第4話 王女とお茶

 わたくしは横から延々と流れてくる愚痴を聞きながら、やっとの思いでエヴァ王女のお部屋まで辿り着きました。


 真っ白の壁紙に、真っ白のチェストと真っ白な本棚。

 これまた真っ白な机に猫足のソファも白。そして床には薄桃色の絨毯、窓辺のカーテンも薄桃色。いつ見ても女性らしいお部屋です。


 この隣には寝室が繋がっており、そこに置かれた家具もまた白にピンクに、極めつきには枕元に熊のぬいぐるみと……エヴァ王女は女性らしいを通り越して、やや少女趣味なお方です。


 まあ3歳から今日こんにちに至るまで、ずっと絵本の騎士を追い求めているくらいですから――そのメルヘン具合と言ったら、他の追随を許しませんよ。


「ハイド、お茶とケーキ」


 いまだご機嫌がよろしくない王女様は、ソファに深々と腰掛けたかと思えば開口一番、間食を所望されました。

 わたくしはただ一言「かしこまりました」とだけ返して、チェストの上に置かれたベルをカランと鳴らします。


 これは、王女の傍仕えの侍女を呼び出すためのものでございます。

 優秀なエヴァ王女の侍女もまた優秀でして、恐らくこちらが発注するまでもなく、目当てのティーセットとケーキを部屋まで運び込んでくださる事でしょう。


 ――時間もちょうど3時過ぎ、いつものおやつタイムですしね。


 そうして侍女の到着を待っている間にも、王女の愚痴は止まりません。


「陛下は鬼ですわ、「目的達成のためのプレゼント」だなんて。契約は残り1年ですわよ、どうして待ってくださらないのかしら? わたくしの誕生パーティを、お見合いパーティにでもなされるおつもり?」

「恐らく、残り1年だからこそではありませんか? 陛下のお言葉そのままですよ、きっと本心からエヴァ王女の行く末が心配なのでしょう」

「……わたくしの騎士なのに、なぜ陛下の肩を持ちますの?」

「まあ、親の心子知らずと言いますから」

「子どころか相手も居ないくせに、随分と高尚な事を仰るのね!」

「エヴァ王女にだけは言われたくありませんけれど、確かに耳が痛いご指摘ですね」


 こうして個室に2人きり、他人の目がない状態であれば――わたくしの「演技」も少々ゆるく、雑になります。

 王女が望むのは、公の場にてわたくしが「絵本の騎士」を演じる事ですので。


 わたくしの軽口にますます気分を害されたのか、エヴァ王女はソファの背もたれに齧りつくようにして、恨めし気な眼差しを向けてきます。


「――ドレスに皺が付きますよ」

「じゃあハイドが、部屋着に着替えさせてくださいまし」

「……いや、今部屋着にすると面倒くさいでしょう。どうせ夕食時にはナイトドレスに着替えるのに、時間と労力の無駄では?」

「そういう至極真っ当な反応を求めている訳ではありませんわ! わたくしはただ甘えたいだけですのに、どうして分かってくれませんの!」

「そんな……困りますお客様」

「お、お客様ではなくて王女様でしょう!? ……全く、あなたはいつもそうだわ。わたくしの事を煙に巻いてばかりで――線を引いて、どんどん離れて行ってしまう」


 落胆するように肩を落とされたエヴァ王女に、わたくしはそっと息を吐き出しました。

 ――どうも、些か揶揄からかい過ぎたようです。


 わたくしは王女の傍に近付くと、まるで毛足の長い猫のような撫で心地の髪の毛を手で梳きました。

 波打つ金色のそれは室内の灯りを浴びて、金細工のように美しい光を放っています。


 ――たったそれだけの事で、王女ははにかむような笑みを浮かべられました。


「…………どうして、ハイドとお別れしないといけないのかしら。どうにかして契機を延ばせませんの?」

「わたくしのコレも、契約ですので。エヴァ王女が伴侶を見付けられたその日に、私の仕事も終わりです。――ただ、決してお別れではありませんよ。その後にも顔を合わせる機会は十分あるでしょう」

「でも、毎日ではなくなりますわ」

「毎日顔を見せましょうか」

「毎時間――いえ、毎秒でないと無理ですわ……今までずっと、そうだったんですもの」

「それはさすがに重いです」


 この問答も、もう何度繰り返したでしょうか。

 王女の契約の期限が迫っているからか、最近はほとんど毎日、同じやりとりをしているかも知れません。


 ――しかし、わたくしがいくら諭してもエヴァ王女は頭を縦に振らないのです。


「……今日はハイドがお茶を淹れて」

「わたくしは侍女でも、執事でもありませんよ」

「でも、ハイドの淹れるお茶が好きなのですわ! 良いでしょう?」

「…………職務を奪われて、可哀相なアメリ」


 わたくしの呟きに、王女は「ウッ」と呻きました。

 アメリと言うのは、王女のお気に入りの侍女で――彼女は、エヴァ王女の着替えや身の回りの世話を一任されております。

 お茶を淹れるにも一流の侍女なのに、それを一介の騎士に横から掻っ攫われるなど……さぞかし屈辱的でしょう。


 それでも王女はめげずに、「アメリには別の仕事を頼みますから、平気ですわ!」なんてうそぶいておられます。


 ――実はわたくし、侍女や執事の真似事も得意な方でして。

 と言いますのも、「絵本の騎士」は万能機械のような男なのです。

 姫の護衛だけでなく、身の回りの世話から雑務まで完璧にこなしてしまう……彼に出来ぬ事など一つもないのではないかと思うくらい、謎に多くのスキルをもつ騎士。


 エヴァ王女より「そんな騎士になれ」と命じられたため……お茶を淹れるのも、割と好きです。

 ただ、師事したのが執事ではなく侍女長であったため、どうにも茶器をもつ手がカマくさい――失礼。中途半端に女性らしい手癖が混じってしまい、味はともかくとして、とても不特定多数の前で披露できるような腕前ではございません。


 さすがにアレは、「カマ騎士」なんて揶揄されても致し方ありませんから。


 王女が1歩も引きそうにないと察したわたくしは、肩を竦めてお茶を淹れる事を承諾いたしました。


 ――もう19になるのに、いつまで経っても子供のように無垢に笑われるから……結局はわたくしも周囲の人間と同様、彼女に甘いのかも知れませんね。

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