第5話 騎士の気遣い

 あの、優雅とは言い難い朝のお茶会から数日――。わたくしは、頻繁に人の視線を感じるようになりました。


 犯人はもちろん、アレッサ・フォン・カレンデュラ伯爵令嬢その人でございます。

 彼女は事あるごとに王女の前に飛び出してきては、例の『左目ウインク、右目指モノクル』ポーズをしてわたくしを覗き込みました。


 時には柱の陰から同様のポーズでじっとりと眺めておられる日もありまして、その異様な姿に気付くと、さすがのわたくしもドキリとさせられます。

 相変わらず「ヒロインアイ」なるスキルの説明は受けられていないので、わたくしもエヴァ王女も困惑しきりの毎日です。


 ただ、いたずらに王女を不安にさせる訳には参りません。


 わたくしはあるタイミングで、それとなく「アレはレスタニアで流行している貴族の遊びで、驚かす側と驚かされる側に分けて戦う心理ゲームです。王女様の心が乱され過ぎたら負けですから、平常心で頑張りましょうね」と、適当な事を囁いておきました。


 エヴァ王女はしたり顔で「なるほど、国を跨いだ異文化交流ですわね……! お友達が相手でも容赦しませんわ、カレンデュラ伯爵令嬢が音を上げるまで――このまま長期戦に持ち込みますわよ!」なんて言って、闘志を燃やしておられました。

 毎日楽しそうで何よりです。


 ――しかし、問題もございます。

 やはりこうも毎日粘着されておりますと、城内に下世話な噂が流れるのは必定ひつじょう

 伯爵令嬢もせめて、人目の少ない場所を選んでくださればいいのですが……いつもそんなものはお構いなしで飛び出してこられます。


 お陰様で城内は「エヴァ王女を害そうとする危険思想の令嬢」「非常識」「レスタニア貴族の間で有名なブラックリスト令嬢が、今度は王女の護衛騎士に狙いを定めた」なんて噂で持ちきりです。


 現状こちらに害はありませんが――しかしこのままではカレンデュラ伯爵令嬢は、レスタニアどころかハイドランジアでもブラックリスト令嬢として刻み込まれてしまうでしょうね。

 黙っていればあんなにも可愛らしいご令嬢なのに、本当に残念です。


 そして、問題がもう1つ。

 どこに居てもカレンデュラ伯爵令嬢が飛び出てくるため、ここ数日エヴァ王女はジョーとお話が出来ておりません。

 王女の中では、アポイントなしで飛び込んでくるご令嬢だろうがれっきとした「友人」ですし……友人が遊びに来たなら誠心誠意相手しなければ、という使命感を抱くようです。


 いつ、どのタイミングで飛び出て来るか分からない伯爵令嬢に神経をそそぎ過ぎて、他の友人――ジョーと遊びたくても、遊びに誘えないのです。

 ただでさえ友人が少ないエヴァ王女は、友達付き合いに慣れておりません。「皆で仲良く遊ぶ」なんて、夢のまた夢でございます。

 友人とは1対1で、真摯に対応しなければならない――という固定観念に囚われて、雁字搦めになっておられるのでしょうね。


「………………ねえハイド。わたくし以前、次に会ったらジョーと感染症対策についての知見を論じる約束をしていたのに、もう4日は会えておりませんの……カレンデュラ伯爵令嬢とばかり遊んでいたら、やっぱりジョーは良い気はしませんわよね? ジョーともお友達ですのに、これでは不公平ですわよね――このまま蔑ろにして、絶交されたらどうしましょう……」


 私室のドレッサーに座り、しょんぼりと肩を落としておられるエヴァ王女。

 ……ご本人たちは楽しそうですが、一応異性の友人なのですから、もう少し色気のあるお話は出来ないのでしょうか。


「カレンデュラ伯爵令嬢とお話するのも楽しいですけれど――いえ、ここ数日は「試合」ばかりで、お話すらできておりませんわね……わたくしの方から、降参だと言って折れるべきなのかしら? でも施しを受けて勝利しても、ご令嬢は喜ばないでしょうね――はあ、2人の友人の板挟みになってしまうとは……なんて贅沢な悩みなのかしら」


