さよならを君に。

さよならを君に。

作者 東城みかん

https://kakuyomu.jp/works/16816700426891555997


 高校受験を控える十二月、友達の風花に別れも告げず、親の転勤で六年間住み慣れた街を離れる私の物語。



 歌の題名のようなタイトルが付いている。

 さよならを君に言うのか、言えないのか。伝えられないのはなぜなのか、それは読んでみなければわからない。


 縦書きに準じて漢数字を云々というのは目をつむる。


 実体験のある出来事を切り取って書かれたような現代ドラマである。実際に作者が体験したことなのか、創作かはわからない。どちらにしても、実にすばらしい。涙がちょちょ切れてしまう。

 作者がもっている感性を大切にして、書けるものをぜひ書いていってほしい。

 主人公、秋山鈴音の一人称「私」で書かれた文体。凝った言葉ではなく平易な言葉で綴られているが、うまく状況描写を比喩に使って主人公の心情を効果的に伝えている。終わり方もすばらしい。


 前半。二カ月後に高校受験を控えた十二月初旬、転勤族の親により、一度目は幼くておぼえていないが、主人公は実質四度目の引っ越しを余儀なくされる。受験勉強で忙しいみんなに迷惑をかけたくない主人公は友達には伝えない選択をし、翌日の放課後には担任にその旨を伝える。

 教室に残っていた友人の風花と一緒に帰りながら、行きつけのカフェで受験する高校の話をする。引越しのことは話さず、勉強を頑張ろうと告げて帰宅する。

 後半。他クラスにいる風花は勉強を頑張っている姿を見ながら、引越し先でも受験はあるのだからと主人公も勉強をする。二学期が終わり明日から二週間の冬休みが始まる。最後だからと学校を見て回り、振り返らずに校門を抜けて自転車のペダルを立って漕いでいく。

 引っ越しの前日、散歩に出ると塾帰りの風花と偶然出会う。「それじゃ、また今度。絶対一緒に合格しようね」といって別れる。翌日、六年間住み慣れた団地を後にして、車は走っていく。車内に会話はなく、主人公は振り返らず参考書をめくる。母親の「あ、雨」の言葉からやがて激しく降ってくる。参考書が読めなくなり振り返ると「雨で煙った建物のシルエットだけが」主人公にはみえた。

 六年間のことを思い出し、卒業式に戻ってきたとき風花に謝ろうと決める。「いつか、新しい家にも遊びに来てもらおう。きっと風花には、私なんかよりもずっとオシャレが似合うはずだ」と涙を拭いて前を向き、住み慣れた街を遠ざかる。


 主人公は、団地に住んでいる。

 転勤族と呼ばれる人は賃貸に住むことが多い。小学校からの友達の風花が住んでいる家は、「かなり近い。ほとんど同じ団地に建っているから、お互いに徒歩で三分くらいしかかからない」とある。

 集合住宅団地の敷地内に建てられている一軒家に住んでいると思われる。かつて、行政は市の市営住宅用地内の用地を払い下げをしていた頃があり、 そのとき不動産が購入して建てたものと推測する。


 転勤族といわれる職種は「公務員」「金融系(銀行、保険会社等)」「商社」「大手メーカー」「ゼネコン」など。大企業にも転勤がある。

 公務員の異動頻度は一年から十年、職種等によって異なる。

 金融系の転勤の頻度は、二~三年に一回程度が多い。

 商社は、海外転勤の可能性が他の職種よりも高い。期間は5年程度が多い。

 大手メーカーは二年から五年程度。営業所が海外にある場合、海外転勤もある。

 ゼネコンの異動周期は非常に短く、一年未満で転勤するのもしばしば。

 日本全国に支店や営業所を持っている企業にだって、転勤がある。

 なので、主人公の父親の職業は何なのかは一概にわからないが、大手メーカーか企業の可能性が考えられる。


 父親の転勤先、引っ越す場所は○○県にあるという。

「今の住んでいる地域の海を挟んで向かい側、真正面にある県」とある。

 神奈川県と千葉県。

 和歌山県と徳島県。

 愛知県と三重県。

 兵庫県と徳島県。

 香川県と岡山県。

 広島県と愛媛県。

 大分県と愛媛県。

 山口県と福岡県。

 長崎県と熊本県。

 などが、考えられる。

 終盤、住んでいた街と引越し先をつなぐ橋の上を走っていく。つまり、海を隔てた引越し先の県とは橋が架かっているということだ。これらの条件から、まず考えられるのは、本州四国連絡橋。

