第11話 足りないもの

 山本流護衛剣術は、死んだ爺ちゃんから教わった。基礎になる体術や、刀の使い方。時代の移り変わりに合わせて爺ちゃんが作った新しい技などなど。幼い頃から叩き込まれた山本流護衛剣術は、冒険者になったオレを支えてくれていた。


 だけど、初めて足りないと思った。


 アンナっちの盾として彼女の隣に並び立つには、山本流護衛剣術だけじゃダメだ。根本的なレベルとステータス不足。そして何より、アンナっちとの呼吸が合わない。


 日課にしている夜の鍛錬。今日、ダンジョン内で見た彼女の動きを脳内でイメージしながら体を動かす。銀翼が羽ばたたき、踊る。二本のショートソードを振りながら縦横無尽に駆けまわる様は竜巻を連想させる。


 その動きについて行かなくちゃいけない。だって、オレは彼女が選んでくれた盾なのだから。彼女の動きを阻害せず、アンナっちが防ぎきれない攻撃だけを打ち払う。


 スケルトンの攻撃であれば何とかそれも可能だけど、もしスケルトンより動きの速いモンスターだったら。オレの目の前で、幻影のアンナっちが切り裂かれる。


「追いつけないッスね、やっぱり……」


 ステータスに差があるのはこの際仕方がないにしても、せめてもう少しアンナっちの動きが予測できたら……。アンナっちの動きを先読みして最短で彼女の死角に入り込み、彼女を襲う攻撃を防ぐ。そうすれば、スケルトンより速いモンスターにもある程度対応できるはずだ。


 問題は、どうやってアンナっちの動きを予測するか……。


 一緒にダンジョンに潜っている内にある程度はわかってくると思う。だけど、それじゃ遅すぎる。不完全な盾じゃ万一の時にアンナっちを守り切れない。


 どうしたもんッスかね……。


「和樹、そろそろお風呂入っちゃいなさーい!」

「あ、はーいっ!」


 オレが鍛錬していた道場と母屋が繋がる渡り廊下から母さんの呼ぶ声が聞こえた。気づけばもう良い時間だ。あんまり遅くまで鍛錬してると母さんに怒られてしまう。


 ゆっくり湯船に浸かる気にもなれず、シャワーだけ浴びて自分の部屋に戻る。そういえば宿題が出ていたことを思い出して勉強机に座ったタイミングで、ベッドの上に置いておいたスマホが鳴った。


 冒険者アプリの通話機能の着信音。登録されている人数は限られている。ベッドに腰を下ろしてスマホを見ると、なんと着信はアンナっちからだった。


「も、もしもしっ!」

『こんばんは、和樹さん』


 慌ててスマホを耳に当てると、スマホの向こうからアンナっちの声が聞こえてくる。


『夜分遅くにすみません。大丈夫でしたか?』


「も、もちろん! アンナっちからの電話ならいつだって大丈夫ッスよ!」


『ふふっ。さすがに時と場合によると思いますよ?』


「そ、それは……そ、そうッスね。ははっ……」


 なんか変に舞い上がっちゃって変なこと言ってないッスか、オレ……。どうして学校で話すときよりも電話の方が緊張しちゃってんだろう……。


 というかそもそも、


「アンナっちから電話を貰えるなんて正直少し驚いたッス。何かあったッスか……?」


『いえ、何かあったというわけではないのですが。……少し、和樹さんのことが気になってしまって』


「お、オレのことがっ!?」


 そ、それってつまり、アンナっちもオレのことが――


『ダンジョンからの帰りに、考え込むような表情をしていたので。何か気になることでもあったのかな……と』


「あ、ああ。そういうことッスか……」


 どうやらオレの不安は顔に出ちゃっていたらしい。アンナっちはそれを心配してわざわざ電話をしてくれたようだ。優しいなぁ、アンナっち。


『和樹さん。もし何かあったなら、教えてもらえますか?』

「そ、それは……」


 オレが今抱えている悩み。アンナっちの盾として、君の隣に並び立てるのかという不安。それを、当のアンナっちに相談しちゃっていいものなんだろうか。それってなんかすごく、かっこ悪いことのように思えてしまう。


『言いづらいことですか……?』

「……いや、そんなんじゃないッスよ」


 だけど、このままオレ一人が悩んで解決するような話でもない。確かにかっこ悪いけど、それでオレ一人で悩んで解決できずに、アンナっちを守れない方がもっとかっこ悪い。


 だから、


「実は……――」


 全部包み隠さず話すことにした。


「ごめん、アンナっち。今のオレじゃ、君の死角を完全にカバーしきれない」


『和樹さんは、真面目な人なんですね。……ごめんなさい、和樹さん』


「ど、どうしてアンナっちが謝るんスか!?」


『今日のスケルトンとの戦闘は、和樹さんを試すためにあえてモンスターに突っ込みました。和樹さんがどれだけ私の動きに対応できるか、現時点でどれだけ私の死角をカバーできるのか。それを知りたかったんです』


「それであんな無茶を……」


『和樹さんは私やアンヌさんの想定を遥かに上回る動きを見せてくれました。後はレベルを上げてステータスの値が高くなれば、おのずと私のスピードにも追いつける。そう思っていたのですが、和樹さんの言う通りかもしれませんね。私たちは、もっとお互いのことを理解しあう必要があるみたいです』


「お互いのことを理解って、アンナっちもッスか?」


『もちろんです。よく知らない相手には、本当の意味で背中を預けることはできません。だから、和樹さん。明日の放課後、和樹さんの家にお邪魔してもいいですか?』




「…………へっ?」

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