第3話 王女と騎士

 バカでかい観音開きの扉が開いたかと思えば、玉座の間から国王の至宝――いえハイドランジアの至宝が、ぷりぷりと大変 不貞ふて腐りあそばれたご様子で出てこられました。


 玉座の間の外で待機していたわたくしは、己に出来うる最大限の柔らかい笑みをたたえて彼女を出迎えます。


 エヴァ王女はわたくしの顔を見るなり、真白い頬を風船のように膨らませました。

 とても来週19歳になられる淑女には見せません、可愛いですね。


「――ハイド!!」

「はいエヴァ王女様、いかがされましたか。随分とご機嫌が麗しくないようですが――」

「分かっているくせに! 全て「見て」「聞いた」のでしょう? ねえ、あなたは陛下をどう思う!? わたくしは契約書まで作成しているのよ、それを今更反故ほごにしようだなんて酷いわ! 期限はまだ1年と6日あるのよ!!」

「それはそれは。わたくしめの大事な王女様を苛められるとは、テオフィ……フィーーなんとかいうお爺ちゃんにも困ったものですね」

「その通りですけれど、さすがに口が悪いですわ! わたくしの騎士はそんな言葉遣いをしないはずですもの!」


 まだ背後の扉が閉められていないにも関わらず大声で喚き散らすエヴァ王女。

 遠くに見える玉座に鎮座する陛下のお顔が、心なしか悲し気に歪んでおられます。


 わたくしは笑みを絶やさぬまま、まるで絵本の騎士のようにワガママなお姫様を諫めます。


「――ところで王女様、声が大きすぎます。王女らしくしとやかになさってくださいね、でなければ「絵本の騎士」が逃げてしまいますよ」

「ウッ……」

「続きはお部屋でいたしましょうか。結婚相手がどうとか親子喧嘩がどうとか――そのような些末な噂に、振り回されて欲しくありませんから」


 エスコートするために片腕を差し出せば、エヴァ王女は途端に意気消沈されました。

 わたくしの腕に手を添え、ゆっくりと歩きながら――ぽそりと小さく、すっかり聞き飽きたセリフを呟きます。


「どうしてハイドと結婚できないのかしら……あなたが、わたくしの運命の騎士でしたら良かったのに――」

「………………………………そう仰って頂けて、大変光栄です」

「う、嘘つき!! 目が全く笑っていない上に間が7秒もありましたわよ、いつもいつも心にもない事ばかり言って!!」

「7秒数えたのですか、偉いですね。ですが馬鹿正直に「そんなこと出来る訳がない」と言えば、また怒るのでしょう」

「それは怒りますわよ、「絵本の騎士」はそんな、お姫様に恥をかかせるような言動はしないもの!」

「――ほらまた、声が大きいですよ、お姫様」


 再び指摘すれば、エヴァ王女は「分かっています!」と言って顔を背けてしまわれました。

 普段は引くほど聡明なお方なのですが、こと「運命の騎士」の話になると著しく知能指数が下がってしまうのが、この王女の特徴です。


 わたくしの護衛騎士としての務めも、彼女が結婚するまで――つまり、最長でも20歳を迎えられる日までです。

 実はわたくし自身も両親から「早く結婚しろ」と急かされている身でして……しかしこの職務を続けている限りは、悠長に相手探しなどしていられません。


 恋愛にうつつを抜かして王女の身に何かあれば、減俸どころの話ではないですからね。

 あとは単純に、伴侶をもつとどうしても職務に支障が出るので。


 陛下の仰る「早く結婚してハイドを安心させてやれ」というお言葉は、20歳までと言わずにさっさと結婚して、1日でも早くわたくしめを自由の身にしてやれ――という意味合いがあるのでしょう。

 大変ありがた迷惑……いえ、ありがたい事です。


 本音を言えば、結婚は出来る限り先送りにしたいところでございます。

 年がら年中、共に居て楽しめるような相手が現れれば、考えない事もないのですが……――そう例えばこの、優秀なくせに天然ボケで一時も目の離せない王女様よりも、もっと面白い人物が現れてくれれば。


 その時はすぐにでも結婚したいのですけれど、なかなか難しいですね。

 ――エヴァ王女の理想の騎士だけでなく、わたくしの「運命」もまた、きっとまだこの世界のどこかで眠っておられるのでしょう。


 ……もしくは、この世界には居ないのかも知れません。

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