第6話 戦士技能学科の訓練校舎……③

 訪れた休憩時間。

 多くの学生達が身体を休めるために室内へ入って行った後の人数が少なくなったグラウンドの片隅で、訓練講師の隻眼の女剣士――ガネットがおどけた調子で愉快に笑っていた。


「いやー参った参った。おやっさんからもお前は人に興味が無さ過ぎると散々言われていたが、まさか仕事で人間違いをする事になるとはな。アハハハハ」


 彼女はこの学園に在籍している教師ではない。

 学園から技術講師の依頼を受けてやって来た本物の冒険者ガードだ。

 ギルドの等級形式を一度も聞いた事がない俺には金属のプレートに記された五つ星の価値は分かり兼ねるところではあるが、大事な学生達の指導を任せる以上は中途半端な冒険者を雇う事は考え難い。更に二月ほど前には教師が生徒の命を狙った事件もある。その事を踏まえた上で考えても、やはりギルドが保証している腕の立つ冒険者なのだろうという考えに辿り着く。


『実際どうなのかなんて俺には分からないけどな』


 前々からそうだったのかもしれないし、あの事件がきっかけなのかもしれない。

 その辺りの運営状況は知る由もないが、それでもやはり信用問題を回復するためにも今は多少の費用も惜しめない状況なのかもしれない。

 そこまで考えて、『大変だなぁ……』と、他人事の様に思う。

 そんな他人事のように考えている俺や楽観的なガネット講師とは対照的に、クレアは珍しく怒っていた。


「教官様、笑い事ではありません。直ぐに学生手帳を出す考えに至らなかったわたくし自身にも原因の一旦はあると思いますが、目上の方と直接剣を交えられる模擬訓練は人数制限が課せられている特別な授業なんです。戦士技能学科の訓練講習の中でも特別人気があって、予約しても抽選で外れてしまう事だって多いと聞きます。その貴重なお時間を得たと言うのに、教官様の人違いでのけ者にされてしまうのは流石に可哀想です」


 自分が間違われた事ではなく、後輩の大事な時間を自分が奪ってしまった事を申し訳なく思ってのお叱りだ。


「それはそうなんだが……」


 真剣な眼差しでジッと見つめるクレアの想いが届いたのか、素面に戻ったガネット講師は彼女達に渡していた身分証となる金属のカードを受け取って、バツが悪そうに視線を逸らした。


んだぁんだぁ。そうだそうださっがに先生さんでも流石に先生さんでもわだすなぁのっぺぇと私の様なのっぺいとこなんビジーさんまちがぁてんは失礼だけこんな美人さんを間違えるのは失礼ですしかんおみやけがしちょんけんよしかも足を怪我しているみたいじゃないですかやぁなしとなあけぇん優しくしてあげないといけません


 そこに、何を言っているのかは分からないが、何となく理解出来る言葉で元気にぷりぷりと怒っている制服姿の後輩ちゃんがいる。

 しかもよく見てみると靴を履いておらず素足だった。


『こんなキャラの濃い子とよく間違えたな』


 確かにまぁ、小柄な身長の割に立派な物をお持ちではあるようだが……。それでも 人の顔を覚えるのが苦手とかそう言うレベルを一つも二つも越えてしまっている気がする。


『いや、だから人に興味が無いとまで言われて心配されるのか……』


 自問自答の末、妙に納得してしまった。


「いや待ってくれ。間違えた事は流石に反省している。これは本当だ。前金の有り無しに関わらず、契約を交わしている以上は仕事だからな。ただ、言い訳に聞こえるかもしれないが、私個人の意見としてあれはあれでよかったと思っている。それだけ君の剣はお手本のような剣だった」


「最低限の事が出来るだけで、お手本に出来るレベルではないと思うのですが」


「だからいいんだよ」


 クレアはよく分からないと言いたげな顔をしていた。

 助けを求めてエステルの方をチラッと見てみても、見つめ返す事もなく遠い目をしている事から理解出来ていないと判断する事が出来る。また後輩ちゃんはガネットに纏わり付くのをやめ、瞬き一つせず固まっているエステルをまじまじと観察していて話を聞いているのかすら定かではない。


「あの、どう言う事なのでしょうか?」


「今日私のところに集まっていたのは数ヵ月前に剣を握ったばかりの駆け出し共だ。その子はやや特殊な子だが、それでも剣を扱えているかと聞かれたら他の奴等と同様で、やはりガキのチャンバラの域を出ない。そんなんだから剣を構えるのも格好付けだと思っていて、形だけ先人を真似ているなんて奴もざらだ。でも、だからと言って模倣訓練自体が悪い何て事ではない。どんな形であれ経験を積めば多少なりと見につく物がある訳だからな。だが、手にしている鉄の塊を叩き付ける事を目的としている事に問題がある。自ら危険に跳び込む立場だからこそ、自らの護りを疎かにしては意味がない。剣は相手を殺すための物であり、時に己の身を護るための物だ。そうだろう?」


