第7話 騎士とヒロイン2
藪から棒に「既婚者か」と問われたわたくしは、目を瞬かせました。
たっぷりと熟考して、そうして思い切り首を傾げた後、カレンデュラ伯爵令嬢に問いかけます。
「…………何故、そう思われるのです?」
「何故って、私の「
そもそも気をもたせた覚えはありませんし――確か貴女はレスタニア学院で、婚約者もちの殿方達を略奪しようと躍起になっておられたのではないですか……と言うと烈火のように怒り狂いそうなので、よしておきましょう。
まず離縁、死に別れルートを待つって何なんでしょうね……バツイチ待機と言うことでしょうか。
――それにしても、全くカレンデュラ伯爵令嬢の発想は面白いです。
もしもわたくしに伴侶が居た場合、四六時中「絵本の騎士」として遊んで暮らすなど、許されるはずがありません。
それに、結婚について陛下から要らぬ心配をされる事だってなかったでしょう。
……アレは本当に余計なお世話というヤツです。
わたくしまだまだ人生これからだと思っておりますのに、事あるごとに売れ残り売れ残りと言われてはあまり良い気がいたしません。
「既婚者の殿方には発動しないスキル――ですか、それは面白いですね。是非この後、城内に居る騎士で効果のほどを検証して頂きたいところです」
「城内の騎士の事はどうだって良いの! 私はハイドに「既婚者か」って聞いているのよ!!」
「……いいえ、わたくしまだ独り身ですよ。エヴァンシュカ王女がご成婚なされるまでは、独り身のまま護衛するよう陛下から言いつかっておりますので」
「………………じゃあどうして「
「――さあ、何故でしょうか……わたくしいくつかスキルを持っておりますから、もしかするとその内のどれかが、ヒロインアイを阻害しているのかも知れませんね」
「えっ、スキル……あ、なるほど? 言われてみれば、有り得なくもないかも――私だっていくつか持ってるんだし、他人のスキルを打ち消すものが存在したって不思議ではない……? 別に、スキル全種類を把握している訳ではないしね――」
わたくしの適当な考察に呆気なく納得されたらしい伯爵令嬢は、一人ウンウンと頷かれております。
王女と同じくらい素直で可愛らしいお嬢さんですね。
「カレンデュラ伯爵令嬢は、ヒロインアイの他にもスキルをお持ちなのですね」
「ええ、そうよ。私は乙女ゲーのヒロインだもの、当然じゃない」
「参考までに、どのようなものをお持ちなのですか?」
カレンデュラ伯爵令嬢がエヴァ王女に害を成そうと考えていない事は明白ですが、スキルの確認くらいはしておいた方が良いでしょう。
彼女が滞在中は何かと接点も増えるでしょうし……ヒロインアイのように不審なポーズ付きでエヴァ王女を困惑させられると、わたくしもフォローするのが大変ですから。
「他? ええと……まず、「
全部で3つ……いえ、ヒロインアイを合わせると4つ。
愛されスキルかどうかは別として、確かになかなか高スペックな令嬢だと思います。
――それはそれとして、わたくしは少々驚いてしまいました。
「はあ、なるほど――ではカレンデュラ伯爵令嬢がお持ちのスキルは、エヴァンシュカ王女と丸っきり同じなのですね」
「……………………は? エヴァンシュカと一緒……?」
わたくしの言葉に、カレンデュラ伯爵令嬢はぽかんと呆けたお顔をされました。
ええ、彼女の持つスキルは、本当にエヴァ王女の所持するスキル3つと丸被りなのです。
王女は産まれながらに「魅力」のギフトで異性だけでなく同性まで惹きつけ、「絶対的存在感」で周囲に一目置かれ――「決議者」のお陰で、スピーチはいつだって拍手喝采の嵐です。
――ただしこれらのスキル、「使い方」によっては生じる結果に雲泥の差がございます。
何せ「魅力」は使い方を誤れば殿方ばかりに色目を使うはしたない女性に見えますし、「絶対的存在感」を変に使えば、周囲から浮いて悪目立ちするだけ。
