第2話 王女の告白

 いつものようにエヴァ王女専用の庭園で待っていると、侍女のアメリに連れられてジョーがやって来ました。

 彼をテーブルまで案内したアメリは、「仕事は終わった」とでも言わんばかりに庭園から姿を消します。


 ――せめてお茶ぐらい淹れてから行って欲しかったのですが、恐らく、緊張した様子のエヴァ王女の邪魔にならぬようにと配慮しての事でしょう。

 ……いや、それはそれとして、お茶は淹れて行って欲しかったですけれどね。

 王女のカップもジョーのカップも空のまま、テーブルには茶器と茶菓子だけが用意されています。


 このままでは、わたくしのカマ淹れ茶法が火を噴きますよ。


「――「今日は」可愛いッスよ、アデル」

「し、失礼ですわね、「今日も」可愛いの間違いですわよ!」


 ジョーは席につくなり王女の姿を確認して、意地悪く目を細めました。

 人の悪意に疎い王女でもさすがに、数日前に披露したチャーシュードレスを揶揄されている事には気付けたようです。

 真っ白な頬を膨らませて不貞腐れている様子はとても可愛らしく、彼女をからかった当の本人であるジョーも、途端に目元を緩ませました。


「確かに、アデルは毎日可愛いッスよね」

「………………き、今日はそのようなお話がしたいのではなくて、その――」

「おー、じゃあ何の話にする? 今日はアレッサ居ないんスね。……まあ正直「友達っぽさ」ないから、あんまり距離詰め過ぎない方が良いと思うけど」


 ジョーはエヴァ王女の「アリーはわたくしのお友達!」という気持ちを汲んでくださったのか、後半はあえて小声で呟きました。

 彼の気遣いのお陰で、今日も王女はカレンデュラ伯爵令嬢の敵意に全く気付いておりません。


「わたくし……その、ジョーに話さなければいけない事がございますの。――謝らなければいけない事も」

「え、何スか急に? 怖」

「ええと…………あの――は、ハイド、カップが空ですわ、お茶を淹れてくださいませ……」


 やはりなかなか切り出しにくいのか、それとも単に緊張で喉が渇くのか。

 わたくしの危惧した通り、ジョーの前でカマ淹れ茶法を披露するよう命じられてしまいました。


 わたくしはそっと息を吐き出して、いじいじと自身の髪の毛を指に巻き付けている王女の隣で茶器を手に取ります。

「話がある」なんて思わせぶりな事を言われたものの寸止めされているジョーは、茶を淹れるわたくしの姿を所在なさげに眺めて――フッと小さく笑みを零しました。


「ちょ、ちょっとハイドさん、その見た目でその手つきは違和感あるッスわ」

「……仕方がないでしょう、わたくしが手ほどきを受けたのは執事長ではなく侍女長だったのです。存分に笑いなさい」

「いやいや、可愛いッスよ」

「――はあ全く、何でもかんでも「可愛い」と言って。これだから最近の若者は」

「えー、ハイドさんだってよく言ってんでしょーが」


 エヴァ王女のついでに話す事が増えたからか、同じ「転生者」だからか――ジョーは最近、わたくし相手にも軽口を叩くことが増えました。

 彼は人の懐に入るのが上手いのでしょうね、馴れ馴れしくされても不思議と不快ではありません。

 懐いてくれた事は純粋に嬉しいですしね。


 そうして茶を淹れ終わると、やはり相当喉が渇いていたのか――早速王女がカップの持ち手を指で摘まみました。

 しかし緊張からか手が震えているようで、カップとソーサーがカチャカチャと耳障りな音を立てます。


 普段のエ万能王女でしたら、まずこんな粗相そそうはしませんよ。


「……そう緊張なさらずとも、わたくしめがカマ淹れ茶法で場を温めておきましたから」

「え、ええ――そうですわね、ありがとうハイド……」


 これだけ茶法を弄られたのですから、わたくしの頑張りを無駄にしないで頂きたいです。なんとか勇気を振り絞って欲しいですね。

 やがて王女はカップをソーサーに戻すと、真っ直ぐにジョーを見つめました。


「ジョー、わたくし……わたくし、本当は「アデル」ではありませんの」

「……アデルじゃない?」

「アデルは、わたくしのお姉さまのお名前で――わたくしの名前はエヴァンシュカ。エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア……この国の、末の王女ですわ」

「エヴァンシュカ……? ウワー……マジッスか……俺がおじさんに「ダチになれ」って言われた、あのエヴァンシュカ王女?」


 ジョーは、片手を自身の額に当てて参ったように天を仰ぎました。

 まあ今まで王女の事を「貴族のお嬢さん」と思っていたのですから、それは少なからずショックを受けるでしょう。


 ……しかもよりによって、ヴェリタス子爵に「不敬を働いて来い」と言われた、エヴァ王女その人なのですから――驚きはひとしおのはずです。


「騙していてごめんなさい、ジョー。わたくし初めて貴方と会った時に、養父の事を聞いて……何だか、エヴァンシュカと名乗ると貴方が養父に政治利用されるのではと、危惧してしまいましたの。でも決してからかっていた訳ではありませんわ、ジョーとお近づきになりたいと思ったのは本当です。それだけはどうか信じてくださいませ……」


 王女は、懇願するようにジョーを真っ直ぐに見つめます。彼は天を仰いだまま、しばらく何事かを考え込んでいるようでした。


 ――やがてジョーは、真剣な眼差しでエヴァ王女を見つめ返しました。


「……ってかさ」

「え? あっ、は、はい、何ですの?」

「この国の王女様って、「男爵」程度と結婚出来んのかな?」

「…………男爵、ですの? ええと、ジョー、一体何の話を……?」


 ジョーの養父は「子爵」、男爵ではありません。しかし彼はきっと、以前わたくしと話した事を仰っているのでしょう。


「男爵」は唯一、金で買える爵位です。

 ジョーはこのままヴェリタス子爵の捨て駒として人生を終えるつもりはなく、自身の金で男爵に成り上がり――そして、エヴァンシュカ王女を迎えるつもりなのです。


 わたくしは思わず、笑みを漏らしました。


「――ええ、出来ますよ。エヴァンシュカ王女は末娘で、こと婚姻に関しては政治利用されにくい……しかも、テオフィリュス陛下に溺愛されています。貴族であれば爵位は関係なく、王女が望む相手と婚姻を結べるでしょう。――むしろ下手に爵位が高いと権力が集中する問題がございますから、伯爵以下の方がかえって都合がいい」

「ハイド!? な、何を言いますの? 別にわたくし、貴族と結婚するつもりは――だってわたくしには、「絵本の騎士」が……」


 往生際悪くも、モニョモニョと「騎士と結婚したい」云々抜かしているエヴァ王女。

 貴女もう、貴族でも騎士でも何でもないジョーが好きなんですから、そんな夢を語っている場合ではないでしょうに。

 ……可愛いですけれどね。

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