第3話 自殺か他殺か
「ホントに寝てる……」
部屋に戻ると、烏丸は咲良が言っていた通りに寝ていた。
「まぁ、緊急出動は月1程度だし。こうなっちゃうのも解るわよ」
今でこそエメリッヒによる犯罪抑制はかなりの効果を発揮していた。
しかし、導入当初は懐疑的な意見が多かった。国民の税金を使っているのだから慎重になるのも分からなくはない。
世間の反発を無視して結果的には大成功を収めたわけだ。お陰で警察の仕事は少なくなった。エメリッヒのおかげ治安が良くなったと世間は手のひらを反してもっぱら好評。最近では、エメリッヒの追加配備も検討されている。いよいよ生身の人間の仕事がなくなりそうだ。
「さて、終わらせるか」
肩を鳴らしてパソコンの前に座る。華山の置き土産を終わらせよう。部下の後始末と言うのはどの時代でもロボットが肩代わりしてくれるわけではない。
指のストレッチがてらキーボードの上に手を乗せた時だった。
――プルルルル……プルルル……
電話が鳴る。いち早く反応した咲良が受話器を手にした。
「――はい、藤沢警察署捜査課です。あ、お疲れさまです。――――
そこは夜勤担当の銀さんだろ、と思いながら鷹山は電話を受ける。
「はい、鷹山です」
どうせ上司からのお怒り電話だと気楽に受話器を取った。
――――それが間違いだった。
『江ノ島で殺人事件が起きた。至急現場へ向かってくれ』
*
「こんなところでお陀仏するとはな」
烏丸は椅子に座る女性の死体を前に手を合わせる。首から赤い液体が滴り落ちている。亡くなってから時間が経っていないようで、身体はまだ温かい。
江ノ島のシンボルとなっている展望灯台。死体が発見されたのは、その真下にある植物園の中だった。
「今のところ、判断できる外傷は首の切り傷か。手にはカッター。自殺かいね」
「銀さん、彼女……エメリッヒです」
咲良は死体の右腕を持ち上げる。手首を軽く押すと手の甲が青白く光る。すると、ガチャガチャと機械らしい音をたてながら頭部の両側面が開く。
「メモリを確かめます」
開いた場所から記憶媒体を取り出し、咲良は自分の左手首に突き刺す。これで死体の記憶を読み込むことが出来るのだ。
エメリッヒには目に映っていた映像を記録するメモリが存在している。身体に不具合が起きて全身パーツの交換が必要となった時、記憶媒体を取り出して新たな身体に丸ごと乗り移る為だ。
そうすることで、コストの削減と管理者による記憶再構築の簡素化を図っている。
それに、事件または事故が起きた時、メモリを回収することで直前に何が起きたのか即座に知ることが可能だ。
「エメリッヒってことは自殺の線は消えた。殺人事件だな」
エメリッヒに搭載された「ロボット工学三原則」において自己を守ることが義務付けられている。よって、エメリッヒの死亡原因は事故と殺害しか存在しないのだ。
「自殺に見せかけた殺人ですか。わざわざ面倒なことしますね。メモリを確かめられれば、すぐにバレてしまうのに」
鷹山は灯台を見上げて呟く。クリスマスが近いせいか、灯台が七色に彩られている。
「…………メモリの確認終了しました」
咲良は無機質に呟いた。顔が青ざめ、ここではない場所を見ているような虚ろった目をしている。
「咲良?」
「っ、はい」
声をかけると、うたた寝から覚めたように慌ててメモリを手の甲から引き抜く。
「大丈夫か?」
「はい……問題ないです」
「どうだ、犯人の顔は見えたか?」
「それが――」
その問いに咲良は少し俯いた。
「なんだ、分からなかったのか」
「いいえ、そうじゃないんです。彼女……カッターで自分の喉元を切ったんですよ」
「…………エメリッヒの自殺かよ――」
*
「やっぱり、ありえませんよ! ロボットが自殺なんて!」
江ノ島での、エメリッヒ自殺事件が発生してから3日が過ぎた。
エメリッヒの製造元を呼んで自殺の可能性について確認を取っていたが、そんなことは有り得ないそうだ。しかし、実に興味深い話だと言い、死体の引き渡しを要求してきた。