「そうですね。盾などがあれば別のお話になるのかもしれませんが、それでも剣を打ち合わせる事によって攻撃を防いでいるという事であれば、やはり身を護っている事にはなるかと。しかしそれだけであれば言葉にして差し上げるべきだと思うのです」


「個別の弟子ではなく、不特定多数の生徒に教える以上は言葉にしているさ。多少遠回しな言い方ではあったがな。だが、基礎を学ばずに経験を積みたいと言う子供が素直に忠告を聞くと思うか?……答えは否だ。私が彼等にプレッシャーを与えていた事も一つの要因ではあるが、闘争本能に触発された彼等は高揚感に支配され、始めこそ耳に残していた言葉をすぐに忘れてしまう。かく言う私も昔はそうだった。だから彼等の気持ちも言い分も分かる。しかし痛い目を見てからでは遅い。失った物は帰ってくる事はない」


 ガネットは語り終えると片目を覆う眼帯に触れていた。

 それが自らの身を顧みずに危険なチャンバラを続けた結果なのだと、彼女の動作の節々から伝わって来る。


「だからって追い詰め過ぎだと思います。室内に戻って行く子の中にはフラフラになっている子もいました。多少なりと気当たりを受けた経験のあるわたくしでも怖かったのですから、彼等はもっと怖い思いをしていたはずです。そう思うのであれば、もっと手を抜いてあげても良かったのではありませんか?」


「彼等を潰しては意味がないと言う君の言い分はもっともだ。だが、そうはいかん。模擬訓練と言葉を変えてはいるが、やっている事は粗修行だ。本番さながらの経験を求めてここに来ている以上、殺し合いの気迫と言うものを肌で感じなければ意味がない。怖気ずく心を奮い立たせて飛び込んで来る事に意味がある。それぐらい出来なければ魔物に臆して殺されてしまうだけだ」


「そうかもしれませんが……」


「これでも一応彼等が向かってこれる程度には抑えている。少し話が脱線してしまったが、剣を振り回す事に夢中になってしまっている彼等に剣の扱い方をどう伝えれば良いのか、どうやったら言葉が届くのか。私も色々と考えていた。だが、辿り着く答えはやはり一つ。実に単純な答えだ。当時の未熟な私がそうであったように、彼等にも実力を見せつけてやればいい。それも彼等が理解出来る力量の範囲内でだ」


「それが最初の答えに繋がるのですね。ですが先ほどもお伝えしたように、わたくしの剣は逃げるための護りの剣。主体は剣ではなく、あくまで対人用であり、怪物に対する物ではありません」


「だからいいんだよ。護りの剣と言うのは、突き詰めれば後の先を取る剣の事だ。互いの間合いと身体の可動域を把握出来なければ先を読む事もままならない。しかも君の構えは身体が遠い。多少なりと剣を向き合わせた事があれば、第三者の視点からでも剣一本分の壁が張られている様に見えるはずだ。それに気付く事が出来たなら、彼等はようやく剣を扱えるようになる。結果は後半の訓練が始まればわかるさ」


 ガネットは口角を釣り上げて含みのある笑みを浮かべていた。

 クレアからの質問もない。

 どうやら先ほどの説明で最低限の納得は出来たらしい。

 すると、エステルを観察していた後輩ちゃんがクレアの衣服を引いた。


「ビジーさん、どなんこと?」


 初対面の先輩相手でも全く遠慮がないどころか距離が近い。

 一瞬驚いて目を丸くしたクレアではあったが、直ぐに持ち直して答えた。


「え、ええっと、お答えする前にお聞きしたいのですが、わたくし達が使っている大陸の共通語は理解されているのですよね?」


「あい、ひよ語も出来んよ」


 しっかりと言語は理解出来ているらしい。

 ただ、まだ喋る事に慣れていないという事なのだろう。

 言葉が通じている事に安堵するクレアは、彼女が聞き取りやすい様にゆっくりと話し始める。


「つまりですね。自分と相手の剣の間合いを気に掛けられる様に成れば無謀な特攻をする事が少なくなって、自然と相手を牽制する様な立ち回りが身に付いて行くと言う事です。それは即ち、相手を観察する事にも繋がるので、経験と同時に技術を盗む事が可能となる。という事だとわたくしは受け取りました」


「……そなんかー。あっがとぅ」


 しばらく固まっていた後輩ちゃんは拙いお礼を口にしながら愛嬌よく笑った。

 理解出来たのか出来ていないのかは定かではない。でも、何となくだが理解出来ていない様な気がする。


「さて、そろそろ授業再開の時間だな」


「わだす、皆呼んでくん!」


 無邪気な子供の様な笑顔であっという間に建物の中へ消えてしまう後輩ちゃん。

 今にして思えば彼女だけが異様に元気だ。


「体力のある方ですね」


「詳しくは知らないのだが、先に目を通した書類によると少し前まで猿と共に生活をしていたらしい」


「お猿さんと?」


「ああ、群れの先頭を走ってな。彼女がボスだ」


「それはまた凄い方ですね。通りで体力がある訳です」


「それに加えてあの人懐っこい性格だ。私が本気で殺しに掛かって来ていないと分かっているのか、剣を構えさせても遊び感覚でじゃれついて来てな。どう相手をすればいいのか私自身が戸惑っている。動きが不規則な癖になまじ剣筋も良い物だから、それで少し加減を間違えてしまった」


