3 治癒魔法
ベルがマントの人に
「おら、とっとと行けよクソガキ」
そう言って黒髪の男に頭をはりたおされた。
「なにすんだよ!」
「助けてくれっつーたのはそっちだろうが、急ぐんじゃねえのかよ」
そうだった。
予想もしなかった美しい人に思わず頭の中が真っ白になったが、急がなくては!
ベルは、黒髪の男と白いマントに隠された麗人の2人を兄が寝ている木の下に案内した。
「兄貴!」
木の根元、力なく横たわる少女より薄い色の髪の少年、ベルの兄アラヌス、愛称をアランという。
「兄貴!」
もう一度そう言って兄のそばに膝をつき、息をしてるかどうかを確かめ、ベルがホッとした表情になる。
「よかった、生きてる……」
ほおっと息を吐き、ぺたんとその場に座り込んだ。
「ちょっと見せて」
横から白いマントの麗人がアランを覗き込む。
アランは弱く荒い息をしていた。
熱があるのに顔色は土気色だ。かなり血を失ったのだろう。
その人はぱさりとマントのフードをはずし、じっと上から見下ろす。
目を閉じるとふわっと両手をアランの上に差し出し、さわさわと空気を撫でるようにする。
ベルは感じた。
その両手から、何か柔らかい温かい空気のようなものが兄の上に降り注ぐのを。
白いマントの人はそうしてゆっくりと手を左右に動かしていたが、
「大丈夫、かな?」
そう言ってから目を見開き、
「大丈夫、多分助かるよ」
そう言って優しく笑った。
「兄貴!」
ベルが兄の顔を覗き込むと、やや血色がよくなり、呼吸が楽になっている。
「兄貴ぃ……」
ベルがアランの上に倒れ込んで泣き出した。
「泣いてる場合じゃないぞ、ガキ」
黒髪の男がそう言う。
「とっととどけ」
そう言ってベルを邪険そうに押しのけた。
「なにすんだよ!」
ベルが兄を守ろうとするかのように、もう一度アランの上にかぶさる。
「ここで寝てたら治るもんも治らねえだろうが、このまま寝てて獣にでも食い殺されてえか、え?」
男はそう言ってとん、と突き飛ばし、アランの体を「よっ」と言いながら肩に担いだ。
「兄貴!」
「おまえ、さっきから兄貴しか言えねえのかよ。おら、とっとと行くぞ」
「ど、どこにだよ!」
「うるせえ、黙って付いてこい」
そう言うと黒髪の男は草原をとっとと進みだした。
「さあ、行こうか」
白いマントの銀色の髪の麗人がそう言ってマントを被り直す。
そうして優しくベルの背を押した。
ベルは押されるまま、兄を担いだ黒髪の男の後ろから、白いマントの人と一緒に草原を進み始めた。
3人は荒れ果て、それでも次第に元の姿に戻ろうとしている平原を抜け、町の方へと進んだ。
あちこちで家を焼かれたのか、掘っ立て小屋のようなものを建ててそこに住む人たちが見える。
小屋も建てられず、テントのようなものを作っている人、それすらなく、頭から何かボロのようなものにくるまって地べたに寝転ぶ人、さらにそれすらなく、真夏の炎天下に少ない日陰を求めて体を寄せ合う子どもたちもいる。
3人はその横をどんどんと進む。
アランを肩に担いだ男を見ても、誰も何も反応しない。
そんなもの、もう見慣れ過ぎているからだ。
担がれた男が生きているのか、そうでないのかすら興味はない。
ちょうど、道端で落ちて上を向いてるセミを見るようなものだ。
いきなり動き出されたら、自分に害をなすのではないか、と一瞬びっくりするぐらいだ。
そんな集落とも呼べぬ人の寄せ集まりの地域を過ぎ、さらに進む。
あの野原を離れてから、もうかなりの距離を歩いたはずだ。
小さなベルはもうふらふらになってしまい、時折よろけたりもしているが、先頭の男は気にもせずどんどんと進む。
その分、白っぽいマント(これは生成りという生地なのだがベルはそんな呼び方は知らないのでこう呼んでいる)の人が心配そうに、「大丈夫?」と声をかけ、優しく肩や背中に触れてくれると少しだけ楽になった。
「なあ、なんかしてる?」
ベルはマントの人を見上げて言う。
「さっきも兄貴になんかしてくれただろ? おれにもなんかしてる?」
「鋭いね」
マントの人はフードで隠れて見えないが、笑顔でそう言ったと分かった。
「治癒魔法だよ」
前を行く男がめんどくさそうにそう答えた。
「そんでおまえの兄貴もなんとか助かるかも知れねえ、だから急いでんだよ」
後ろに声をかけながらも足は止めない。
「おまえのことも分かってんだけどな、俺はほれ、こうだ」
そう言って肩に担いだアランをちょっと揺すってみせる。
「おまえまで担げねえからな。そんでそいつは、おまえのこと担ぐなんて芸当できねえからな。だから、おまえ、がんばって歩け」
分かっていたのだ、ベルがすでにふらふらなのは。それでいてアランの命を優先して、あえて知らん顔しているのだと分かった。
悪いやつじゃないのかも知れない。
ベルは口には出さずにそう考えていた。
通り過ぎてきた道すがらに見た人々、あれを見てしまうと確かにとても相手にはしていられないと分かった。助けを求めた時、この男がそう言っていたのを思い出す。
それでも助けてくれようとしている。
ベルは「大事なもの」をなくさずに済むかも知れない。
崩折れそうになる足をそうして励ましながら、べルは必死で歩き続けた。
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