第6話 真実と虚像

「人間がエメリッヒに恋することはある。けど、その逆は不可能なはずよ」


 咲良は鷹山の言葉に苦言を呈す。


「ああ、そうだな。人類の繁栄のためにそういう設計になっている。だが、この事件を解くにはそれが前提条件になるんだよ」


「どういうことですか?」


「ツバキさんは弘田さんへの恋のせいで、三原則に致命的な不具合を与えていたんだ」


「余計に意味がわかりません」


「ツバキさんは、弘田さんが未だに亡くなった椿さんを愛していると勘違いしたんですよ。そりゃあ、自分の姿はツバキさんそのものですからね。勘違いをするのも無理はない」


 鷹山の言葉に、弘田は目を伏せる。


「ここで、現在ツバキさんについてわかることを説明しておきましょうか。三原則において、一条、人間はロボットの指示に従わなくてはならない。この指示を『僕の前から消えてくれ』という言葉が該当されます。次に、二条、ロボットは所有者へ危害を加えてはなりません。これはツバキさんが、自分の存在が弘田さんに心身的な傷を負わせると考えた場合は反すると考えられます」


「……つまり、ツバキさんは弘田さんを傷つけないために自殺したわけ?」


 咲良は、到底納得できないと言った視線を鷹山に向けた。


「そういうことだ。そして最後に三原則の三条には自己を守らなくてはいけない、というものがある。咲良はこれが自殺を起こさない理由だと思っているんだな。――だけど、この三条には一条と二条に反することがない限りという条件が付いているんだ」


「言われてみればって感じね。それで、恋が不具合を起こしたって話は何なの?」


「そうですよ。一体どういうことなんですか?」


 二人が口をそろえる。鷹山は弘田家のキッチンをちらりと見る。アイランドキッチンだ。大理石を使っているのでかなり値を張ったのだろう。そもそも、江ノ島に家を建てるぐらいだ。財産に余裕はあるのだろう。


「例えば、エメリッヒの所有者が料理をしていて包丁で指を切ってしまったとします。この場合、エメリッヒは所有者の危機を看過していたと言えませんか? 所有者が怪我をする可能性があるのなら、エメリッヒが元々料理をすればいいんですよ。――とまぁ、ようはですね、三原則が適用されるかは効き具合ってことですよ」


「その『効き具合』っていうのが、恋のせいと言いたいのね?」


「そういうことだ。恋愛関係の縺れが原因の事件なんて山ほどあるだろ」


 鷹山の言う通りだった。エメリッヒによって件数は減っているものの、中身を見ればそう言った事件の割合は大きい。


「というわけで弘田さん、納得いただけましたか?」


「……はい。彼女の死んだ理由。それが聞けただけで満足ですよ」


 弘田は満足そうに頷いた。


「では、椿さんの殺害の件で、署にご同行願えますか」


 鷹山が弘田に向かって手を差し出すと、彼は一瞬の迷いもなく大きな一歩を踏み出した。

 



     *




「――――以上が江ノ島エメリッヒ殺人事件、もとい、江ノ島エメリッヒ自殺事件の本末になります」


 最終報告会が終わると、製造元の研究者たちは眉間にシワを寄せ、慌てた様子で議室を後にした。そのあとに部長がその後ろをついていき、その他の職員もぞろぞろと会議室を出ていく。


 会議室に残ったのは、鷹山、咲良、華山の三人となった。


「鷹山さん、どうして私を連れて行ってくれなかったんですか?」


「そりゃあ、起きたのが――」


「偶然、署に居合わせたのよ。興味深い事件だったから無理言って同行させてもらったのよ」


「へぇ、そうなんですね」


「そうだ、華山さん。さっき銀さんが会議が終わったらすぐに来るよう言ってたわよ」


「あっ! 報告書がまだだった! すみません、これで失礼しますね!」


 華山は敬礼してから、慌てて部屋を出て行った。


「何言いかけてんのよ」


「悪い悪い」


 この関係を誰かに知られることは躊躇われる。人間同士ならばまだしも、人間とロボットだ。


「気をつけなさいよ。――それじゃあ、私も用事があるから失礼するわね」


「ああ」


 そう言って咲良は立ち上がったのだが、その場から動こうとしなかった。


「どうした?」


「……まぁ、いっか。それじゃ」


「ん?」


 彼女はその言動を説明せずに部屋を出た。それと同時に入れ替わりで柴浦がやって来た。


「よぉ、自分から呼んでおいて遅いじゃねえか」

 

 鷹山は何もなく会議室にいたのではなく、柴浦を待っていたのだ。


「悪いね。ちょっと銀さんと話をしててね」


「まあいいさ。それで、話っていうのは――ってまぁ勿論、この事件だよな」


「その通りだよ」


 柴浦は鷹山の2つ先の椅子に座った。


「この事件のまとめ方、妙に違和感があると思ったんだ」


「そうか?」


「普通は分からないさ。でも、俺は気づいた」


「何に気づいたんだ?」


 一瞬の間が生まれた。一秒にも満たないものだったが、柴浦が口を開くまで、鷹山にはそれがとても長く感じた。


「――おまえ、この事件を解決するつもりなんて無かっただろ?」




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