さすがに、事件の真相を特定するまでは簡単な引き渡しは出来ない。けれども、エメリッヒの安全性について根底を覆すことも考慮しなくてはならない。
この事件はエメリッヒが自殺したのか、それとも事件に巻き込まれたのかを検証する、聞くだけなら簡単そうなものだが、厄介なことに警察と製造元の関係が悪さをしている。製造元は警察が良い取引先だと考え、警察は人件費というコスト削減と安全性を謳ったエメリッヒを大量導入したいと考える。
両者とも、どうにか今回の事件を
そんな真っ黒い大人の事情に揉まれながら部長から言い渡れた命令は、「一週間以内に真相を解明しろ」というものだった。
「あと一週間でその真相を調べるのが、今回の仕事だ。それ以上の捜査は出来ないし、しないからな」
いま向かっているのは、死亡したエメリッヒを所有していた男の家だ。場所は片瀬海岸の近く。少し大きな一軒家だった。厭らしい考えだが、土地価格的には相当に懐が温かいのだろう。
庭には切り株が椅子のようにポツンと存在していた。それ以外は特段目立ったものはなかった。金持ちなら庭にプールを1つとも考えたが、ここは江ノ島を望む海岸沿いだ。プールよりも海に行った方が早い。
「……はい」
チャイムを鳴らすと、髪がぼさぼさの眼鏡をかけた男が外に出てきた。彼こそが、死亡したエメリッヒの所有者である
「藤沢署のものですが、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
「……えぇ、どうぞ」
弘田は表情ひとつ変えることなく、二人を家に招き入れた。
「あれ?」
「どうした華山」
「……いえ、後でお話します」
華山が何かに気づいたようだが、ひとまずは彼の話を聞かなくてはならない。
廊下を抜けると広いリビングに案内された。中央に長テーブルが1つ。椅子が2つ置いてある。
「すみません、椅子が2つしかなくて」
「いいえ、お構いなく。私は立っていますので」
「すみません」
鷹山と弘田が向かいあって座り、華山は鷹山の後ろに立つ。
「……ではまず、あなたの所有していたエメリッヒ――ツバキさんについて少々お話を伺いたいのです。よろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんです。彼女――ツバキは妻がいなくなった後、彼女の代わりに購入したエメリッヒなんです」
そう言って弘田は一枚の写真を鷹山に渡した。そこには、赤い花の木を背景に、弘田と死亡したエメリッヒによく似た女性が笑顔で写っていた。ふと辺りを見渡せば、彼女との思い出の写真が沢山飾られていた。
「彼女が
弘田は悔しそうに頭を垂れる。
「その、殺されたことついてですが――」
「犯人の目星がついたんですか!?」
「いえ、そうではないんです。実は、自殺の可能性が出てきました」
「馬鹿な!」
机を思い切り叩く。隠していた感情が、混乱と怒りと悲しみが複雑に絡み合って表に現れたのだ。
「エメリッヒが自殺なんてするはずがないでしょう! 三原則があるじゃないですか!」
「ええ、そうです。ですから詳しい話を聞いて犯人を突き止めたいんです。でない
と、ツバキさんの遺体は一生戻ってこない可能性があります」
「ちょっと、鷹山さん! その話は出さないと――」
「そんな! どういうことですか!」
「上からは一週間以内に犯人が特定できない場合は、ツバキさんを製造元に引き渡すと言われています」
「僕のことは考えていないんですか! 僕のエメリッヒですよ!」
「上はあなたのことなんて何も考えちゃいないでしょう。しかし、少なくとも、私はあなたのことを助けたい。ですから、全面的な協力をお願いしたいんです!」
感情的に、弘田に語りかけるように、熱い眼差しを向ける。心の底ではそんなこと思っていない。捜査協力の為、嘘も方便というヤツだ。
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