第4話 嫌悪と一滴の好奇心

「―—それで、もうすぐ一週間経つけど事件は解決しそう?」


 ホテルの一室。ベッドの上でスマホを弄る咲良が鷹山に尋ねる。彼女は衣類を一切纏わずに寝転がっていた。


「どうだかな。とりあえず弘田って男が怪しいことは分かった」


「へぇ。じゃあ、実は彼が犯人とか?」

 

 弘田という男を調べると怪しい点がいくつか見つかった。まずは、少しまえに起きたエメリッヒ盗難未遂事件との関連性だ。


 弘田の家へ赴いた時、華山が気づいたのはその事件との関連性だった。なんと、その事件を起こしたのは彼だったのだ。


 事件を担当したのは咲良と柴浦だった。レポートをまとめていたのが華山だったお陰で気が付いた。


「なんの証拠もないけど、無差別殺人で無いとすれば彼が殺したとしか思えない」


 経過報告の際、上層部も同じことを考えていると言っていた。


「植物園の監視カメラには彼の姿は映っていなかった。それに、彼女の映像データにも彼の姿は確認できなかった。……動機から探りを入れた方がよさそうね」


「動機、か……。弘田はエメリッヒをいなくなった妻の代わりだと言わんばかりだった。そんな彼女を殺す動機は存在するのか」


「そうだ、それよ。弘田って男の奥さん、亡くなったわけじゃないんでしょ?」


 弘田の妻についても調べた。妻である椿は7年前に失踪。事故か病気で亡くなっていたとばかり思っていたのだが、そうではなかった。それに、死亡届けも出ていない。


「あの時、弘田は奥さんの事を『亡くなった』と言わなかった。消えてから7年が経っているが彼女を死んだことにはしたくないんだろうな」


 鷹山は手帳に挟みこんでいた、ツーショット写真を渡す。帰り際に貰ったものだ。


「仲良さそうだろ」


「……そうね。それに、あのエメリッヒと本当にそっくり。見分けが付かないわね。……それにしても、椿さんだっけ。後ろの椿みたいに美しい人ね」


「ん、後ろの木って椿だったのか」


「そうよ。――ふふっ、同じ名前の木を植えるなんて奥さんに相当惚れこんでたのね」


「……そりゃあ、おかしいな」


「何が?」


「実はその木、今は切り株になっているんだ」


「何かの病気にかかって切っちゃったのかもよ?」


 確かにその可能性は大きい。リビングには奥さんとの写真が大量に飾られていた。椿さんとの思い出は大切なものなのだ。


「……いや、待て。俺には違いが判らないんだ」


「何言ってるの?」


「咲良、人間とエメリッヒを見分ける方法を教えてくれ」


「それは無理よ。エメリッヒは顔を見て人間かそうじゃないかを判断するの。それも、人間では分からない細かな違いなんかでね」


「そいつは写真でも判断がつくのか?」


「そうね……。このツーショット写真ぐらいの距離なら見分けがつくわよ」


「…………事件の鱗片を掴んだ気がする」


 鷹山は上半身を起こして、テーブルに置いてあったスマホに手を伸ばした。


「へぇ。エメリッヒの自殺の謎を解き明かせそうなの?」


「もしかしたら、だがな。――咲良、明日付いて来てくれるか?」


「ええ、もちろんいいわよ。ただし、もう一回付き合ってくれたらね」


「まてまて、明日のは仕事なんだから、そういうのは――――」


「だから人間の女と上手くいかないの……よっ!」


 咲良が鷹山の上に被さり、上半身を押さえつけて倒し込んだ。鷹山は少し驚いて困った顔をしたが、彼女の額にそっと唇で触れる。


「……この関係、いつまで続けるんだ?」


「人間とロボットの間には『愛』なんてものは存在しないわ。正確にはロボットに感情なんてものはないんだから。だからこそ、この関係を求めたんじゃないの? 私がとやかく言う義理はないわよ」


 彼女は目を細めて鷹山の頬を撫でる。


「――それに、嫌いなんでしょ。ロボットが」




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