そして「決議者」だって発言全てに「力」が籠るため、妙な事ばかり口走っていては「輪をかけてヤバイ事を話す異常者である」と捉えられがちですし――人の悪口を吐こうものなら「そこまで酷い事を言わなくても」「人間性を疑う」「鬼畜の所業」なんて、これでもかと嫌悪感を抱かれてしまうのです。
……そうです。正に今のカレンデュラ伯爵令嬢が、「ソレら」に該当するのではないかと思われます。
恐らく恵まれたスキルを、「攻略対象を篭絡するため」だけに使い続けたのでしょう。
我欲に溺れる事なく清く正しい使い方をすれば、エヴァ王女のように皆さんに愛され過ぎてちょっとおかしな事になっている……という、良いのか悪いのか分からない状況を作り出せたでしょうに――勿体ないですね。
「い、いやいやいや……おかしいでしょ? なんで悪役王女とヒロインの持ってるスキルが全く一緒なのよ、そんなのゲームの設定には――」
「そのゲームというものはよく分かりませんが……カレンデュラ伯爵令嬢が仰る「エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア」は、ただスキルの使い方を誤っただけなのではありませんか? ……きっと、正しい力の使い方を教える者が傍にいらっしゃらなかったのでしょう」
「正しい使い方? ――何よソレ、じゃあゲームのエヴァンシュカも、スペック自体はヒロインと丸っきり同じだったって事? ただ性格がねじ曲がっていたせいで、悪役に成り下がっただけ……愛されヒロインになる素養は、元々エヴァンシュカにもあった……?」
「わたくしはそう思いますよ。事実、カレンデュラ伯爵令嬢とエヴァンシュカ王女のもつスキルは同じなのですから……ああですが、「ヒロインアイ」なるものはお持ちではありませんね。――なくて良かったですよ、好奇心旺盛な幼女時代に これでもかと乱用して遊んだに違いありませんから」
つい昔の事を思い返して笑みを漏らせば、カレンデュラ伯爵令嬢の唇が「狡い」と戦慄きました。
狡いと言われても困ります。ゲームの王女と今この世を生きている王女は、全くの別物なのですから。
「どうして……やっぱり、ハイドの存在がバグなんだわ。ハイドがエヴァンシュカの傍に居たせいで、性格がねじ曲がらずに済んだんだ――ゲームのエヴァンシュカは、家族全員に嫌われてるってバッググラウンドがある事が前提よ。愛情不足で育ったから、性格が悪いっていう設定があるのに……」
「……家族全員に?」
「そうよ。ゲームに名前までは出てこなかったけど、特にエヴァンシュカを苛めていたのは、すぐ上の姉だって――……」
「……こちらのエヴァ王女は、すぐ上の姉と大変仲睦まじいのですが」
「でもゲームだったら、エヴァンシュカの暗殺計画を企てまくったっていう設定があるもの! 我が儘ばかりで周りを振り回すエヴァンシュカの事を、「ハイドランジア王家の恥だ」って言って……誰よりも一番、嫌ってたの。しまいには隣国のレスタニア学院へ留学するなんて言い出すから、「これ以上恥を晒すな」って――そこからは息つく暇もなく、刺客を送りまくったって話よ。まあ結局失敗しまくって……最終的には、逆にエヴァンシュカに嵌められて修道院送りにされるんだけどね」
――何やらわたくし、聞いてはならない裏設定的な何かを聞いてしまったのでしょうか。
ゲームとやらと現実世界は違って当然ですし、事実エヴァ王女は、すぐ上のとうの立った王女と仲が良いです。
ですので、アデル王女が「黒幕」であるとは露ほども思いませんが――そのような未来もあったのかと思うと、少々物悲しい気持ちにさせられてしまいますね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます