4 甘露
戦争の端っこのような場所を通り過ぎると、舗装された大きな道に出た。
それは本当に広いきれいな道であった。
それまでの背丈の高い草むら、ぼこぼこに荒れ果てた地面に辛うじて人が通ってできたであろう道と比べると、何がどうなっているのか分からぬほど、同じ「道」という名で呼ぶのがはばかられるほどの立派な道であった。
「太古の昔に神様が作った道だそうだ。本当かどうかは知らねえけどな」
男がアランを担ぎ直すついで、というようにベルに言う。
「まあ世界中にどーっとつながってるでっかい道だ。ここを行くと町に出る。もうちょっとの辛抱だ」
「辛抱」はベルに対して言っているのだろう。
男は人間一人を担いでいるのに、特に疲れた風も見せずにそう言う。
白いマントの人はただ黙ってそれに付いていく。
そしてベルも。
真夏の太陽に灼かれた石畳の道は熱く熱を持ち、歩いているだけで体力を消耗しそうではあったが、それでもぼこぼこの石だらけ、穴だらけの道とも呼べぬ道を歩くよりははるかに楽になった。
歩き始めたのは昼よりずいぶんと前だったが、もうかなり日が高くなっている
どのぐらいの間歩いたのか、疲れと暑さで小さなベルはもう頭が朦朧としてしまっている。
「がんばって」
白いマントの人がそう言って背中を擦ってくれると少し楽になる。
「治癒魔法」とさっき前の男が教えてくれた。それがあるからまだ歩けている。
やがて、遠くに建物がちらちらと見えてきた。
「ほれ、見えてきた、町だ」
黒髪の男の声をベルは遠くに聞いた。
「あぶない!」
誰かが自分を支えてくれる。
ベルの体力はもうとっくに限界にきている。
支えてもらってなんとか崩れずにいるのが精一杯だ。
「トーヤ」
白いマントの人が男をそう呼んだ。
「もう限界みたいだけど、どうしよう」
「しゃあねえなあ、どうすっかなあ」
声が頭の上でゆるく響いている。
「おい、ガキ」
その声と一緒にぴしゃぴしゃと顔を叩かれているのを感じる。
「おまえ、兄貴助けたくねえのか?」
「…………」
「ん、なんだ?」
「……たい……」
「なんだ、もうちょいしっかり言え」
「たすけ、たい……」
「そうか」
ぐいっと右腕を誰かに掴まれた。
「おまえの兄貴結構でかいし、2人担ぐってのはさすがに無理だからな、ほれ、これでこっちも限界だ」
その手が右腕を通って背中に回される。
「おまえもそっち持ってやれ、そのぐらいやれんだろうが」
「うん」
誰かが左手から同じように背中に手を回してくる。
「ほれ、後は自分の足で歩け、ほれ、もうちょいだ」
ベルは両方から支えられ、なんとか両足を交代で前に出すことができた。
そうして、半ば引きずられるようにしてベルはひたすら足を動かした。
足を動かしているというよりも、もう引きずられたら仕方なく足がついて動く、という感じだ。
それでも意識だけは前へ、前へと進んでいたようだ。
「ほれ、着いたぞ」
そう言われ、右側から支えられていた手をさっと離される。
左側からの手だけでは支えきれなくなり、ベルはどさりと地面の上に落ちた。
「急に手を離したら危ないじゃない」
左側のきれいな声がそう抗議するが、右側の低い男の声が、
「るせえなあ、こんな柔らかい草の上に落ちてケガなんかするかよ。それにこっちだってもう限界だってえの」
そう言って、下を向いて倒れたベルの右横に、こちらはそっと何かを横たえた。
もう半分意識がないようなベルの視線に、懐かしい薄茶の髪が見えた。
「……あ、あに、き……」
そう弱々しくやっとのことでつぶやいたベルに、
「お、まだ意識あるじゃねえか」
頭上から男が楽しそうにそう言った。
「まあ、ちょっと話つけてくるわ、おまえ、こいつら見とけ」
「うん、分かった」
そんなやり取りを遠くに聞きながら、兄のアランが柔らかく呼吸をしているのを見てベルはホッとする。
「お水、飲める?」
ベルの頭上からやさしいきれいな声がそう聞いてきた。
言われてみれば喉がカラカラだ。
無理もない、あの暑さの中を引きずられるように、荒い息を吐きながら歩いてきたのだから。
「もっと早く飲ませてあげたかったんだけど、ちょうどお水を切らしてたんだ。ごめんね」
白いマントの美しい人がベルの上半身を抱き起こし、
「はい」
そう言って、ひょうたんに柄をつけたひしゃくを持たせてくれた。
「少しずつね」
ベルはひしゃくに口をつけ、一口飲んだ。
「おい、し……」
「そう、よかった。もっと飲んで」
こくり、こくり、少しずつ少しずつ飲む。
冷たい水が口から喉に染み渡る。
おいしい、こんなおいしい水飲んだの初めてだ。
すっかり飲み干す。
「もうちょっと汲んでくるよ。座ってられる?」
ベルは言葉なしにこくりと頷く。
マントの人は少し離れた井戸へ行き、そこから水を汲んでまた持ってきてくれた。
「もう一人で飲めるよね? お兄さんにも飲ませなきゃ」
そう言ってベルにひしゃくを渡し、自分はアランのそばに座る。
飲ませると言っても意識がない。
どうするのかと見ていたら、海綿を取り出してそれに水を含ませ、ほんの少しアランの口に垂らした。
アランの口にほんの少し水が入る。それをゆっくりと繰り返していた。
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