第6話 騎士とヒロイン

 あれからわたくしはエヴァ王女の私室を出て、ジョーが滞在する翡翠宮まで足を運びました。


 今回招待されたお客様方は皆、「翡翠宮」と呼ばれる王宮の離れを利用して頂いております。

 貴族子息女の皆々様と、彼らがそれぞれ連れて来た世話役の従者が利用するため――離れとは言え、なかなか大きい宮です。


 まず男性が過ごす棟と女性が過ごす棟が綺麗に別れている時点で、規模の大きさが分かるというもの。

 各棟は東西に別れていて、それらを繋ぐ中央部分は共有スペース。本館と翡翠宮は、1階にある渡り廊下1本で繋がっております。

 確か、3000人程度ならば収容可能だったでしょうか……。常日頃清掃してくださっている方々には頭が上がりませんね。


 わたくしはジョーの部屋を訪ね、口頭でエヴァ王女――もとい「アデルお嬢様」が例の庭園で待っていますと伝えると……彼は、見ているこちらが嬉しくなるほど素敵な笑顔を返してくださいます。

 全く誰でしょうね、彼の人相と目つきが悪いなんて言っていたのは。

 眼光だけで人を殺せるだなんて滅相もありません。相変わらず笑うと少年のようで可愛らしい殿方です。ギャップ萌えというヤツでしょうか。


 ――初日はハイドランジア城で迷子時間を楽しんでいらしたジョーですが、彼は今後二度と迷わぬように、城内の地図を自作したとのことでした。

 一度 拝見させていただきましたが、その精度と言ったらまるで製図家か建築家かと思うクオリティの高さで……わたくし大変驚きましたよ。


 羊皮紙とは違う肌触りの滑らかな紙も、万年筆とは違う黒鉛の筆記具も全て自作。

 ジョー曰く、紙は「砂糖の原料のトウキビを絞る時に出る物質を集めて加工した」筆記具は「粘土と炭を混ぜて作った芯を穴を開けた木の棒に押し込んだだけ」とのこと。


 さすがは、ハイドランジア国民の生活向上に一役も二役も買った「スノウアシスタント」と同じプラムダリア孤児院出身者です。考える事が普通ではありませんね。

 きっとこういうぶっ飛んだ発想力も、エヴァ王女に気に入られる要員の一つなのでしょう。


 そうして無事ジョーをエヴァンシュカ王女の元へ送り込んだわたくしは、さて次はカレンデュラ伯爵令嬢を探して――と思いましたが、その目的はいとも簡単に達成されました。


 そもそもここは招待客が滞在する翡翠宮。

 それはカレンデュラ伯爵令嬢も同様で――探すも何も、いつもあちらから勝手にやって来てくださいますからね。


「――ああぁもう、どうして「愛されまなこヒロインアイ」が発動しないのよ~!?」


 カレンデュラ伯爵令嬢は、わたくしを見るなりまた謎のポーズをとって凝視してきました。

 しかし思うような結果が得られなかったのか、大声で嘆いていらっしゃいます。


 さすがに翡翠宮で叫ばれると悪目立ちするどころのお話ではありませんので、これは早急さっきゅうに場所を変えねばなりません。


「カレンデュラ伯爵令嬢、本日はエヴァンシュカ王女がお留守でして――代わりにわたくしがお相手を務めさせていただこうかと思い、お迎えに参りました」

「………………えっ!? ――えっ、何? 何かの「イベント」……? もしかしてハイドって、ゲーム本編のキャラじゃなくて後日談とか番外編とか、アフターストーリーのキャラだったりする……? だから大人の年上キャラなの?」

「さあ、わたくしには分かりかねますが……ひとまず場所を変えましょう。そろそろ「ヒロインアイ」なるスキルについても、お伺いしたいですしね」

「――そうだわ、「愛されまなこヒロインアイ」! どうしてハイドには効果がないのかしら……!?」


 またしても大声で騒ぎ出しそうなカレンデュラ伯爵令嬢に、わたくしは踵を返して「こちらへどうぞ」と誘います。

 相手は女性ですから、本来ならばエスコートの一つでもして差し上げるべきなのでしょうが――これ以上下世話な噂話が蔓延すると、わたくしも城内を動きづらくなってしまいます。


 クソほど目立つエヴァ王女の傍にはべっている時点でお察しですが、わたくしが目立てば目立つほど「犯人」「黒幕」の特定が難しくなって参りますから。

 ご令嬢には申し訳ないですが、今は大人しくわたくしの後をついて来ていただくしかありません。


 何かと気の強い面が目立つご令嬢ですから、てっきり「エスコートは?」なんて声を荒らげるかと思いましたがーーー意外と大人しくついて来てくださるので、大変助かりました。



 ◆



 そうしてカレンデュラ伯爵令嬢を連れて訪れたのは、城の玄関口である大庭園でございます。

 王女の騎士として存在する以上、さすがに未婚のご令嬢と2人きりで個室に篭り密談するのは気が引けますし……ここならば貴族よりも、観光目的の一般国民の方が多いですからね。


 城内でお話するよりは遥かにマシでしょう。


「――それで、カレンデュラ伯爵令嬢。ヒロインアイとはどういったスキルなのでしょうか」

「…………男の「攻略度」――つまり対象の男の、私に対する好感度が目視できるっていうスキルよ。この数値を頼りに男を篭絡ろうらくするの、私がどんな言動をすれば喜ぶのか……その逆は何か、丸分かりだからね」

「はあ、好感度ですか。……わたくしを見ても何も見えないという事は、つまり好感度がゼロという事ですか?」

「なっ、そっ、ゼロな訳ないじゃない! ……ないわよね!?」

「わたくしに聞かれましても、少々困ってしまいますね」

「ぜ、ゼロならゼロって、ちゃんと表示されるもの! レスタニア学院の攻略対象が皆そうだったんだから、間違いないわ!! …………何ツライこと言わせてんのよ!!!」

「はは、ノリツッコミはやめてくださいカレンデュラ伯爵令嬢。笑ってしまうじゃあないですか」


 思わず笑みを漏らしていると、カレンデュラ伯爵令嬢はギリギリと歯噛みして――また「ヒロインアイ」を試そうと謎のポーズをなさいました。

 しかしそれでも満足する結果は得られず、眉根を寄せておられます。


「おかしい……そもそもハイドが攻略キャラじゃないって言うなら、それはそれで良いのよ――だって別に攻略対象だろうがモブだろうが、相手が男ならほとんど100パーセント「愛されまなこヒロインアイ」を使えるはずなのに……――あ!? もっ、もしかしてハイド、貴方……!?」


 独り言のような声量でぶつぶつと考察していたカレンデュラ伯爵令嬢は、やがて何か一つの答えを導き出されたようでした。

 突然大声を発してハッと顔を上げられたので、わたくしは首を傾げます。


「…………何か、原因が思い当たりましたか?」

「ええ分かったわよ! ――貴方、既婚者だったのね!?!?」

「既婚者」


 びしりと指差し確認をしながら発せられた言葉に、わたくしはつい呆けた顔をしてしまいました。

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