三年生零学期
三年生零学期
作者 朝田 さやか
https://kakuyomu.jp/works/16816452219176662061
高校二年の冬、進路に悩んでいた理央はバイトから帰宅した大学生の姉と語らい、姉の背中を追いかけたくなって格上の大学名を調査書に書く物語。
最近では次に向かう準備という意味をもって三学期は零学期といわれ、高校二年生の三学期は高校三年生の零学期であり受験ははじまるのだと教師が口にする言葉がタイトルに使われている。
実際は一月に共通テストがあるのだから、高校二年生の一月の一年後に受験がある。つまり、三年生の四月から勉強をはじめても遅いのだ。
進学校なら二年生までに高校で習うすべての教科を終わらせ、三年生時には復習にあてる。
学力試験はないけれども調査書や志望理由書、面接、グループディスカッションなどが課される学校推薦型選抜・総合型選抜(旧AO入試)は夏に行われる。
なので、受験がはじまるのは高校二年の夏からと言われた記憶があるのだけれども……それはさておき。
あとで「もっと早く準備しておけば」と間際に慌てふためくのではなく、受験生の自覚をもたせて早めに基礎を抑えるためにも、教師は促すのだ。
日常を描いた現代ドラマである。
突飛な展開が起きる作品よりも日常を書くのはむずかしい。読み物のような面白いストーリーはないけれども、風景や日常の動作、家での雰囲気がよく書けている。
描写が具体的でイメージが湧いてくるし、内容に興味を引き、面白く読める。いくつか気になるところもあるけれど、伝わりやすい表現が概ね書けている。
主人公は高校二年生の理央、一人称「私」で書かれた文体。主人公の日常を切り取ったような、問わず語りと実況中継を独自の内容と伝わる表現で綴られている。全体から細部へではなく、細部から全体に拡げるように書いているのが特徴。
前半、帰宅した理央は自室の机の前で進路調査票を前にため息をつく。階下のキッチンで湯を沸かしながら、「二年の三学期はな、三年の零学期だ。冬休みが明けたら共通テストまで一年しかないんだぞ」と言っていた教師の言葉を思い出す。
甘いホットミルクティーを作って飲んでいると姉が帰宅。姉も同じものを作って飲みながら、バイト先でもらったクッキーを理央と一緒に食べ始める。
後半、姉に進路に悩んでいることを打ち明ける理央。成績優秀の姉に大学を選んだ理由を尋ねると「深い意味はない」と答え「自分がいける大学で一番偏差値の高いところをなんとなく」「あとは理央の選択肢が狭まらないように国公立にはした」と話してくれた。将来の目標を立てて進路を決めていたと思っていた理央は驚きつつも、自分のことを想っての選択だったことを知って嬉しくなる。
「夢とか目標とかは一回置いといて、何か一つ頑張れることを探すの。知ってる? 志望動機は不純なら不純なほど頑張れるものだよ」「ちなみに私はね、偏差値の高い大学に行けば行くほど頭のいい彼氏をゲットできるから、それ目標に頑張ってたよ」
姉の内緒話を教えてもらうと、理央の中にあった完璧な姉像が崩れていく。
「私より理央の方が真面目で素直で性格も曲がってなくていい子だよ。私なんて何回友達とトラブったことがあるか」「私のさっきのアドバイスも、こんなんで受かっちゃった人もいるんだなーくらいに思って反面教師にして頑張ってくれたらいいなって思うよ」
理央は、いつものようにわしゃわしゃと姉に頭を撫でられる。
進路がわかったかもしれないと告げて自室に戻った理央は、第一志望欄に姉と同じ大学、同じ学部を記入する。現在の学力ではE判定、受かりそうにない大学。だけれども、姉の日常を輝かせるキャンパスに行ってみたくなったのだ。
一つ一つの動作は面白く書けている。
冒頭から、主人公はどこにいるのかしらと思いながら読み進めていく。
理央は帰宅して、自室で制服のブレザーを脱いで背もたれにかけ、進路希望調査の紙を前に座っていた。寒くなったから小窓を閉めたのがわかる。「ブレザーを手に取って立ち上がった」とあるけど、着た描写はない。あとで姉とクッキーを食べていたときに欠片がブレザーについたとあるので、主人公は席を立って姉と話すまでの間、どこかで着たらしい。