 エヴァ王女は憂鬱そうにため息を吐き出されます。

 このまま贅沢で幸せな悩みに浸らせておくのも面白そうですが、王女の本当の意味での友人はジョーだけですからね。

 カレンデュラ伯爵令嬢の目的は王女と友人になる事ではなく、わたくしを「攻略」する事のようですし。


 ――城内に噂も出回っておりますし、そろそろ王女をカレンデュラ伯爵令嬢と対峙させて遊ぶのは、控えさせた方が良いかも知れません。

 令嬢の目的が王女を害する事でないのが、不幸中の幸いですね。


「王女様。よければ本日は、王女の庭園にジョーを招待してはいかがですか? あの場所ならば、部外者である伯爵令嬢は足を踏み入れられませんから」

「え? ですが――それでは、カレンデュラ伯爵令嬢だけ仲間外れにしているようで……」

「では、王女様がジョーと談話しておられる間……カレンデュラ伯爵令嬢のお相手はわたくしがいたしましょう。主が留守の間ご友人をもてなすのも、騎士の役目ですから」


 わたくしの言葉に、エヴァ王女はどこか不安そうなお顔をされています。

 もしかすると、「攻略」がどうとかいうお話をいまだに気にされているのかも知れません。


「わたくしは攻略されませんよ、それに――」

「それに……?」

「エヴァンシュカ王女、ジョーを好ましく思っておられますよね。彼が城に滞在している内に仲を深めるべきだと思いますよ」

「――っえ。……えぇ!? そんな、違いますわよ! それはもちろん、友人としてはとっても好ましいです、お話も合いますし……ジョーったら孤児院出身だなんて、嘘のように博識なんですもの! 話せば話すほどわたくしの世界が広がっていくようで――……で、でもジョーは、ハイドみたいな「騎士」ではありませんわ」

「そうですね」


 ――とは言え、王女が生まれた時から見ているわたくしにはなんとなく分かってしまうのです。

 ただでさえ「絵本の騎士」に憧れを抱き、異性に対する目がこれでもかと厳しいエヴァ王女。

 しかも聡明な彼女とまともな会話が成立する相手など、この国には存在しないとまで思っていました。


 しかしジョーは違います。

 見た目は騎士らしくないとは言え男前ですし、線の細い私よりは頼りになりそうな体つきをされています。

 そして何より中身が素晴らしい。王女の話し相手をしているだけで、互いの知識を高め合えるというか……今までにないタイプの男性です。


 ……だから、分かるのですよ。

 何せエヴァ王女の方から「会いたい」と口にするような相手ですから。


 しかし王女は、ブンブンと両手を振って否定なさいます。


「お体はちょっと細くて頼りないし、暴漢に襲われたらコロッと倒されてしまいそうですし――確かに、ハイドに立ち居振る舞いを教わってから、かなり紳士らしくなりましたけれど……でも「絵本の騎士」とは大違いです。好ましいなんて――」

「もしかすると着痩せするタイプかも知れませんよ。わたくしなどより、よほど逞しい体つきをしているかも」


 エヴァ王女はグッと言葉を飲み込むと、俯いて思案に耽りました。

 そして、ややあってから顔を上げると、素っ頓狂な事を言い出します。


「――い、一度、服を脱ぐようにお願いしてみるべきかしら……!? どう切り出すのが自然な脱がし方ですの? ハイド!」

「………………それ本気でジョーに言ったら、さすがに怒りますよ、わたくし」


 わたくしの諫言かんげんに、エヴァ王女は「では、どうすれば着痩せかどうか判別できますの!?」と頭を抱えてしまわれました。

 バ可愛い王女様の相手は侍女のアメリに任せて、わたくしは王女とジョーに邪魔が入らぬよう、カレンデュラ伯爵令嬢を探す事にいたします。


 ――王女の身に「もしも」があっては困りますので、スキルを使って覗かせて頂きますけれどね。

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