第3話 ジョーの告白

 ジョーはご自分なりの「答え」を出したのか、やけにスッキリとした表情をなさっておいでです。

 ――彼もまた王女と同様 吹っ切れたのでしょうか。


 いつものように人懐っこい笑みを浮かべると、テーブルの上に片肘をついてエヴァ王女を見つめました。

 完全にマナー違反ですが……まあ、この場には気心の知れた者しかおりませんから目を瞑りましょう。「王女」だと知った途端に態度を硬化されるより、よほど好ましいですしね。


「エヴァンシュカ王女、実は俺もいくつか黙ってる事があるんスよね」

「――え? な、何ですの? 聞きますわ、怒りもしません、その資格もありませんし……」

「アザース。――じゃあ、まず1つ目。俺、まだおじさんと養子縁組成立してないんスよ」

「成立していない? ……どういう事ですの?」

「だって俺もう、とっくに20超えてんスよ? 確かこの国の養子縁組制度って、養子の年齢15歳未満っしょ」

「――あっ」


 ジョーの言葉通り、ハイドランジアの一般的な養子縁組は養子の年齢が15歳未満であること、という決まりがございます。

 ただし養父側が貴族または商人など、どうしても後継者を必要とする場合はその限りではありません。


 今回のヴェリタス子爵の件で言うと……ヴェリタス子爵は正当な後継、実子が存命ですので当て嵌まりません。

 つまるところ、ジョーのこの「養子縁組」――相当きな臭いのです。

 子爵だけでなく、法律を遵守じゅんしゅする事なくいとも簡単に彼を放逐した、プラムダリア孤児院も含めて。


「それに俺、マジで王女の誕生パーティの2、3日前に養子の話受けたばっかなんスよ。だから今、「監督保護監護」期間ってヤツ。6カ月間一緒に暮らしてみて、双方に問題がなければ国へ正式に申告できるんス。――そんな宙に浮いた状態の俺を王宮に送るって、マジ半端ねえっしょ、俺のおじさん」


 ジョーは自身の境遇を悲観するどころか、悪戯っぽい笑みさえ浮かべています。

 正直、今までは「死んでも構わない」という意識のもと、自暴自棄に周りに流されて来たのでしょう。

 しかし今の彼には、エヴァ王女が居ます。このまま流されて死ぬ訳にはいかないはずです。


「と、いう事は、つまり――ジョー、貴方は厳密に言えば、まだ平民であるという事? このまま、ヴェリタス子爵の養子になる気は……?」

「ないッスねー。この城から帰ったら、「サーセン」って断ろうと思う」

「そう……そうなのね……」


 はっきりと断言なさったジョーに、王女はどこか複雑な――それでいて、安堵したような表情で胸を撫で下ろしています。


 彼が貴族でなくなれば婚姻は遠のくでしょう。

 しかし、テオ陛下からよく思われていないヴェリタス子爵家の養子で居られるよりは、平民の方が遥かにマシと思ったのかも知れません。

 ――まあジョーはその後、金で男爵位を買うつもりのようですがね。


「……あと、2つ目。これは正直「隠し事」ってか――スノウアシスタントが好きなエヴァンシュカ王女には、あんまり聞かせたくない「相談事」なんスけど」

「え? ……え、ええ、どうぞ。少し怖いですけれど、お伺いしますわ」

「プラムダリア孤児院の職員、腐ってんスよ」

「――腐る、ですの?」

「スノウアシスタントが好き勝手にグッズを発明して、そんなに金のない庶民でも便利な生活を送れるようになったし、平民の識字率も上がった――までは良いんスけど、そっから先が問題で。あまりにもグッズが売れるから、職員の目が変わっちまって」


