり野菜の和えたもの、それから茹でた根菜にとろりとしたソースがかかっている。それとなんだろう、茶色い団子のようなものがあった。


「これも魚だよ、魚の揚げ団子」


 じっと見ているとおばさんがそう説明してくれた。


 今朝はスプーンとフォークだけなので、ベルにも使えた。魚の団子をフォークでさして一口でパクリと食べる。


「うまい!」

「おまえなあ、一口で食うなよ、もうちょっと味わって食え」


 トーヤはフォークで団子を割って食べていた。


「よく噛んで食えよ。ここじゃ食い物は逃げねえからな」


 そうだ、戦場では食い物は早く食べないと逃げるのだ。必死でやっと確保した食べ物を奪われたことなど何度もある。


「ガキはなあ」


 トーヤが話を続ける。


「よく寝て、よく食って、そんでよく出して、風呂入ってきれいにするのが仕事だ、分かったか?」

「なんだよそれ」

「なんでもいい、そうして元気になって恩を返せ」

「またそれかよ~」


 ベルはぶうっと頬を膨らませるが、トーヤがそんなこと、返してもらおうと思ってなんかいないことはなんとなく分かった。


 朝ご飯を食べ終わると、


「さあ、交代するぞ」


 トーヤはそう言って食器を厨房の方に持っていき、何か小さな壺に入ったものを受け取ってきた。


「おまえも返してこい」

 

 そう言ってとっとと自分だけ部屋へ戻る。


 ベルも急いで食器を返しに行き、ごちそうさまを言う。


 これは昨日の夜、白いマントの人に教えられたのだ。


「食べ終わって食器を返す時にはね、ごちそうさま、おいしかったと言うんだよ。そうしたら作ってくれた人もうれしいでしょ?」


 ベルはそういえばずっと昔、家ではそういうことを言っていたかもと思い出した。

 おいしかったと言ったら母さん笑ってたなあ、そんなことを思い出した。


 2階の部屋に戻ると、入れ替わりにマントの人が、またフードをかぶって食堂に行くところだった。


「あのね、魚の団子、おいしかったよ」

「そう、それは楽しみだな」

  

 そうにっこり笑い、ベルの頭を一つ撫でて降りていった。


 トーヤはアランの横に座ると、さっきの壺から出したものをカップの水と混ぜ、それをアランの口元に当てて飲ませる。


「なあトーヤ」


 ベルはすっかりその名を呼ぶのに慣れてしまった。


「なんだ?」

「それ、なんだ?」

「蜂蜜」

「はちみつ?」

「ああ、水だけじゃ栄養が取れねえだろ? 傷の治りを早くするのと、体力つけるのに水で溶いて飲ませてる」


 そう言って、ベルの右手を掴むと人差し指を一本、壺の中身にふいっと浸け、


「なめてみろ」


 そう言う。


 ベルが恐る恐るなめてみると、


「あまい! うまい!」


 こんな美味しいもの初めて食べた!


「うまいならなめとけ」


 トーヤはそう言うと、カップの水に溶かした残りをよこした。


「でも兄貴のだよな」

「いるならまた買ってやる。おまえ痩せすぎだ、栄養取ってもっと太れ」


 小さな壺をぶっきらぼうに押し付ける。


「あ、ありがとう……」

「汚ねえし臭いし、おまけにガリガリで骨だらけ、そんなガキは見てるだけで不愉快だからな」

「ひっでえなあ」


 ベルはそう言いながら、受け取った壺をキュッと抱きしめた。


 ゆっくりと指をひたし、ゆっくりとなめる。


「うん、っまい!」

「うるせえ、黙って食え」

「うまいもんはうまい!」

「うるせえっての!」


 そう言いながらトーヤはアランの口元に蜂蜜を溶かした水を少しずつスプーンで垂らす。

 昨日は海綿で本当に少しずつ垂らしていたが、今日はもう少し多めに流し入れても飲み込んでいる。

 元気になってきているんだな、と口にも心にも蜂蜜が染みてきた気がした。

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