主人公の理央の部屋には、部屋全体を明るくする室内照明器具はないのかしらん。
冬、学校から帰宅して小窓の開いた自分の部屋の勉強机に向かって椅子に座っているのがわかる。小窓から「日光が差し込まなくなると、勉強机の照明の存在感が強くなる」とあり、進路希望調査の用紙に光が当たっている。欄内は白いが「外の闇が深さを増すにつれて、白いはずの紙も暗く染まっていた」とあるので、主人公が頭をぶつけるスタンドライトの灯りだけが、用紙を照らしていることになる。
机の上の時計によれば、時刻は「短針が六の文字盤に重なった」ので、おそらく午後六時。どの地域に住んでいるのかはわからないが、冬の日没は午後五時前後と推定。遅くとも五時半までには沈む。それから三十分、灯りはスタンドライトだけ。
少なくとも主人公は、日没前に帰宅してスタンドライトで事足りるような明るさのときから「針が六の文字盤に重な」る午後六時まで、用紙とにらめっこしていたことになる。
机に座って紙とにらめっこしている時間が長すぎる。そもそもいつから自室にいたかわからないので、長すぎると決めつけるのは早計だけど。
小窓を閉めてもカーテンを閉める描写もない。室内には小窓しかないのだ。だとすると、主人公の部屋は元々薄暗い。そんな部屋の照明器具は、書類だけを照らす机の灯りだけ。彼女は普段からここで勉強をしているのだろうか。
部屋全体の明るさより机の上が明るい方が、集中しやすいという。
部屋の照明がすごく明るい場合、部屋に置いてある様々なものに目が行ってしまい、知らないうちに気が散って集中力が落ちやすくなる。暗い方が本棚やカレンダー、ポスターなどの存在感が薄れ、気が散らなくなる。
なのでスポットライトの描写は、主人公が進路についてのみ意識を集中して考えあぐねている表現、かもしれない。場面が浮かんでくるようだ。
時計の短針は、六の文字盤に重なるほど長いだろうか。
ひょっとすると、短針ではなく長針かもしれない。だとしたら、五時半くらいで、日が沈んで暗くなったから、寒くもなって窓を締め、ブレザーを着て、スタンドライトに当たらない部分はますます暗いというのも、しっくり来るのだけれども。
一度目に席を立った時はスタンドライトに頭をぶつけなかったのに、二度目はぶつけている。進路の紙とにらめっこし、寒さと暗さと空腹から席を立ったとき、長時間座りっぱなしだったことを表すために次の動作がスムーズにできなくて頭をぶつけたのならわかる。
わかるのだけれども、一度目は問題なく立てている。少なくともここで一旦は集中は切れたはず。
二度目でぶつけたのは「指に操られてくるくると回る」「暴走したボールペンが机上に落ちた」ので拾おうとした結果からのようだ。主人公は進路が書けず、何となく気がついたらペン回しをして、転がって落ちたので拾ったときその頭上にスタンドライトがあったのだ。
逆だったらどうだろうと考えてみる。ペン回ししながら紙とにらめっこしていて書けず、転がり落ちて手を伸ばして拾ってみたらスタンドライトに頭をぶつけ、そのとき周囲の暗さに気づくと当時に寒さを感じ、窓を締めてブレザーを着ながら時計を見て、階下に降りる。スムーズだけど、ペン回しをする前に軽く集中を切らしておく必要があると思ったので、やはりこの流れでいいのだろう。
彼女が階下に降りる理由はなんだろう? お腹が空いたと思われる。でも、家には彼女しかいないのは本人も知っていたはず。このあと夕飯前にホットミルクティーを作って飲み、姉がもらったクッキーを食べる流れになっていく。
頼まれていた夕ご飯の準備や食べ散らかしたままの食器の片付け、洗濯物の取り込み、なんでもいいので様々な要因に襲われて主人公の集中を切らしていき、今までと別な状況がはじまる流れでも良かったのではと想像する。
主人公はこのあと、食べ終わった食器をシンクに運びはするも水の冷たさから洗わず、夕飯前に自分が飲みたいホットミルクティーを作るのだ。
常日頃、どんな食生活を彼女は送っているのかしらん。
まさか姉と二人暮らし?