 ――曰く、生まれて間もなくプラムダリア孤児院に引き取られたスノウアシスタントは、非凡な子供だったそうです。

 ハイドランジアにはない発想、知識を持っていましたが、決してそれらをひけらかす訳ではなく、周囲の恵まれない子供達のために使いました。


 いくら国から援助を受けられると言っても、孤児院の経営は楽ではありません。

 毎日の食事は雀の涙ほどで、子供達はいつも腹を空かせています。

 空調設備なんてなくて当然ですから、夏は暑く冬は極寒で――栄養失調義気味で体の弱い子供達は、すぐに儚くなってしまいます。


 孤児相手に仕事を頼みたがるような奇特な商人はおらず、職員だって子供達の面倒を見るのでいっぱいいっぱい。外へ働きに出るなんて夢のまた夢でございます。


 そんな生活を少しでも変えようと一石を投じたのが、スノウアシスタント。

 他の子供達と一緒に、遊びの延長で――ダメ元で開発したのが食物由来の紙でした。


 それは従来の羊皮紙と違い安価で高品質、しかも設備さえ整えれば大量生産できるからと、庶民だけでなく商人や貴族にも一目置かれました。

 そこからはもう、「ずっとスノウアシスタントのターン」でございます。


 次から次へと便利で画期的なグッズを発明しては世へ送り出して――元々趣味だったのか、孤児院の生活に余裕が出来てからは大衆小説の執筆や劇作家として活躍。

 図らずしもが一番初めに開発した「紙」のおかげで、民衆の識字率は爆発的に向上しています。


 ハイドランジアにはない彼の発想力から生まれた物語の数々は、今も大ヒットを続けている――という訳ですね。


 スノウアシスタントは「情報」にこそ多大な価値がつくと考え、孤児院の子供・職員達にグッズの製法を外部へ漏らさぬよう言い含めたそうです。

 それは正しい判断であり……しかし同時に、誤った判断でもあります。


 情報の秘匿は「商人」として当然の事。

 しかし「黄金郷」に独占禁止法というルールがある事から分かるように、技術・商品の独占は軋轢あつれきや問題を生じやすいのです。


「汚らしい親なしの孤児め」、「孤児院の職員なんて底辺のする仕事だ」なんて揶揄していた周囲の人間達が、スノウアシスタントの活躍によって掌を返しました。

 どうにか恩恵にあやかろうと媚へつらう者、ねたそねみから「情報の独占なんて浅ましい真似をするな」と敵意をぶつけてくる者――しかし善悪問わず、全ての「関心」が孤児院の関係者にとって悦楽に変わるのです。


 ザマア、というヤツでしょうか。

 今まで散々見下していた孤児に、孤児院の職員に下克上されて今どんな気持ちだ、と。

 しかも周囲の関心を集めるだけでなく、スノウアシスタントの功績によって、まるで湧き出る湯水のように金が入り込んでくるのです。


 ……まだ汚れを知らない幼子ならばまだしも、それは職員の目も濁って当然でしょう。


「今のプラムダリアは、外に助けを呼べない身寄りのない子供達をグッズ制作の労働力として使い潰す、クソ施設ッスよ。稼いだ金は基本的に職員のもの、子供に分配される事はない。大事にされてんのはブレーンのスノウアシスタントだけで、他の子供は今も苦しい生活を強いられてる……孤児院だってのに、製法を漏らしちゃいけねえからってどこへも養子に出されねえ。プラムダリアに入ったら最後、子供らは大人になってもそのまま歯車みたいに働かせられるんスよ――まあ、たまに要領のいい小狡いヤツは、職員にのし上がってるッスけどね」

「で、では、ジョーが法律を遵守される事なく、あっさりとヴェリタス子爵に引き渡されたのは、どうしてですの……?」

「すっかり金の亡者になった職員に、おじさんが汚ねえ金を握らせたから――ってのと、俺がちょっとだけ特殊で、製法を外に漏らす心配が絶対になかったからッスね」


 ジョー自身も孤児院の被害者であるでしょうに――彼はあっけらかんとしていて、まるで他人事のように話します。

 奇跡の孤児院と呼ばれるプラムダリアの実態を……そして敬愛するスノウアシスタントが引き起こした問題を耳にして、エヴァ王女は大きな衝撃を受けられたようでした。


「お金のためならば、ジョーがどうなっても……最悪死んでしまっても、構わないと?」

「いやあ、死ぬのはさすがに困るんじゃねえッスかね。――まあ向こうも、死ぬ訳ねえと思っての判断なんじゃねえの」

「――そんな、あまりに無責任ですわ。……では以前、スノウアシスタント先生が貴族と利権問題で揉めていると仰っていたのは?」

「あー……実は孤児院の院長が、「国からの援助を一切断つほどに施設を盛り立てた」「当時幼かった子供の行いを信じて後押しした結果、ハイドランジア国民の生活レベルを著しく向上させることに一役買った」って功績で、準男爵になったんスよ」

「そのお話なら、わたくしも耳にした事がございますわ」

「スノウアシスタントは――結果はどうであれ、あくまでも子供らのために動いたんスよ。でも製品の情報を秘匿しちまったせいで、真逆の結果を引き起こした……だから子供を使い潰す職員のやり方に反発して、今更ながら「情報を国へ売らないか」って提案したんスけど――まあ~その準男爵が頭を縦に振らなくて」

「……まだまだ甘い汁を吸い足りない、という事ですのね」

「そー。贅沢しなけりゃあ一生遊べる金があるくせに、そうはいかねえってところかな」


 そこでジョーは大きな伸びをすると、重い空気を変えるためなのか何なのか、空になったカップを持ち上げて「ハイドさんおかわり!」と言って目を細めました。


 ――わたくしのカマ淹れ茶法をおかわりするとは、覚えていなさいジョー。この仕打ちは絶対に忘れませんよ。

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