 その結果、怪我をさせてしまったのだと言う。

 あの性格を考えれば、医務室に着いて治療を受けた後もお医者さんにも纏わりついていたのだろう。

 その間に二人が此処に来て間違われたという流れ。

 それであれば付き添いの子が戻って来ていてもおかしくは無いように思う。

 只腑に落ちないのは、学生達が疲れていたとはいえ何故彼等が気付けなかったのかだ。結局、この段階では分からず仕舞いなのだろう。


「さて、時間を取らせてすまなかったな。侘びと言っては何だが、ジュース代ぐらいは出させてくれ。この時間ならまだ出張購買店が開いているはずだ」


「いえ、お構いなく。紛らわしいところにいたわたくしにも問題はあったと思うので」


「それでもだ。私は狡い大人だからな。面倒な事は金で解決させてもらう。迷惑料で受け取らないのであれば、働きに応じた正当な報酬として受け取って貰わなければならん」


「そ、そんな。わたくし達は特に何も」


「君は意外と頑固だな。仕方がない」


 珍しく強い姿勢を見せるクレアは受け取らないと判断したのだろう。

 抵抗しないエステルの手を取って五百円玉程の硬貨を二枚握らせた。


「あの、ジュース代にしては貰い過ぎだと思うのですが」


「何を言っても返却は受け付けん。後で正式に書面化もする。それは君達に対する正当な報酬だ。余り文句を言うと、こっちは足りないと感じて二枚三枚と増やしてしまうかもしれないぞ」


「どうしてそうなるんですか!」


「言っただろう?私が狡い大人だからだと。だから素直に受け取っておきなさい。それも礼儀だ」


 何という脅し文句。

 しかしクレアの様な素直で遠慮がちなお人好しのタイプには、この方法で畳みかけるのが効果的だと知っていての所業だ。

 クレアはまだ納得していなかったがエステルは素直に頷いている。


「……ありがとうございます。大切にします」


「いや使えって」


 少しズレた事を言うエステルに軽い口調でツッコミが入る。

 そこで「あっ」と、何かを思い出したよう声を上げたガネットは訊ねて来た。


「そう言えば君達は人探しのために此処に来たと言っていたな。私が足止めをしてしまったが、目的の人は見つかったのか?」


「いえ、見逃していなければ、此方にも来られていなかったようです」


「そうか。……私に答えられるかは分からんが、誰を探しているのか聞いてもいいか?もしかしたら力になってやれるかもしれん」


 人への興味は薄くとも人情は捨てていないのだろう。

 時間も押して困っている二人は彼女の優しさに甘えて聞いてみる事にした様だ。


「それでしたら、えっと……。一人目は淡い褐色系の肌で背が高いリオン先輩と言う方です。二人目はエステルさんぐらいに小柄で、水色髪でオッドアイのマリン先輩と言う方なのですが」


「褐色肌で背が高いリオン……。もしかしてリオン=ディーノロフトの事か?」


 少し驚いた。

 人を覚えるのが極端に苦手な人が、特定の個人、それも冒険者見習いの学生の名前を覚えていたのである。


「はい、ご存じなのですか?」


「ああ。良く一緒につるんでいるチビ助とお嬢の事は良く知らないが、彼奴は一人でも仕事を貰いに来る事も多いから付き合ってやる事も多いんだよ。マスターのおやっさんも他の連中も、彼奴の腕っぷしには一目置いているしな。だから彼奴の事は知っている。性格も理解しているし、行動パターンもある程度は把握している」


 まさかの情報提供者である。

 朝から何かと大変な二人だが、ここに来て幸運に恵まれたのではないだろうか。


「先輩が寄りそうなところに心当たりはありませんか?」


 この好機を逃す手はない。

 クレアは少し食い気味に尋ねた。


「そうだな……」


 視線を左右に流してリオン先輩が行きそうな場所を考えてくれているガネットの言葉を静かに待つこと数十秒。彼女は何とも言い難い顔で口を開いた。


「なぁ君達、そう言えばこの時期ではなかったか?その、学園の試験とやらは」


『あっ……』


 その一言で俺は察してしまった。

 彼女達もその可能性を考えていなかった。

 だって彼女はエステルにとってとても頼りになるお姉さんな先輩だから。だからこそ、筆記試験に躓いているはずがないと勝手に思い込んでしまっていたのだ。


「えっと、試験日は先週末でしたが…………あっ」


 どうやらクレアも気付いたらしい。


「彼女は多分、追試のための補習とやらを受けているのだと思う」


 この頃の時期は毎回頭を抱えて項垂れているのだと教えてくれた。

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転生した後にも死んだ俺~チートを貰っても死んだ俺は神様になって小さな世界を見守る~ 茶葉丸 @tyabamaru

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