第2話 捜査課
鷹山は店を出ると、駅前の歩道橋の階段を上って江ノ電の発着駅に向かった。
12月も中旬。クリスマスを控えた駅前はLEDの色彩で飾られたイルミネーションが映えていた。
道行く人々は度々、スマホでイルミネーションを撮影している。
駅に辿りつくと、ちょうど電車が到着したところだった。ラッキーと思いながら電車に乗り込もうとしたところで電話が鳴った。この着信音は上司からだ。
「……何がラッキーだよ」
1人で悪態をついてから電話に出る。
「もしもし、鷹山です。お疲れ様です」
『ああ、鷹山、お疲れ。ところで、どうして電話をしたのか分かるか?』
なんで私が怒ってるかわかる?と聞いてくる彼女のようだ。この世で一番の難問。
女性の場合は自らの気持ちを分かって欲しいだけ、まだマシなのかもしれない。
この上司、家族と上手くいってないという理由で、部下に突っかかって来る。俗にいうクソ上司というヤツだ。
特に華山対しては目に余るものがある。今日の飲み会はその労いも兼ねていた。
「すみません、わかりません」
『先週起きた盗難事件の捜査だよ』
「その事件は解決したはずですよね?確か、華山が報告書を――」
『その報告書、まだこちらに来てないんだがね』
「……すみません」
華山め。一万円なんて置いてくるんじゃなかった。
『まったく、あの女は何をしているんだか。明日までにPDFで送ってくれよ』
「わかりました」
『それじゃあ頼んだぞ。お疲れ』
「はい、すみませんお疲れ様です」
ひとまずは安心して電話を切る。だが、何か嫌な予感がして、華山に電話をかける。だが、しばらくしても応答はない。仕方がないので切ろうと思ったら電話がつながった。
『もしもし』
だが、電話の声は男の声だった。電話を掛け間違えたのかと思い少し慌てる。
「……もしもし、華山さん、ですよね?」
『…………柴浦だよ』
「なんだよ、おまえか」
慌て損だった。
「華山はどうした?」
『いま吐いてるところだけど、代わる?』
「いや、結構。――ところで、先週の盗難事件の報告書について聞きたいんだが、ど
こまで進んでいるか知ってるか?」
『華山ちゃん、知ってる?……そう。それだよ――うっ――華山ちゃん!?――――うん――うぇぇ―――……なるほど』
遠くで聞こえる、聞くに耐え難い音声に苦い顔を浮かべながら、返答を待つ。
『――――えっと、どうやら、まだ終わってないらしい』
「やっぱりか……」
『もしかして、期日が明日までとか?』
「さすが、名探偵」
『はぁー。すまない。俺がちゃんと確認しておけば……』
「そんなこと言うなよ。仕上げておく。まだ帰ってないんだ」
『だったら俺も――ちょっと華山ちゃん!?』
ドタバタしているのが電話越しに聞こえる。途中抜けしてからさほど時間は経っていないはずだが、どれだけ追加で飲んだのだろうか。
「おまえは華山を家まで送ってやれ。報告書の方は俺がどうにかしておくから」
『……わかった。それじゃあ、頼んだぞ』
「おまえもな。その酔っ払いに気を付けろよ」
『うううっ――――ちょっと!華山ちゃ――』
悲痛な声が聞こえる前に電話を切ったが、その後の悲惨な光景が目に浮かぶ。やはり途中抜けは正解だった。
肩を落として元来た改札口に戻ってそのまま駅の北口へ向かう。市役所へと続く歩道橋を途中で左に曲がり、そのまま5分ほど進んだ場所に藤沢警察署がある。
さすがにこの時間にもなれば、窓から漏れる光はだいぶ減っている。しかし、彼の所属する「捜査課」は例外だ。24時間体制で何が起きてもいいように交代制で常駐しているのだ。
「お疲れ様です、銀さん」
「ズズっ――、おお、鷹山。帰ったんじゃなかったのか?」
インスタント麺を食べている身体の大きな男。彼の名前は
「華山にしてやられました。先週起きた盗難事件のレポートが完成してないんですよ」
「先週……ああ、不可思議な事件だったやつか。まさか、盗難されたものがアイリスだったとはな」
「まったく、困った事件でしたよ。結局は所有者の勘違いだったとは思いませんでしたよ」
「自己防衛機能を持ったエメリッヒが他人に盗まれるわけがないしな。まぁ、GPSが切れていたのは機器の不良としか言えなかったな」
エメリッヒにはGPS機能が付けられており、24時間どこにいるのかが監視できる。
今回、そのGPS機能が故障したために所有主が何処かへ連れられたと勘違いをした。という報告を行う予定だ。
「……うわっ、想像より終わってねぇじゃん」
残り数ページという淡い期待も水の泡。残りは3分の1と言ったところだろうか。これは長期戦になりそうだ。
「銀さん、飲み物買ってきますけど、どうです?」
「俺はコーラがあるから大丈夫」
そう言って机の下から1.5Lもある大きなペットボトルを取り出した。
「わかりました」
廊下に出ると、部屋から一番離れた奥の喫煙室へと向かう。不便なことに、捜査課のある階では自動販売機がそこにしかないのだ。
「あら、鷹山じゃない」
喫煙室には先約がいた。時代にはそぐわない紙煙草に旧式のライターで火を付ける。すぅ、と煙を吸い込み、ゆっくりと白い煙を吐き出す。
「咲良、煙草はやめとけって言ってるだろ」
「……好きにさせなさいよ」
そう言って、もう一度煙を吸う。
「本当に大丈夫なのか?なんかあったらじゃ遅いんだ」
「大丈夫だって。私の身体がロボットだからって何の問題はないわよ。むしろ、何も起きないわよ」
鷹山が彼女の喫煙を気にしていたのは咲良がロボット――エメリッヒだからだ。
彼女は警視庁が採用した計1万体のエメリッヒの中から派遣された。エメリッヒたちは全国の警察署に配備され、それぞれの仕事をこなしている。ほとんどは交通課だが、彼女は珍しく捜査課に派遣された。烏丸と同時期の配属だったそうだ。
「そうだな」
「でもそれ以上に、私のカラダが人間だってことは、よく知ってるでしょ?」
「……もちろんわかってるさ。でも、ほどほどにな。――それで、今日も夜勤か?」
「えぇ、そうよ。ロボットは眠らないからね。性に合っているのよ。もちろん……」
「――よく知ってるさ」
咲良は灰を落としてから満足そうに笑った。
「どうせコーヒー買いに来たんでしょ。奢ってあげるわよ」
そう言って煙草を灰皿で押し潰すと、自販機でペットボトルのコーヒーを買って鷹山に投げた。
「っと、さんきゅ」
「貸しだからね」
「奢りって言っただろ」
「久しぶりに私の家に来てよ」
「…………考えておく」
「ふっ、……そう、わかったわよ。――さて、私も戻るとしましょうかね。銀さんが寝てるかもしれないし」
「ああ」
鷹山は頷いて彼女と共に喫煙室を後にした。
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