7 魔法と治療
ベルは黙ってそこに立っていた。
「黙って見てるでいいんだな? 邪魔はするなよ? 手元が狂ったらどうなるか分からねえからな」
後半は脅すように言う。
「さあ、じゃあやるぞ」
「トーヤ」はそう言うと、今度こそ傷にナイフを当てて軽く引いた。
意識がないはずのアランが少しばかり反応する。
「あんまり痛いようならもうちょいなんとかするが、今の様子なら大丈夫だろう。まあ意識がないのが幸いだ」
そう言ってさらに傷を切開する。
アランは少しばかり顔を歪めてはいるが、目を覚ます気配はないようだ。
傷を切り開き、絞ると血が混じった膿が受け皿にだらだらと流れ出てきた。
「臭えな……おい、ガキ、兄貴、ケガしたのいつだ?」
「えっと」
ベルが少し考えて、
「い、戦が終わる4日か5日か前」
「そんな前か。傷が中で腐りかけてる、よく我慢してたな」
そう言いながらテキパキと処置をしていく。
傷口から膿を絞り出し、酒をかけて消毒する。
その後で傷口を縫い、清潔そうなサラシで固定した。
「よし、こんなもんか」
「トーヤ」がふうっと息をはいてそう言った。
「もういいぞ、ガキ」
「兄貴!」
言われてベルがアランに近寄る。
まだ意識は戻らないが、楽そうに眠っている。
「いつ気がつくか分かんねえが、痛むだろうし、ちょっとでも寝てる方が楽だとは思う」
「トーヤ」はそう言いながら手を動かして後片付けをしている。
「俺ができるのはここまで、この後はこいつに交代する」
「うん」
「トーヤ」がどくと、変わって白いマントの人がそこに座り、またアランの上に手をかざし、さわさわと何かを送った。
「治癒魔法って言ってもね、何もかもを治せるわけではないんだよ」
ベルに言い聞かせるようにそう言う。
「私ができるのは生命力を活性化する、と言えば分かるのかな? それだけなんだ」
言われても分かったような分からないようだとベルは思った。
だが、このきれいな人の魔法と、口が悪くて手足が早くてけったくそ悪いが、黒い髪の「トーヤ」という男の処置のおかげで兄が助かりそうだということは理解できた。
「あ、ありがと……」
ベルはやっと2人にそう礼を言う。
「お、なんだ、やっと分かったようだな。そうだ、俺らがおまえの兄貴を助けてるんだ、感謝しろよ」
「トーヤ」に偉そうに言われ、ちょびっとだけお礼を言ったことを後悔した。
「さてと、そんじゃ次だ」
「トーヤ」は手に桶とカゴを持ち、ベルの前にふんっと立ちはだかる。
「な、なんだよ……」
「おまえな」
そう言って腰をかがめると、クンクンとベルの臭いを嗅ぎ、
「くっせえんだよ、そんできったねえ」
言われてべルが赤面する。
ベルだって分かっている。
何日も戦が続き、ずっと戦場の片隅にいた。
それからアランと一緒にあの木の根元にたどり着き、ずっと地べたにへたりこむようにして過ごしていたのだ。川に飛び込んでホコリや汚れを洗い落とす余裕などなかった。
「おまえ、風呂入ってこい。そのきったねえの落とさねえと、この部屋では寝かせられねえからな。ほれ、これ返して風呂行って来い。その用意もしてくれてるはずだ」
なんだかんだ言いながら、この口の悪い男は色々と面倒見が良いようだ。
だが……
「…………」
「ん、なんだ? 聞こえねえぞ?」
「おれ、……ない……」
「は? もっとはっきり言え」
「おれ、一人で風呂に入ったこと、ない……」
「はあ? なんだと?」
トーヤが呆れ返ったようにそう言う。
仕方のないことだ。
まだ小さかったベルは母にお風呂に入れてもらっていた記憶はあるが、あの日以来、一度も風呂には入ったことがない。川で水浴びをするか、雨に汚れを流すかそれぐらいだ。
「前に風呂入ったのはいつだ?」
「えっと……三年ぐらい前?」
「そんな前かよ!」
「トーヤ」はどうしてかとか、そういう理由は一切聞かない。聞かなくてもだいたいのことは想像がつく。あんな場所でうろうろしている子どもなど、誰も似たりよったりだからだ。
「仕方ねえな、俺が入れてやるか」
「ええっ!」
ベルが両手で身を守るようにして体をよける。
「あのな」
「トーヤ」がバカにしたように言う。
「心配しなくても、おまえみてえなきったねえガキになんかしようなんて思わねえよ。これは言ってみりゃ清掃作業だ。汚れと悪臭にまみれた諸悪の根源を洗ってきれいにするだけのこったからな。さ、行くぞ」
そう言うなりガシッとベルの首ねっこをひっつかむ。
「な、なにすんだ!」
「言っただろうが、清掃作業だ」
「いや! た、助けて!」
アランのそばに座る白いマントの人に助けを求めたが、
「いってらっしゃーい」
マントの人はにこにこしながらそう言って手を振るだけだった。
「いやー!」
「るせえ!」
そうして暴れるのをずるずると引きずるようにして1階の風呂場に連れていく。
風呂桶にはもうたっぷり温かいお湯が入っているのが見えた。
ここの風呂は湯おけに焼いた石を入れて沸かす方式らしく、他にも水桶と湯桶が置いてあり、そばに石を焼くかまどのようなものもある。
「トーヤ」はベルを風呂桶の横にどさりと置くと、
「さて、湯も水も使い放題だ、覚悟しろ」
そう言ってニタリと笑った。
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