魔王と勇者の物語

@zakichi

第1話

 勇者たち一向は、そのままの勢いで魔王城の深奥、その王の間へのドアを蹴り明けた。

 バンッ!

「お待ちしておりましたわ。」

 銀の鈴振る、優しく美しい声が響いた。銀糸の髪が小首を傾げた拍子に零れ落ち、月の輝きを秘めた瞳が慕わしげに細められる。

 禍々しく呪われた城、その中心に、まるで聖別されたかの様に清らかな光で満ちた空間があった。

 その光の中央にいる女こそ、血族殺しの妖婦、呪われた魔女、魔王アスラである。かつて聖女とまで謳われた月神教最高位の巫女、月読みの国の第1王女。

 漆黒の玉座で、しかしアスラはかつてと同じ微笑みで勇者たちを迎え入れた。

 正邪が逆転したかのような異様な光景に勇者たちは自失し無防備に立ち尽くす。

 そんな勇者たちにアスラは微笑みながらもう一度出迎えの言葉を贈った。

「お待ちしておりましたわ、皆様方、呪いと悲嘆の魔王城へ、ようこそ」

 呪いと悲嘆の魔王城、その現実に勇者たちははっと我を取り戻す。漆黒の玉座で一人笑うアスラの両脇には、呪われたかつての月読みの聖騎士ら。

「アスラ―!」

 気合一閃、セントは魔王アスラに切り込んだ。

 ガキィーン!!

 しかしてその剣は、魔王の右側に立つ不死の騎士に阻まれた。

 激突する勢いで切り結ばれた剣は互いの眼前でせめぎあった。青ざめたかつての戦友は刃の奥から何も映さぬまなこで見つめてくる。セントは視線を断ち切るように剣を振り払った。

 反対側に控えていたもう1体の騎士は、その激突から魔王を抱えて身を躱す。

 特攻をしかけるセントを気にもかけず、その騎士の冷たい腕の中でアスラは唄を謳い始めた。

 呪われた国、今は亡き故国の滅亡の歌。呪わしいほど忌まわしく美しい唄だった。

 その呪歌に呼応して広間のあちこちから魔物が湧き出(い)でくる。アスラの呪歌はまさに魔王の権能そのものだった。世界を穢して魔物を闇から呼び、同時にそこにある生命さへ歪める呪い。いかに魔素抵抗の高い戦士と言えど、呪歌を浴び続ければ呪われる。呪歌に対抗するためアルテはすぐさま浄化結界を錬成し始めた。

 セントは、湧き出た魔物たちから魔術師たちを守るため後退しつつも、アスラへの牽制もかかさない、その剣技は当代一と誉れが高く、鉄血の国の元王子で、在りし日の鉄血の国、天下統一の旗頭で、かつての月読みの乙女アスラの求婚者の一人だった。

 ゴオラもアルテの横で攻撃魔法の詠唱に入る。ゴオラは魔術師で、蛮族ゾオンの戦争孤児で奴隷だったが、その類まれな魔力を見いだされ、夕凪で生きた兵器として飼われていた。

 アルテ・ゴオラをセントとともに守っているのはキツク、僧兵である。唯一なる神ヤルファの地上における実行者たる教会、その手足として縦横無尽に大槌を振るい、かつてのゾオンの征討で名を知らしめた古兵だ。

 そして巫女アルテは、在りし日には聖女アスラに仕えた神殿一等巫女で、強力な神聖魔術と白魔法を使い、勇者一行の守護の要であった。

 それは国や身分、宗教を超えて集った各国の、戦士、魔法使い、聖人達。

 国が国であった時には決して互いに手を取ることが出来なかった最強パーティー。人類は滅びの寸前、かつては互いに殺しあった敵に希望を見出し、利害や恩讐を越えその不可能を可能にした。

 すぐに攻撃魔法を練り上げたゴオラが最初の火焔を放つ。その火焔を追ってセントとキツクも攻めに出た。火焔は攻撃力が大きい反面、標的のみならず術者や周囲の味方にまで熱の影響を受けるためダンジョン内では使用が限られるものだが、ゴオラは焔の精密な操作と、同時に味方へ炎に反作用する術を操る離れ業で、的確に魔物どもだけを焼き殺し、そして、セントとキツクが火焔に耐え残った魔物を討ち取っていく。しかし魔物は殺しても殺しても湧きで、まだ魔王を射程距離に捉えることすら難しかった。

 そして、その湧き出る魔物どものなかには一行の見知った顔がいくつもあった。かつての同胞や滅ぼした民を亡霊として使役する、その外道な行いも、もはやアルテを動じさせることはなかった。ただ一途に魔力を練り上げ、そして今、ようやく魔力を祈りに昇華させ浄化結界が完成した。王の間が淡く輝く。

 その淡い光は、直接的には名前のない一番弱い下級霊をかき消すくらいだが、しかし真価は強力な浄化力にあった。空間を蝕む呪歌に唯一対抗しうる、魔王戦における守護の要。

 呪いに鈍った戦士たちの動きが軽くなる。殺した魔物どもの死の穢れからさらに新しい魔物が産み出されるほど濃かった闇が薄まり、“湧き”も穏やかになる。浄化結界の完成で、ようやく勇者たちは防戦から攻めに転じた

 戦いは熾烈を極めた。ゴオラの火焔は魔物どもを焼き殺しつつ、動きを分断させ、その炎陣に守られたセントとキツクが、魔物どもの厚い璧を突き切って、最奥の騎士の元、すなわち魔王アスラをその射程圏内に収めるまで幾度となく接近した。

 が、しかし、あと一歩のところで意思持たぬ忠実な魔物に阻まれる。彼らは同胞が切られども、己が焼かれども勇者を攻撃し、一途に魔王を守る。

 ある大鎌を持った髑髏は、刺し違えに落ち窪んだ眼の底から死の眼差しを発動させセントの動きを止めさせ、そしてその隙を狙った首無し騎士の大剣がセントに振り下ろされるのを見ながら、頭をカタカタ震わせ嗤いながら滅していった。間一髪、キツクが首無し騎士をなぎ倒ししのぐことができたが、火を噴く大蜥蜴がゴオラの火焔に対し、自らその身を投げ入れ己が内から巨大な爆発を引き起こした時は、アルテ以外の全員が巻き込まれた。

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