第12話 運命的なもの

「あの、本当にオレん家に来るんスか……?」


 学校からの帰り道。駅のホームで1時間に一本しかない電車を待ちながら、ベンチに並んで座るアンナっちに問いかける。鞄を抱えるように座って景色を眺めていた彼女は「もちろんです」と頷いた。


「私たちはお互いを知る必要があります」


「それは確かにそうッスけど、いきなり家はちょっと……」


「何か私に見られてはまずいものがあるんですか?」


「…………いや、それは無いッス」


 昨晩、アンナっちからの電話の後に徹夜で部屋は片づけた。おかげで寝不足だし宿題をすっかり忘れて先生に怒られたけど、アンナっちに見られたくないものは一通り処分したので問題ない……はずッス。


「それでは問題ありませんね。ようやく電車が来たみたいです」


 遠くから踏切の音が聞こえてきた。一両編成のワンマン電車に乗り込む。この時間は帰宅途中の学生が多く、二人で座れそうなスペースは開いていなかった。仕方がないので、中ほどの反対の扉の前で立つことにする。


 アンナっちの銀髪は西日を浴びて琥珀のようにオレンジがかった光沢を放っていた。


 やっぱり目立つなぁ、アンナっち。居合わせた乗客どころか、運転手さんまで一瞬アンナっちの美貌に目を奪われている。田舎のローカル線の車内じゃ、明らかに浮いている。もちろん良い意味で。


 その視線を集めているアンナっちはと言うと、ずっとドアの窓から外の景色を眺めていた。


「田んぼや畑ばっかりで、殺風景ッスよね」


「そんなことありません。東京のコンクリートばかりの景色に比べれば、彩りが豊かで見ていて楽しいです」


 彩り……。草木の緑や、土の茶色。どれも見慣れたものばかりで、東京の街並みの方がよっぽど彩り豊かに思える。田舎民と都会民の感性の違いだろうか。


 最寄り駅で電車を降りて、歩くこと10分ほど。オレの家に着くと、アンナっちは家を見上げてほんの少し驚いた表情を浮かべた。


「和樹さん、お金持ちですか?」

「いや、家が大きいだけで普通に貧乏ッスよ」


 田舎の家はどれも敷地が広くて大きい。その中でもオレの家は比較的大きくて、その理由は山本流の道場が併設されているからだ。


 爺ちゃんが借金して建てた山本流の道場だけど、門下生なんて一人も集まらなくて今は普通の剣道場として親父が経営している。


 それもまあ、あんまり上手く行っていない。だから母さんのパート代や、最近はオレのクエスト報酬が山本家の主な収入になっている。


「道場は後で案内するから、まずは母屋ッスね。こっちッスよ」


 玄関を開けてアンナっちを手招きする。家の中に入ると、キッチンの方からカレーの良い匂いが漂ってきた。母さんのカレーめっちゃ美味いんだよなぁ。


「ただいま」

「お帰りなさい、和樹。…………って、あら!?」


 キッチンから顔を覗かせた母さんは、オレの隣に居るアンナっちを見て目を見開く。そりゃ息子が急にロシア系美少女を連れてきたら驚くッスよね。


「あー、母さん。この子は――」


「エレナ……っ!?」


「そうエレナ……エレナ?」


 いったい誰と間違っているんだ……? 母さんは玄関の明かりをつけると、急ぎ足でオレたちの方へとやって来て、アンナっちの顔を覗き込む。


「驚きました。母をご存じなんですか?」


 アンナっちがそう聞くと、母さんは何度も首を縦に振ってアンナっちの顔に手を伸ばした。


「やっぱりそうなのね。じゃあ、あなたはアンナちゃん……?」


「はい。愛良アンナです」


「初めまして。わたしは山本瑞樹やまもと・みずきよ。あなたのお母さん……、エレナとは高校で同級生だったの。よく顔を見せて? ……ふふっ、お母さんに似て小さくて可愛らしいわね」


「むっ、小さいは余計です」


「そう言うところもお母さんにそっくりよ」


 そう言って笑う母さんから、アンナっちは照れたように顔をそらす。


 ……いや、話にまったくついて行けてないんスけど。


「えっと、母さん。アンナっちのお母さんと友達だったのか?」


「ええ。もう20年くらい前の話だけどね。エレナとは卒業後もずっと連絡を取り合っていたの。お互いに子育てのことや家のことで相談しあったりとか。……エレナが亡くなってもう9年ね。アンナちゃん、ずっとあなたのことを心配していたのよ。今はどうしているの?」


「今は母と同じ冒険者をしています。それから、和樹さんと同じパーティです」


「まあ、そうなのね! 和樹ったら学校のこと全然話してくれないから知らなかったわ。立ち話もなんだしどうぞ上がって。お夕飯も食べて行ってくれるでしょう?」


「いえ、さすがにそこまでお世話になるのは……」


「大丈夫よ、今日はカレーの日だもの」


 母さんは心なしか弾むような足取りでキッチンの方へ戻っていく。アンナっちは少し困ったような表情でオレを見上げていた。


「あー……、本当に気にしなくても良いッスよ。カレー、いっつも作りすぎて余らせちゃうッスから。アンナっちさえ良ければッスけどね」


「……では、お言葉に甘えます。それにしても驚きました。和樹さんのお母さんが、私のお母さんの友達だったなんて」


「オレも初耳だったんで驚いたッス」


 母さんの学生時代の話なんてあんまり聞かないし、まさかアンナっちのことを知っていたなんて本当に予想外だ。


 ……ふと、アンナっちの顔を横目で盗み見る。


 驚いたとは言いつつ、普段と変わらないすまし顔。


 アンナっちとの間に運命的なものを感じちゃったのは、俺だけッスかね……?

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冒険者学校の落ちこぼれ剣士、パーティを追放されるも妖精のような銀髪美少女に盾の才能を見出されて成り上がる。 KT @KT02

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