第5話 感情

「……刑事さん、何か分かったんですか?」


 鷹山と咲良は同じベッドでの起床の後、弘田の自宅へと向かった。


 前回と同じく、無表情な男が玄関から出てきた。


「えぇ、少しお話したことが出来ましてね」


「……どうぞ」


 先日と同じく、リビングへと通される。相変わらずツーショット写真に囲まれた場所だ。


「それで、話って何ですか?」


「単刀直入に聞きますが、奥さんはどこにいらっしゃるのですか?」


「そんなの知るわけがないですよ。僕だって知りたいぐらいです」


 弘田は無表情で答えた。


「あなたの奥さんである椿さんは7年前に失踪しましたよね。理由に心当たりはあるのですか?」


「いいえ、まったく」


「では、エメリッヒのツバキさんはいつ購入しましたか? 因みに、調べればすぐに購入履歴は確認できますが、直接聞くのが早いんでね」


「寂しさを紛らわす為に、1年後ぐらいには購入しました」


「だいぶ早いですね。――まるで、もう帰ってこないことが分かっているかのようですね」


 鷹山はあえて、挑発的な言い回しで弘田を煽る。彼は眉間にシワを寄せて攻寄る。


「つまり、なんですか、僕が妻を殺したと?」


 声は荒立っていないが、明らかに不機嫌だ。畳みかけるように鷹山が続ける。


「――ところで、この部屋の写真なんですがすべて楓さんの写真ではないですね? エメリッヒのツバキさんとの写真ですよね」


「あ、私、エメリッヒなんで、人間とエメリッヒの違いが判るんですよ」


 咲良が合間を入れずに言葉を添える。それを聞いて弘田は何かを諦めたように肩を落とした。


「えぇ、そうです。この部屋の写真すべて、椿――エメリッヒの椿との写真です」


「そうですか。……これでこの事件の全貌が見えてきました」


「どういうことですか?」


 鷹山は胸ポケットから、弘田に貰った写真を取り出した。


「この写真は失踪した椿さん唯一の写真なんですね?」


「はい」


「この写真に写る赤い花が咲いた木、この家の庭にある切株ですよね」


「その通りです」


「なぜ切ってしまったんですか?」


「それは…………」


 弘田は答えを口にせず黙り込んだ。


「ここからは僕の予想ですが、椿さんを忘れるためじゃないですか? だからこそ、この部屋の写真はすべて、江ノ島で亡くなられたツバキさんとのものなんですね?」


「……えぇ、あなたの言う通りですよ」


 そう言って本棚の上に置いてある写真を手に取った。江ノ島を背景にエメリッヒのツバキがこちらに向かって微笑んでいる写真だ。


「椿を忘れるために庭の木を切った。彼女の痕跡を消そうとした。――椿を忘れて、ツバキを愛するために」


「まさかあなた、エメリッヒに恋心を……」


 咲良は冷たい視線を送った。人間がエメリッヒに恋心を抱いたなんてのはよく聞く話だ。


「最初は椿の代わりでしたよ。でも、日を重ねていくうちにツバキは一人の女性としての存在になっていったんです」


「だからこそ、なんですよ。一体、ツバキさんとの間に何があったんですか? ツバキさんが亡くなる数日前、ツバキさんが盗難されたと署に来られたんですよね? 僕はその日に何かが起きたと考えているんですよ」


「刑事さん、もうわかってるんじゃないですか?それでいて、僕から話を聞こうっていうんですか?」


「あくまで推測ですからね。それに、その日に起こったことが奥さんと関係していることぐらいしか思いつきませんよ」


「……意地悪ですね。ほぼ答えですよ。――僕が、妻である椿を殺した。そのことがツバキにバレたんですよ」


 弘田は写真を伏せて元の位置に置いた。


「なぜ椿さんを殺したんですか?」


「それは……言いたくありません」


「分かりました。とりあえず、いまはいいでしょう。それで、どうしてツバキさんにそのことが?」


「僕はワザと椿を殺した証拠を残していました。後で自首するつもりだったんです。ですが、その日、ツバキは証拠を運悪く見つけてしまった。そこから彼女と喧嘩になった。……その時に僕は命令してしまったんです『僕の前から消えてくれ!』と」


 警察には裏の事情を知られたくないために、盗まれたなんてことを言ったのだろう。


「エメリッヒには自我はあるが、最終的には三原則に縛られている。だからその命令を遂行したのか」


「GPSが消えたって話はどういうことなの?」


「おそらくだが、自分でエメリッヒのコアプログラムに干渉したんだろう。彼の前から消えるっていう命令のためにな」


「そんなことが可能なの?」


「そうじゃなきゃ、江ノ島での自殺に説明がつかなくなるだろ」


「ちょっと、待ってください! ツバキは自殺したんですか!」


「そうよ、あなたが言ったんじゃない! 三原則に縛られているって。だったら自殺なんて不可能なはずよ!」


 弘田の抗議は予想していたが、まさか咲良までとは思っていなかった。鷹山は頭を掻いてから説明をした。


「いいや、むしろ三原則に縛られた結果の自殺なんだよ」


「どういうことですか?」


「あなたは『僕の前から消えてくれ』と命令しました。ですが、それは本来ならばエメリッヒに自傷行為を指示することになり、三原則によって拒否されます。だから一時的に姿を消したものの、すぐにあなたの元に戻って来た。そうですよね?」


「はい、しばらくしたら戻って来たので警察の方にも、僕の勘違いとして連絡しました」


「では何故、彼女は自殺したのか」


 鷹山は弘田に向き直り、宣言する。


「それは――あなたに恋をしたからですよ」




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