落蟲流水

落蟲流水

作者 名取有無

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921827589


 高校生のマストアイテムの彼女とアクセサリーの女友達を手に入れた僕だったが、どちらも虫を叩き潰すように殺した物語。



 落花流水の四字熟語をもじったタイトルが付けられている。落花流水には二つの意味がある。

 一つは、落ちた花が水に従って流れる意で、ゆく春の景色。転じて、物事の衰え、時がむなしく過ぎ去る別離のたとえ。

 二つ目は、散る花と流れる水。花が流水に散れば、水もこれを受け入れ花を浮かせて流れてゆくことで、男に女を慕う心があれば女もまた情が生じて男を受け入れるという意味がある。

 なので、小さな虫がたくさん流水に散れば、水もこれを受け入れそれらの小さな虫達を浮かせて投げれゆく様を描いた作品なのかしらん。

 あるいはむなしく過ぎ去る別離を描いたものなのか。


 疑問符感嘆符のあとはひとマスあけ云々は目をつむる。


 五百羅漢像の一体目を彫り上げたような、書かなくてはいけなかった荒々しさがある。

 主人公、■■■の一人称「僕」で書かれた文体。主人公の独特な主観、描写と比喩、自分語りな回想がまざりながら話が展開している。


 冒頭、落花流水の説明がある。

 本作品の内容を、わかりやすく、示している。おそらく作者さんは、本作は難しいかもしれないと思い、読み方を明示したのかしらん。物語の冒頭にあるプロローグのようなものだ。

 タイトルが『落花流水』なら、ない方がスッキリ物語に入れる。でも、タイトルは作者造語の『落蟲流水』だから、読み手を意識して冒頭につけたのだろう。


 前半は、激しく雨が降る深い森の中の早朝、恋人のアカネを主人公が殺したところを女友達のアンリに見られ、主人公は愛を知らず、ただ自己顕示欲と承認欲求を満たすためだけに付き合っていただけだ、といわれるのを拒む。


 深い森の中とある。

 主人公が深い森の中と言っているので、一般的な山奥に広がるような森ではないかもしれない。激しい雨も同様に、「轟々と鳴る濁流の如き雨水」も主人公がそう思っているけれど実際は大粒の大雨かもしれないし、台風が直撃しているくらいの激しさかもしれない。あるいは傘を指しているから雨音が耳の直ぐ側にうるさく聞こえていることから、激しい雨と表現しているのかもしれない。どちらにしても、大雨が降る森の中に主人公がいるのがわかればいいのだろう。

「もう時刻は朝だというのに、どす黒い雨雲に覆われて薄暗かった」とある。

 この森が平地にあろうがなかろうが、鬱蒼と木々が茂っていれば、朝日が差し込むのは難しい。またどす黒い雨雲とあるので、比較的低い上空に雲が覆っているのだ。それでは太陽の光は届きにくい。もし山間の中だった場合、時刻は朝でも山が朝日を遮り、まだまだ夜闇のように薄暗いはず。さらにどすぐらい雨雲に覆われて、激しく雨が降っている状況では、相当暗いと思われる。

 そんな状況で、血の赤と、花の白、葉の緑を明確に色分けできるかだろうか。

 実際にそのような時間、歩いて体験したことがあるが、色の判別はむずかしい。

 ただし、本作は主人公の一人称、彼の主観で書かれているので、彼にはそう見えているということだ。

 なので、彼の正常に見えている部分と狂気に見えている部分、感情と理性がまざった主観で語られているため、そのまま読むとわかりにくく感じてしまうのだろうと推測する。


 後半、主人公のことが語られる。

「いじめ、不登校、成績不良、親の離婚……。暗黒の中学時代を送ってきた」主人公は、高校生になるためにイメージチェンジをを図り高校生デビューをするも、恋人がいないのにいると言ってしまい、いつも嘘をついていることを指摘され、高校生デビューは失敗した。だが、彼女さえ作れば高校生になれるとおもった主人公は手当たりしだいに女子に声をかけ、アカネと付き合うことになる。

 それは彼女も同じで、「高校生になるために彼氏が欲しかったところに丁度飛び込んできた一匹の虫だった」のだ。

 彼氏彼女というのは「いないといけないもの」「人権の証明証であり、マストアクセサリー」であり、「彼女がいない状況に成り下がってしまう」ということは、高校生ではなくなると同義だった。

 女友達というアクセサリーが欲しくて手に入れたアンリを殺した主人公は、傘を拾い、雨に任せて手の汚物を洗い流し、「下へ下へと進み続け」ていく。


 彼女であるアカネのことが語られている。

「虫が尋常じゃなく嫌い」「憎んでいた」「小さい頃に蟻に噛まれて以来、虫という虫が全て嫌いになったらしい」

 ホテルで二人、初めて泊まったとき、ハエを見るなり「短く声にならない声を上げ、鬼か悪魔でも見たかのような形相で、僕に抱きついてきた。一糸まとわぬ姿のまま涙を流して震えながら、両手両足で僕を掴んで離さなかった」「しばらくして、僕がハエをゴミ箱に捨てた後、アカネは低い声で」「死んでも虫には触れたくない」といったという。

 虫は比喩なのではないかしらん、と邪推してみる。

 虫というのは男であり、体液であり、陰部なのかしらん。

 アカネは男で嫌な目にあって以来、嫌いになった。

 とはいえ、主人公と同じで女子高生として振る舞うには男というアイテムは必要だった。だから主人公と付き合っていた。ことをすませて主人公がゴムをゴミ箱に捨てたとき、アカネはもうしたくないという意味で、「死んでも触れたくない」と主人公に言ったのだろう。


 タイトルの落蟲流水の参考になっている落花流水は、「男に女を慕う心があれば女もまた情が生じて男を受け入れる」という意味がある。

 主人公は、高校生のマストアイテムとしてアカネを彼女にし、「彼女を失わないように一生懸命いい彼氏を演じた。幻滅させないよう、予習に予習を重ねた」それなのに彼女は主人公を受け入れなかった。

 だから殺したのだろう。

 

 運ぶのは大変だから、森へと連れて行って殺めたと想像する。アカネのスマホを使ってアンリを呼んだのだろう。そうでなければ、雨の降る夜明け前の時間にアンリが現れる説明がつかない。

 マストアイテムをなくした今、アクセサリーは必要なくなった。アクセサリーがマストアイテムになればいいけれど、その可能性はなかった。


 彼女の身体から、赤い虫や白い虫、「蠢く無数の虫」が「アカネの身体で息づいていた」とある。このあとも、「首元から蛆虫が這い出した。もはや人間の顔の形をしていなかった。人間というより、汚物。触るのすら躊躇するもの。それが人間だとは、愛する彼女だとは思えなかった」といろいろ書かれている。

 この虫たちは、血であり彼女の体液や内蔵、肉片なのだろう。

 主人公にはそれらが虫にみえていたのだ。


 主人公は彼女と女友達を手に掛け、「彼女がいない状況に成り下がっ」たから、ラスト「下へ下へと進み続ける。水の流れはどんどん速くなっていく。僕の手から流れ落ちた全てが、もう二度と取り戻せないどこかへと消えていった」のだ。


 賛否分かれそうな作品である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る