第5話 原初の魔女
ぼろぼろと崩れていく魔王を見ながら、ニーナが満足そうにしていると背後から声がかけられました。
「おお!おお!遂に魔王を倒したのですな!」
しわがれた声に振り向くと、そこには沢山の騎士達を従えた、よぼよぼのお爺さんが立っていました。
老人は丈の長い真っ白いローブに身を包み、木で出来た杖を支えにニーナを見上げています。
その視線にニーナは目を細めると、老人たちの目の前に降り立ちました。
「私は、この国の王の相談役をしておる者でございます。魔王を倒して頂き、ありがとうございました。」
老人はニーナが地面に着くや否や、そう言って頭を下げてきました。
国王の相談役といえば、お城に複数いる長老たちの事です。
ニーナは、その長老の一人である老人を見下ろしながら口を開きました。
「倒したのは、そこの勇者達だ。私は、ちょっと・・・援護しただけなんだけど。」
と、ニーナは訂正してきました。
ニーナのさり気無い牽制に、長老はふぉっふぉっふぉっと笑うと、深々と頭を下げてきたのでした。
「原初の魔女ニルヴァーナ様と、お見受け致します。此度は、我らの窮地を救って下さりありがとうございました。」
長老の言葉に、ニルヴァーナと呼ばれた元ニーナは押し黙ってしまいました。
この老人は、宝物庫にでも保管されていた文献でも読んだのでしょう。
真実を知るその瞳に、ニルヴァーナは小さく嘆息すると諦めたように目を閉じてきました。
その反応を肯定と取った長老は、にぃっと金の入れ歯を見せながら笑います。
その笑みを見て、ニルヴァーナは不快そうに眉根を寄せていました。
そんな彼女の反応を上目使いで確認しながら、長老は更に言葉を続けてきました。
「原初の魔女様、どうか我が王国に末永くご滞在してくださいませ。我が国王陛下も、それを望んでおります。」
長老はそう言うと、深々と頭を下げてきたのでした。
その懇願にニルヴァーナは、大昔にも居た『あの子』の側近達を思い出し、気づかれないように溜息を吐いたのでした。
あの頃も居たなぁ、こういう輩が……。
胸中で呟きつつ、ニルヴァーナは冷めた目で長老を見下ろします。
老人の濁った目を見下ろしながら、ニルヴァーナは胸中で静かに呟いたのでした。
もういい……よね?
ニルヴァーナは遥か遠い昔に、とっくに人の輪廻に加わった息子へと語り掛けました。
息子が築いたこの国を、ずっと見守ってきた彼女でしたが、潮時だろうと悟り最後の置き土産にと助言を授けようと口を開きました。
「もう気づいていると思うけど、この国の魔力の衰退は免れないよ。そろそろ魔力だけに囚われず、それに代わる新しい何かを見つけてはどうかな?」
ニルヴァーナの助言に、長老は顔色を変えます。
もともと魔力は、原初の魔女の力でありました。
魔力の海から生まれた彼女は、あらゆる魔法を使いこなせる偉大な魔女でした。
そんな彼女は遥かな昔、人間の王と恋に落ち、そして二人の間に一人の男児が産まれました。
その男の子は原初の魔女の力を受け継ぎ、大人になると大魔法使いになりました。
そして、この国の王になった息子は、美しい妃を娶り子を設け、そしてその子供達が子を作り……。
そして――
気が付くと、彼女の力を受け継いだ子孫が沢山出来ていたのでした。
そうです、この魔法王国は、原初の魔女の力を受け継いだ子孫たちが集まってできた国なのでした。
そして、その魔力は、親から子へ引き継がれると同時に減っていったのでありました。
血が薄れれば、魔力も薄れるのは必至。
さらに、原初の魔女の血を引いた子が亡くなると、その魔力は自動的にニルヴァーナへと帰ってきました。
それが何千年と繰り返され、いつしか魔力は殆ど原初の魔女の元へ戻っていました。
ニルヴァーナが、殆ど魔力を持たぬ子孫たちを見下ろしていると。
その中でも、まだ少しは魔力を持っているであろう長老が、慌てた様子でニルヴァーナに話しかけてきました。
「そ、そんなことおっしゃらずに、どうかいつまでもこの国に居てくださいませんか?」
長老はニルヴァーナの助言を聞くと、慌てたようにそう縋りついてきたのです。
か弱い年寄りを装ってはいましたが、長老達は欲に塗れた目でニルヴァーナを見ています。
大方、ニルヴァーナに男を宛がい子を産ませて、魔法王国の再建などを企んでいるのでしょう。
その証拠に
「私みたいな化石のような存在が、ここに居ては新しい事も見つけられなくなってしまうでしょう。」
と、やんわりと断れば
「いやいや、原初の魔女様は、お若くお美しい。どうか、この地に留まり我らにご教授して下され。なんなら恋の一つでもすれば、楽しく暮らせましょうぞ!」
などと、下衆な笑いと共に提案してきたのでした。