キッチンへ降りながらお腹付近に手を添えたあと、「観念してプリーツスカートのホックを一つ緩め」ている。お腹は空いたけれども、日頃の自堕落さから招いた結果、ウエストがきつくなっている。こういうところは実感がこもっている。
まだなにも口に入れていないのに緩めるのはなぜだろう。
それほどウエストを気にしているのだろうか。
お腹が膨れて外すならわかる。これからお腹に入れるから外すのも、まあわかる。だったら、椅子に座っていたときにはウエストのきつさは気にならなかったのだろうか。
そもそも帰宅して着替えても良さそうなのに、なぜ着たままなのかしらん。制服を着ていなければ女子高生に見えないのだろうか。
ひょっとすると、帰宅して進路の紙とにらめっこしていた時間は、さほど長くなかったのかもしれない。せいぜい五分ないし十分だったかもしれない。それならば、椅子にかけていたブレザーを着てウエストを緩めるよりも先に着替えたほうが自然に思える。
それをしなかったのはおそらく、主人公は気持ちを緩めることがまだできなかったから――進路を決めるまでは、と推測する。
一階に降りた時の描写が良い。とくに「ノールックでキッチンの電気のスイッチを押す」動作。ここの表現に主人公の年齢が現れている。「仕切りのされていないリビングまで光が届いて明るい」という、暗い部屋が明るくなる所も、リビングの描写をしながら明るくなっていく様が浮かぶ。
テーブルには「放置されたお皿の上に残ったパンくず。そばにあるマグカップの中は牛乳が膜を張って」ある状態で置かれている。これらは朝ごはんの片付けがされぬまま放置されてきたのだろうか。それとも主人公は昼ごろ帰宅して、昼ごはんとして食べたまま片付けなかったのか。後者なら、かなり長いこと着替えもせずに紙とにらめっこしていたことになる。
遅刻しないよう朝食の片付けを後回しにしたのなら、前者かもしれない。どちらにしても、主人公は食べたまま片付けなかったのだ。親の出勤は早いのだろう。
もしくは、夕方帰宅して、小腹がすいたからとパンと牛乳を食してから自室で紙とにらめっこし、暗くなってから階下に降りてきたのだろうか。そう考えると、「プリーツスカートのホックを一つ緩め」たのにも合点がいく。
にらめっこ前にお腹が膨れていたのだ。
とはいえ、あれこれ考えてみるも結論が出ない。
とにかく、主人公は「ティーパックとお湯をマグカップに入れ」て紅茶を作り、「マグカップにミルクと砂糖をたっぷり入れ」て飲むのである。さらにこのあと、姉がもらったクッキーを食べるのだ。夕食前に。
こういうことの積み重ねが、ウエスト周りを育てていると思われる。
友達と一緒のとき、普段は味のしない紅茶を飲んで糖質制限しているらしい。ダイエットを意識している証拠だ。その反動で帰宅後に摂取していては、目も当てられない。
甘いものを食べたくなる時は、タンパク質、炭水化物、脂質のいずれかが不足している場合が考えられる。また、ストレスを感じてセロトニンを分泌しようとして糖分を欲することもある。
多くの原因は、炭水化物が不足している事が考えられる。お腹が空いたからお菓子や甘いものを食べるより、三度のご飯をしっかり食べたほうがいい。
油や糖が中心のお菓子では体脂肪も作られやすくなり、栄養素も偏りがちになる。おそらく主人公は、気がつくとついつい甘いものを手をしているのではないかしらん。
この辺り、自分を客観視して自己分析できていない現れである。
これが後につながる伏線だ。
とはいえ寒いし、頭を使ったので糖分が欲しかった、というのが素直なところかもしれない。
