第2話 王女と国王

 テオ陛下から暗に「早く結婚相手を見付けなさい」など、普段なかなか言われない事を命じられたエヴァ王女。

 彼女の真っ白でシミ一つない頬に、カッと赤味が差しました。


 そうして俯き気味にプルプル小さく震えていたかと思えば、弾かれるように顔を上げます。


「わたくしは――! わたくしはどうしても、「ハイドのような騎士」と結婚したいのです!! その辺りにいくらでも転がっているような適当な殿方では嫌です、だからこその「契約」でしょう!? 期限の20歳までは、どうか邪魔をしないでくださいませ!」


 せきを切ったようにワッと話すエヴァ王女に、わたくしはついつい生暖かい眼差しを向けてしまいます。

 実はこの、王女の言う「契約」こそが――彼女の婚期を遅らせる、最大の原因なのです。


 事の発端は、エヴァ王女のすぐ上の……とうの立った姉が彼女に贈った、1冊の「絵本」でした。

 王女の3歳の誕生日に贈られたそれは、彼女が基本的な読み書きをマスターするのに一役買ったとか買わなかったとか――いえ、そんな事はどうでも良いですね。重要なのは絵本の内容です。


 ――それは ありふれた物語でした。


 主人公は、可愛らしい1人のお姫様。

 唯一の姫として皆に愛されて育ち、ワガママし放題でしたが……「唯一」の存在であったが故に、国力増強のための政略結婚だけは避けられそうにありませんでした。


 けれども姫はある日、素敵な騎士の青年と出会い、運命的な恋に落ちる――しかし身分の差から、騎士と姫が公的に結ばれる事はありません。


 2人の間には数々の困難が立ち塞がりますが、なんやかんやあって駆け落ちに踏み切ります。

 そして最終的には、身分も家族も何もかも捨てて静かな森の中で2人ひっそりと暮らし、子供にも恵まれてハッピーエンド……なんていう、とってもおめでたいお話です。


 エヴァ王女 (3歳)はこの絵本に大変感銘を受けてしまったらしく、「私、絶対に騎士と結婚するわ! この絵本のお姫様と違って私は28人兄妹の末娘、可能性は無限大ではなくて!?」と目を輝かせた時には、わたくしも眩暈が――え? ええ、そうです、誰がなんと言おうと3歳児のセリフですよ。


 そうして絵本に夢見るエヴァ王女 (3歳)は、鉄は熱いうちに打てと言わんばかりのアグレッシブさで――その日のうちに、直筆の「契約書」を作成しました。


 契約内容は、「20歳の誕生日を迎えるまでに、自力で結婚相手を決めます。期間内に達成できなかった場合は、国王陛下に薦められた殿方と問答無用で結婚します。だから20歳までは自由に恋愛させてくだい」というものでございます。

 全く本当に可愛げのない――間違えました、聡明な3歳児です。契約書には血判まで押してましたよ、可愛いですね。


「いや、ハイドのような騎士はどこにも居ない。絶対に居ない、諦めて適当な男と結婚しなさい――それがお前の幸せだ」

「ど、どうして即答なさるの!? 世界は広いのですから、どこかに1人くらい居るかも知れないではありませんか!」

「だってルディお前、ハイドはちょっとあの――普通じゃなかろう。なんか完璧すぎて気持ち悪いもん、ワシ……」


 テオ陛下は「よそ行きモード」を解除されたのか、すっかり砕けた口調になられました。


 わたくしとしましては、気持ち悪いなんて評されるのは心外です。心外ですが、しかし陛下の仰る事も一理あるのです。

 そもそもわたくし、エヴァ王女がお生まれになられたその日から、護衛としてお仕えしておりますが……わたくしの騎士としての振る舞いは全て、王女が望まれる姿を体現しているまででございまして――ええ、ほとんど演技です。


 つまるところ、わたくしは長年「絵本の騎士」を演じさせられているのです。とんでもないパワーハラスメントでございますよ。


 絵本の騎士は、それはそれは優秀な男です。

 顔よし、体格よし、強さよし。常に笑顔を絶やさず、そして優しく誠実で、時にワガママ放題のお姫様を諫めることも忘れずに――やる事なす事全てが人並み以上の結果を生み、大層おモテになられるくせに浮気せず、愛する女性だけを一途に想い続けます。


 正直に申しまして、わたくしの見た目は絵本の騎士とは違います。

 身長は170センチでぴたりと止まり、どれだけ鍛えようとも体がぶ厚くなる事はありません。

 容姿については大変有難い事に、人からよく褒めていただけますが――精悍な顔立ちとは程遠い線の細さです。


 ――見た目が近付けられないならば、せめて中身と行動だけでも。

 エヴァ王女に「わたくしの騎士ならば「そう」であれ」と命じられるまま、わたくしハイドは今日こんにちまで、絵本の騎士になれるよう必死に己を磨いて参りました。


 ……見た目の他に、あえて絵本の騎士と違う点を挙げるとすれば――わたくしはどうあってもエヴァ王女を、という事でしょうか。

 だからと言って嫌いなんて事はありませんよ、好きは好きです。


「と、とにかくじゃな、ルディ。ハイドみたいな男はどこにもおらん、それだけは分かってくれんかの? あんなの求め続けてても不毛なだけじゃろうて……ルディお前、3歳の頃からずっと探し続けていまだに見付からないの、いい加減ヤバイと思わん? 今どんな気持ち?」

「もう、陛下ったら! 煽り倒さないでくださいまし!!」

「煽りじゃない、ワシは心配なだけじゃて! 頼むから、ワシが生きておる間に良い男と結婚してくれんかの……可愛いルディが一生独身を貫いたらと思うと、ワシは年々眠りが浅くなる……」


 恐らくそれは心労だけが原因ではなく、単に年々ジジイ度が増しているだけでしょう。


 テオ陛下からくどくどお小言を聞かされ始めたエヴァ王女は、おもむろにプイッと顔を横へ逸らすと「もういい! 陛下なんて知らない!」と言って、かなり憤慨しているご様子です。


 陛下はその言葉に大層ダメージをお受けになられたらしく、死にそうな顔をして「ルディ~~!」と嘆くような声を出しておられます。


 完全にヘソを曲げてしまったエヴァ王女は、一方的に退室の挨拶を告げると、さっさと踵を返して扉の方へズンズンと歩いてきます。

 これは少々ご機嫌取りに時間を食いそうだ、なんて考えつつ、わたくしは王女を笑顔で迎えるべく――扉の前で静かに姿勢を正しました。




 ――ああ、当然のように「覗いて」おりましたが、実はわたくし「遠視」と「透視」、そして「地獄耳」のスキルをもっておりまして。

 私の居ない室内の様子でも、ある程度は把握できてしまうのです。

 なかなか便利で面白い力でしょう?

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