 広島県と愛媛県をつなぐ瀬戸内しまなみ海道。岡山県と香川県をつなぐ瀬戸大橋、徳島県と淡路島を通って兵庫県とつなぐ明石海峡大橋と大鳴門橋の神戸淡路鳴門自動車道。

 つぎに、山口県と福岡県をつなぐ関門橋。

 引越し先は「ここよりもずっと都会だ」とあるので、断定はできないのだけれども、四国から本州、広島か兵庫に、あるいは山口から福岡かしらん。県で比較するよりも、引越し先の市や町で比較する必要もあるので、一概には言えない。


 十二月初旬に、引っ越しが告げられている。上旬でなく、あえて初旬としているところから、一日から五日くらいに親から話されたのかしらん。「引っ越しは今から大体一ヶ月後になるらしい。二週間後に学校が冬休みに入って、それから大体一週間と少し」とある。

 中学の冬休みは、だいたいクリスマス前後になることが多い。仮に二十五日として考えると、二週間前は十一日となる。ということは、初旬というのは上旬と同義とみていいらしい。つまり、十二月十日に引っ越すことを告げられて、二十四日から冬休みに入る。それから一週間と少し、つまり年明けの三が日過ぎくらいに引っ越すということだ。

 引越し業者の予約が取りやすく、費用も安くなる年明けを選んだのだろう。


 風花と自転車に乗ってカフェに向かう描写の文章がいい。

 肩に力が入っていないような、それでいて無駄なく流れるように描写をしている。

「受験だるいねー、とか、学校であの子が一番かわいい、だとか、何度も使い回して擦り切れたような話でさえもよく弾んだ」具体的でありつつ、いつもの日常をさり気なく書いてあって、声も聞こえてきそう。

「カフェに着いた頃には夕陽はすでに沈みきっていて、太陽の熱で溶けたような空の朱色は冷えたような深い紺色に変わっていた」目に浮かんでくるようで、実にいい。

「口にパフェを入れるまでの合間でさえも話を続けようとする風花に、私も相槌を打つ。クリームから顔を覗かせたフルーツたちが、天井の照明に照らされて輝いている」表現が良い。友達との他愛もない会話が、宝石のように大切なことを描写で表現している。しかもこの後に続くのが「このカフェに来るのも、多分これで最後になる」なのだ。

 引越し先にはもっと美味しいパフェはあるだろう。「だけど、それが一体何になるのだろうか」こんなにも大切なものを失ってまで引っ越していかなくてはならない。引っ越して、どこへ行くのか。そんな考えに至る前に友達の言葉が思考を止める。

「鈴音は高校どこに行くの?」

 主人公が殻を破る瞬間である。

 ドラマチックな展開になるような作品なら、心にブレーキを掛けて頑丈な殻で覆ってしまった未清算な過去を破っていく。

 主人公は、嘘を付く。殻は破れず、ひびが入る程度だ。

 風花では合格が無理そうな高校の名をあげるも、友達の成績は上がってきているという。その後も彼女は必死に勉強をしていく。その姿を主人公はみている。

 きっと風花は、主人公とおなじ高校に入って、いっしょに高校生活を過ごしたいのだ。がんばっても叶わないことを、主人公は知っていて、「お互いに勉強の邪魔はしたくなかったのだと思う」という言葉で気持ちに蓋をしている。

 

 引っ越し前日に、塾帰りの風花に会う。

「鈴音はちゃんと勉強してるの?」

「まあそりゃあしてるけど、最近集中出来てないんだよね……」

 人生の中で大きなストレスになる「親しい人の死」と「離婚」の次にくるのが引っ越しである。それだけに、引越し前後になるとストレスを感じ、憂鬱な気分になる。明日旅立って離れ離れになるのだ。集中するのは難しい。

 しかも目の前にいるのは、友達の風花なのだ。

「それじゃ、また今度。絶対一緒に合格しようね」

「うん」

「約束だからねー」

 約束を守れないとわかっていながら、彼女には告げることができなかった。この時の気持ちを「街の夜は、中途半端に薄暗い」と風景になぞらえて、「私はもっとこの夜の色が、自分自身の足元すらも見えないくらい濃かったらいいのに、と思った」友達に嘘をついて、隠しとおして、黙っていくことに申し訳なくおもいながら、きっと友達は悲しむことがわかっていて、それでもどうすることもできない自分が嫌だから、「闇に溶けて消えてしまいたかった」「UFOでも、神隠しでもなんでもいい。誰にも原因が分からないように消えてしまえばきっと、約束を守れなかったのも仕方ないって、そう思えるはずだから」と嘆きながら願いながら、そんなことは起きるはずがないのはわかっているから、せめて「夜の道を、たった一人で歩いていく」しか主人公はできなかった。

