第10話 初クエスト

 ダンジョン内部は薄暗く、視界はお世辞にも良いとは言えない。


 ただ、普通の洞窟と違う点として、ダンジョン内の壁や天井には淡い光を放つ苔や蔓が自生している。これらのおかげで照明が無ければまったく見えないというわけでもなく、少なくともダンジョン内部の構造やモンスターの接近は目視で確認することができる。


 オレを先頭にダンジョン内部を進んでいると、前方で何かが動く気配を感じた。手で後続の二人に合図して立ち止まる。


「さっそくモンスターのお出ましか?」

「たぶんそうッスね。それなりの数が居るッス」


 進行方向およそ50メートルの距離に、ヒト型モンスターが多数見える。錆びついた刀や斧、鍬を持った骸骨たち……スケルトンだ。その数は20体を超えている。


 今回のクエストは、ダンジョン内部で増えつつあるモンスターの掃討依頼。


 ダンジョンにモンスターが発生するメカニズムは21世紀になった現在でも解明されていないけれど、定期的に討伐しなければ数が増えすぎて地上に溢れ出てきてしまう。


 溢れ出てきたモンスターはダンジョン内と同様の強さを持つ一方、人間はダンジョンでしかステータスの恩恵を受けられない。そのため、大量のモンスターがダンジョンの外へ出ると災害級の被害が発生する。俗にいう〈魔獣災害モンスターパレード〉だ。


 今回のような掃討クエストは、その〈魔獣災害〉を未然に防ぐためにダンジョン内でモンスターが増え始めた頃合いを見計らって募集される。当然、ダンジョン内のモンスターは通常時よりも数が多い。


「入ってすぐに遭遇するとは、どうやらギリギリのタイミングだったようですね。被害が出る前で何よりでした」


「そうやな。そんじゃ、さっさと片付けてしまおか」


 アンナっちは腰の二本のショートソードを抜き放ち、恋澄さんは杖と御札を持って臨戦態勢。オレも刀を鞘から抜いて覚悟を決める。


「緊張してますか?」


 アンナっちがオレの顔を覗き込むようにして、上目遣いで訊ねてきた。


「そりゃまあ、それなりに緊張はしてるッスよ。アンナっちは緊張しないんスか……?」


「しません。この程度のクエストで緊張していたらきりがないです」


 さすがAランク冒険者ッスね……。きっと、アンナっちも恋澄さんも、オレが想像もつかないほど過酷な修羅場を切り抜けてきたんだろう。


 ……弱気になるんじゃねぇ、山本和樹。お前はアンナっちの盾になるって決めたんだろ。こんな所で立ち竦んでる場合じゃねぇッスよ!


「行こう、アンナっち!」

「はい。背中は任せます」


 アンナっちが「すぅ……っ」と息を吐いたと同時、銀翼が地面すれすれを羽ばたいた。弾丸のような速さで前進し、前方のスケルトンたちに構わず突撃していった。


「――って、速っ!?」


 とんでもないスピードでモンスターに突進していくアンナっちを、オレは慌てて追いかける。アンナっちが少しくらい待ってくれるだなんて甘い考えだった。彼女のスピードについて行けなければ、置いて行かれるだけだ。


「はぁっ!」


 二房に結われた銀色の髪を翼が翼のように広がる。二本のショートソードで通り過ぎ様にスケルトン2体の胴を斬り裂き、反転して体を目いっぱい捻って回転。上下に分かれた2体のスケルトンをミキサーのように切り刻む。


 スケルトンには急所がない。頭を落としても首から下だけで動き、足を斬っても胴だけで這って攻撃してくる。だからやりすぎなくらいに切り刻まなくちゃいけない。そのせいで1体ごとの処理には時間がかかる。


 アンナっちは同時に2体のスケルトンを処理し、すぐさま近くの別のスケルトンに狙いを定めて走りながら剣を振る。スケルトンはアンナっちの脅威にすらならない脆さだ。でも、さすがに数が多すぎる。アンナっちが1体を処理する間に、彼女との距離を詰めて2体のスケルトンが襲いかかってくる。


 それに気づいているはずなのに、アンナっちは一切防御の姿勢を見せない。


「アンナっち!」


 間一髪、アンナっちの後ろに割って入ってスケルトンの攻撃を刀で捌く。一瞬でも躊躇していたら間に合わない、本当にギリギリのタイミングだった。


「守ってくれると信じていました」

「……っ!」


 アンナっちはオレの横をすり抜けて、攻撃してきたスケルトンを斬り伏せる。縦横無尽に駆け回ってはスケルトンを斬り裂いていく。オレはその後ろを必死に追いかけて、アンナっちに向けて振り下ろされる刀やら斧やら鍬やらを無我夢中で防ぎ続けた。


 ようやく、スケルトンの最後の1体がバラバラになって崩れ落ちる。


 直後、オレは膝から力が抜けてその場に座り込んでしまった。


 つ、疲れたぁ……。


「お疲れ様でした、和樹さん」


 あれだけ動いていたにも関わらず、アンナっちは呼吸一つ乱さずに平然としている。一方のオレは息も絶え絶えで、凄まじい疲労感に苛まれていた。


「アンナっち、怪我はないッスか……?」

「はい。和樹さんが守ってくれたおかげです」


 そう言って微笑むアンナっちに本当に怪我がなくて、オレは心の底から安堵した。アンナっちのスピードに追い付けず、危ない場面は何度もあった。それでも無事に彼女を守りきれたのは、スケルトンが控えめに言っても鈍間なモンスターだったからだ。


 もしこれが仮に、スケルトンよりも速いモンスターだったら……。


「傍から見とったけど、まあ及第点ちゃうか? あの乱戦の中でアンナちゃん守り切るなんて、なかなかやるやんか」


「……いや、オレなんて全然ッスよ」


 その後は恋澄さんも戦闘に参加して、ものの2時間ほどで永源寺ダンジョン内のモンスターを掃討することが出来た。オレもアンナっちも恋澄さんも、怪我無く無事にダンジョンを後にする。恋澄パーティの初クエストは大成功だった。


 だった、けど……。


 自分の力不足を実感するクエストでもあった。

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