キッチンから、姉の足音が聞こえて帰ってくるのがわかる。主人公の家は、玄関からキッチンに隣接して設置された収納スペースのパントリーを通ってキッチンに通じる動線がある家に住んでいるのだろうか。
もしくは勝手口からパンドリー、キッチンへと入れるような造りになっているのかしらん。
姉は手洗いうがいをしていない。コロナ禍なら疎かにしてはいけない。コロナ禍でなくとも、帰宅後は手洗いうがいを敢行してもらいたい季節。お話だから細かいことはいいんだよとするなら、日常は描けない。それとも、完璧ではない姉のいい加減な一面を、説明ではなく描写しているのかもしれない。
姉の様子を観察しつつ描写し、説明を少し添えている。くどく説明していないところがいい。
クッキーを食べている描写も良い。主人公がいかに食べることが好きな性格なのかが伝わってくる。よく食べる女子は可愛くみえる。
本作では姉がメンター、つまり助言者である。迷ったとき、身近に助言をくれる人がいることがいかにありがたいかが、二人のやり取りから伝わってくる。
主人公から姉のことがいろいろと明かされていく。もちろん姉から、主人公のことが語られる。でも、必要なことだけを端的にだ。姉の言葉で主人公は、他者から見た自分を知る。
勉強は向上心から行うもの。
「もっと頭が良くなりたい」「良い学歴がほしい」「もっと稼げるようになりたい」という願望があって、はじめて自分自身を高めようと努力する。
「偏差値の高い大学に行けば行くほど頭のいい彼氏をゲットできるから」といった姉の考えも、充分に向上心につながる願望である。
本作冒頭、主人公にはそれがなかった。
だから、進路希望が書けなかったのだ。
姉と話すことで、主人公は自分を客観的に分析することができ、どうして進路希望が書けないのかをみつめ直すきっかけにできたのだった。
たとえそれが、「姉の日常を輝かせるキャンパスを、大学を知ってみたい」という理由だったとしても、主人公にとって願望であり、そのために自分自身を高めていけるならば努力できるのだ。
モチベーションをあげるための目標を、彼女は見つけたのだ。
うまくいかなかったなら、次に活かし、もう失敗しないように失敗と向き合うための思考をする。受験に限らず、なにかに努力して頑張るときには失敗から学べばいい。
失敗を想定し、事前に準備を怠ってはいけない。
失敗したときの心理状態を自己分析して原因を探り、すぐ改善していく。そうすれば主人公はきっと、プリーツスカートのホックを一つ緩めなくてすむだろう。
読後、いまどきの受験生になる前の高校二年生の心情や日常を垣間見れた気がした。こういう日常をモチーフにした作品は、日常ゆえの難しさもあるけれども、そこをきちんと描こうとしているところに本作の良さがある。
ありふれた日常は、本人にとっては至極まっとうで、面白みもないように思えて書かない題材かもしれないけれども、読み手側からすると日常を切り取ったような作品は、普段見れない世界を覗き見ているような気になり、充分に面白く感じられる。
願わくば、彼女が志望校に合格できることを切に願う。
現在、年収が低くても公平に入れるはずの国立大学に年収が高い層の子供たちが多く通っている。国立大学に入るには塾や予備校に通ったり、有名私立中高一貫校への進学だったり、高校時代までにかける経済力がものをいうからだ。
つまり、経済力がある家庭ほど国立大学に進む傾向が高まっている。
主人公の家庭は、経済力があるのかもしれない。
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