 

 引っ越していくときの「少しづつ遠ざかっていく家の外壁は、少しくすんだ色をしていた。年月が幾重にも積み重なって、そうしてようやくできる色。私たちが来た六年前には、きっと雪のように見事な白色をしていたのだと思う」という、ここの表現がいい。まず見たままを描写し、かつては綺麗だっただろう姿を想像させて年月が経ったことを感じさせてくれている。

 団地から去っていくのだけれど、「既に父が走らせる車の窓は家を写すのをやめていて、見慣れた街並みが川のように流れていく」とさらりと表現されている。

 ここからは、住み慣れた街や見慣れた風景がどんどん流れて、沈黙の過去へ流れていってしまう姿を描いている。

 主人公は「何か大切なものを忘れてしまったような焦りと喪失感が胸を貫い」て泣いていくのだけれども、泣いている姿を書いていない。かわりに「窓から目を背け」「顔だけ下に向かせ」「手荷物から適当に参考書を手に取って開」き、「少し滲んだ視界をあくびのせいにして、指で軽く拭」い「下を見続け」るのだ。

 そんなとき、雨が降る。

 この雨は、主人公の涙である。

 はじめは小雨だった。

 窓の外を見て「いつの間にかあの街と引越し先を繋ぐ橋の上を走っていた」のを確認して、「ここまで来ればもう安心だ」とおもいながらも振り向かない。

「雨が、次第に激しくな」り、「参考書の文字が揺れ」る。「今はもう文字がぼやけて読むことすら出来ない」「この瞬間にも車は走っていく。あの街に背を向けて、逃げるように」

 ここに来て、ようやく主人公は振り返る。

 いままで友達にも自分にも嘘をついて、逃げてきたけれども、感情の涙が溢れ、「涙を長袖で雑に拭いて、私は目を見開」いて「後ろを振り向いた」とき、「流れる水滴のせいで、まだ視界は少しぼやけていた」「けど、辛うじてあの街が見えた」「雨で煙った建物のシルエットだけが、私の目に写った」のだ。

 

 主人公は引っ越しには「慣れている」と思っていたとある。

 それは本当かもしれない。だけど、彼女は別れには慣れていないのだ。仮に引っ越さずに高校受験の結果で、「あと一カ月もしないうちに離れてしまうはずで、だから平気だって、そう思っていた」としても、近所に住んでいるのだから、たまに会って顔を合わせたり話をしたりできる。だけど、引っ越してしまえば、当たり前のように気軽にできていたことが、何もかもできなくなるのだ。

「思い出になんて、したくなかった。ずっとあそこに暮らしていたかった。思い出たちがいつの日にか、シルエットみたいに輪郭をぼんやりとしか掴めなくなることを、私はずっと恐れていた」から、振り向きたくなかったのだろう。でも振り向いてしまった。


 風花とも、思い出にはしたくなかった。だから謝ろうとおもったのだ。卒業式のときにもう一度訪れるから、その時謝ろうと主人公は決める。

「謝って、そしていつか、新しい家にも遊びに来てもらおう。きっと風花には、私なんかよりもずっとオシャレが似合うはずだ」

 カフェで風花と話していたとき、「どこに行くの?」と問われている。

 いままでは、親の転勤で引っ越さなければならない、と受け身だった主人公は最後でようやく、目的、目標が見えたのだ。

「涙をもう一度袖で拭いて、そして私は前へと向き直る」その顔にはもはや悲しみはなく、決意に満ちていただろう。

 その後が気になるけれど、余計な余談もなく終わっている所が良い。


 読後、今からでも遅くはないので、スマホで風花に、親の転勤で引っ越すことを伝えてあげてほしいと思った。

 冬休みが終わったら否が応でも主人公が転校したことがわかるので、これからも仲良くしていきたいなら早めに謝って伝えてあげてほしい。卒業式のときに会うから、なんて悠長なことを言ってては駄目だ。とくにスマホなど連絡手段がある時代ならなおさら。

 あと、可能性の一つとして、主人公は引越し先から風花が目指す高校を受験して、同じ高校に通えるよう受験勉強を励むのはどうだろうか。

 S高と北高が同じなのか違うのかはわからないけれど、橋一本挟んだところなら通学は大変かもしれないけれども、通えなくはないと思う。

 それは主人公が選ぶことなので、読み手にはわからない。

 願わくば、二人の友情がいつまでも続きますように。


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