その打算的な視線と笑みに、ニルヴァーナの背中に虫唾が走り吐き気を催します。
ふと、気が逸れたその一瞬、ニルヴァーナに手を伸ばして捕らえようとしてきた長老たちの手をすり抜け、空へと浮かんで逃げました。
「ああ、お待ち下され!」
長老たちは、諦め悪くニルヴァーナに向かって手を伸ばしながら懇願してきます。
「では、ご機嫌よう。私はあちら・・・で、この国の行く末を見守っていますよ。」
原初の魔女は、にっこりと笑顔でそう言うと、光の速さで雲の上へと飛んで行ってしまったのでした。
その後――
原初の魔女の予言通り、魔法王国は魔力が衰退し、ただの王国に変わってしまいました。
そして、人々も只の人が国のほとんどを占め、いつしか魔法というものは伝説へと変わっていったのでした。
魔力の海へ戻ったニルヴァーナは、久方振りにジギダリスと対峙していました。
「その姿の君を見るのは久しぶりだねぇ。」
「…………。」
ニルヴァーナの声に、元の姿に戻ったジギダリスは、ぷいっとそっぽを向きます。
その子供じみた反応に、ニルヴァーナは懐かしさで思わず、ふふっと笑ってしまいました。
「笑うな!」
ニルヴァーナの反応に、無視を決め込もうとしていたジギダリスは、己の決意も忘れてつい言い返してしまいました。
その子犬のような反応に、ニルヴァーナは更にくすくす笑ってしまいます。
そんな彼女に、ジギダリスは完全に臍を曲げてしまいました。
「ごめんごめん。」
ニルヴァーナは謝りますが、彼は許してくれそうもありませんでした。
ニルヴァーナの目の前にいるジギダリスは、彼女同様魔力の海から生まれ落ちたままの姿をしていました。
漆黒の髪に、黒曜石のような真っ黒い瞳。
髪と瞳とは対照的に、染み一つない透き通るような白い肌を持つ美しい少年が、そこに居ました。
彼もまた魔力の海から生まれた、キョウダイみたいな存在でしたが、彼は彼女と違い魔力の残骸から生まれた者でした。
その為、彼はどうやっても原初の魔女よりも魔力の量では、かなり劣った存在でした。
その為、ジギダリスはニルヴァーナに対して激しい劣等感を抱いていました。
その負の感情は、いつしか彼女の子孫たちに矛先を向け、魔王という存在で子孫たちを脅かすようになったのです。
最初は、ニルヴァーナの力を半分引いた息子――アレキサンドライトがあしらっていたのですが、息子の死後、世代が代わる毎に魔力が半減していってしまい、いつしかジギダリスの方が魔力が強くなっていたのでした。
また、ニルヴァーナの息子も息子で、子が出来ると魔力を半分分け与えてしまう事は知っていた筈なのに、長い生の中で何人もの女性と恋に落ち、その度に子を産み落としていたので、気づいたら魔力の枯渇と共に人の寿命も無くなり呆気なく死んでしまったのでした。
その為、息子が築いた王国はジギダリスによって窮地に陥ることになり、ニルヴァーナが仕方なく子孫が絶えるまではと見守ることにしたのでした。
彼女は王国の中で素性を隠し、何度も姿を変えて王国を守ってきました。
最初の内は大樹や動物などに擬態していたのですが、ふとした好奇心で人間の姿になってみたのでした。
それがあの、魔力を持たないニーナだったのです。
そしてその姿を気に入った彼女は、人と関わりながら魔王ジギダリスを良い塩梅で追い払いながら、長い間人の中に紛れていました。
そして人と関わるうちに、彼女の中で「魔力は人には過ぎたもの」だと思うようになっていったのでした。
その証拠に魔力による格差が生まれ、気が付けば息子が築いた美しい王国は、今や見る影も無い有様になっていたのでした。
そして、その国にもようやく終止符が打たれ、もう彼女には縁もゆかりもありません。
彼女は晴れやかな顔をしながら、目の前で体育座りをして、いじけている彼に言ってきたのでありました。
「もう人間にちょっかい出しちゃだめだよ、君に対応できる魔力を持った人間は、もう居ないんだから。」
「……ううう、わかったよ。」
魔力の海の上で、ニルヴァーナはジギダリスに説教をしながら釘を刺すのでした。
おわり
------------------------------------------------------------------------------------------------
御伽噺風的な話を書いてみたくて挑戦してみました。
物語の裏側の人達紹介、みたいな感じになってしまいました……^^;
でも後悔はしていません(笑)
最後までお読み頂きありがとうございました。
魔力ゼロの少女は実は原初の魔女だった 麻竹 @matiku_ukitam
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます