第4話 ニーナ

割れるステンドグラス。

目の前に迫る光の玉。

それらを遮る防御壁。


淡い光のヴェールのような防御壁には、稲妻のような光が張り巡り、割れたステンドグラスの破片を絡め取りながら、バチバチと音を出してシシリア達の目の前に展開されていました。

そして驚きで目を見張る従業員たちの耳に、静かな静かな声が響いてきたのです。


「まったく……相変わらずだなジギダリス……。」


「……お前は!!」


寒々とした温度の無い声に、魔王はピクリと反応しながら驚愕の声を上げてきました。

周りにいた従業員たちも声の主を見て、驚きに固まっています。


「ニ、ニーナ?」


図書館長は、信じられないという顔をしながら命の恩人の名を呼んだのでした。

そこには、片手を前に翳し魔力によって生み出された風圧に髪を揺らしながら、不敵な笑顔で魔王を見つめているニーナの姿がありました。

ニーナは驚く館長には目もくれず、目の前の魔王に更に話かけます。


「300年前に、お仕置きをしたばかりなのに、反省していなかったようだなジギダリス。」


「貴様……。」


ジギダリスと呼ばれた魔王は、ニーナの言葉に怯みながらも忌々しそうな声で睨み返してきました。


「お前を封印した時に、この国に手を出したら次は無いと言っておいた筈だが、忘れたか?」


「ほざけ!!」


首を傾げながら挑発的に言うニーナの言葉に、魔王は怒りも露わに攻撃してきました。

しかし魔王の放った魔力の塊は、ニーナに届く前にパンと音をあげて呆気なく消えてしまいました。


「その程度の魔力では、私には効かんよ。」


片手で魔王の攻撃魔法をあっさりと消し去ったニーナは、淡々とした声で魔王に言ってきました。


「いつになったらお前は、その事を理解するんだろうな……。」


そして、呆れたような声で溜息を吐きます。


「う、うるさいうるさいうるさい!!貴様のせいで俺は!!」


魔王は天地が震える様な雄叫びを上げると、小さなニーナの元へ突進していきました。


「魔力がダメなら力技か?相変わらず進歩が無い……。」


周りの建物を破壊しながら図書館に向かってくる魔王に、ニーナは呆れたように首を振ると人差し指の先に小さな光の玉を作り、それをひゅっと魔王に向かって飛ばしました。

小さな光の玉は、こちらに突進してくる魔王に真っすぐに飛んでいきます。

そして次の瞬間、魔王は王国の外に見える丘まで吹き飛ばされていました。


ずうううんと、魔王が地面に叩きつけられる地響きの音が、こちら迄伝わってきます。

その威力に図書館の従業員たちはおろか、街にいた人々まで顎が外れたように口をパカッと開けて、目が飛び出るほど瞼を見開きながら固まっていました。

驚く人々の視線を受けながら、ニーナはツカツカと割れた窓の方へと近づいていきました。


「あ、危ない!」


そして、窓枠にギリギリまで近づいたニーナに、誰かが悲鳴のような叫び声をあげます。

制止の声にも動じず、ニーナはとんっと軽い音を立てて、まるで羽ばたく様に窓から離れました。


――落ちる!!


見ていた誰もがそう思い、思わず目を瞑ってしまいました。

しかし、いつまで経っても落下音が聞こえてこない事に首を傾げつつ、恐る恐る目を開けてみると――


――そこには、空中に浮遊するニーナの姿があったのです。


否、ニーナだった人物が立っていたのでした。

まるで透明な床でもある様に空中に佇むその人は、魔王が吹き飛んでいった場所を静かに見ていました。

そして、標準より背の低かった彼女は、今や手足がすらりと伸びた長身の大人の女性の姿に変わっていました。


燃え盛る紅蓮の炎を連想させる深紅の髪。

炎をそのまま閉じ込めたような、紅く煌めく二対の眼。

傷一つない陶器のように白い肌を持つ、整った顔立ちの美女がそこにいました。

美しい姿へと変貌を遂げたニーナは、ちらりと街の瓦礫の山を見下ろすと声をかけました。


「さあ勇者たちよ、まだ生きているだろう。そろそろ起きて魔王を倒してくれないかな?」


囁くように言っている筈なのに、周りによく通るその声は、瓦礫の下敷きになった勇者たちの耳にも届いたのでしょう。

瓦礫の山が揺れ出し、中から勇者たちが姿を現しました。

その途端、建物の影に隠れていた民衆たちから歓声が沸きます。

それを静かに見守っていたニーナは、空中に浮かんだまま勇者たちに手を翳すように振ると、瞬く間に勇者たちの傷が消えていきました。

自分の体が突然癒えたことに驚いていた勇者たちは、空に浮かぶニーナに気づいて声を掛けます。


「あ、貴女は!?」


「ああ、防御と治療は任せてください。あと援護射撃も可能です。勇者様たちは大船に乗った気持ちで思う存分あいつを倒してくれて構いませんから。」


勇者の問いかけを、まるっと無視してニーナは一息で言ってきました。

その内容に、勇者の側にいた聖女や賢者達は「自分たちの出る幕が無い……」と青褪めた顔で呟いています。

突然現れて助けてくれた挙句、こちらの質問に全然答える気の無いニーナに、勇者たちは冷や汗を流しながら呆気に取られていました。

しかし、その沈黙を破ったのは、やはりニーナでした。


「何してるんですか?早くしないと、ジギーが復活してしまう。」


「あ、あの……ジギーって?」


「ああ、ジギーはジギダリス……魔王の事ですよ。そんな事よりも早く攻撃してください。」


早くしろ!と急かしてくるニーナの態度に驚くよりも、魔王を愛称呼びしてきたことに度肝を抜かされる勇者たち。

ニーナは、そんな勇者たちに痺れを切らせたのか、彼等に手を翳すと、今度は空に浮かばせてしまいました。

飛行魔法の類は習得していなかった勇者たちは、いきなり空へと持ち上げられて、「わーわー」「きゃーきゃー」と騒いでいます。

そんな彼等に溜息を吐きながら、ニーナは浮遊魔法と飛行魔法を駆使して、勇者たちを魔王の元に連れて行ってあげました。


「待たせたな、ジギダリス。」


「…………。」


魔王は丘の上に倒れたままの格好で、やってきたニーナを半目で睨み付けてきました。


「その状態で、我と戦うつもりか?」


「そうだが何か?」


「…………。」


魔王の問いかけに、ニーナは当然とばかりに答えてきました。

しかしニーナの右手の先には、浮遊魔法で無理矢理連れて来られた勇者たちが、バランスを崩してわたわたしている姿がありました。

どこから突っ込めばいいんだ、と魔王が眉間に皺を寄せて唸っていると、ニーナが話しかけてきました。


「さて、そろそろ終わりにしようじゃないか?」


まるで悪役のような台詞を言ってくるニーナに、魔王も勇者たちもジト目になります。

そんな周りの様子に気づくことなく、ニーナは地上に降り立つと、まるで舞台の演者のように勇者たちを魔王の前に配置しました。

それは、どこからどう見ても魔王を追い詰め、クライマックスへと突き進む勇者たちの構図です。

まあ実際に本物の勇者なのですが正直な話、ここまで勝手にお膳立てされて、「さあやれ」と急かされても動けるわけがありません。

なんというか、その場の雰囲気やノリ?みたいなものが無いとアレですよね。

ちょっぴりお調子者の勇者でさえ、顔を青褪めながらチラチラと仲間達に視線を送り、助けを求めている程でした。

かくいう仲間達も、盛り上がりに欠け過ぎる場面からの仕切り直しな為、どこからどう始めればいいのか図り兼ねていました。

そんな勇者たちに痺れを切らせたのは、なんと魔王の方でした。

魔王は倒れている間に復活し、巨体を起き上がらせて勇者たち目がけて巨大な手を振り上げてきました。


「うっ!」


魔王の攻撃に、勇者たちは先程の敗北を思い出して足が竦んでしまいます。

固く目を閉じて衝撃に耐えようとしていましたが、勇者たちの耳に聞こえたのは、激しい爆発音でした。

地鳴りをも引き起こす轟音に、勇者たちが恐る恐る目を開けてみると、そこには既にボロボロになった魔王が居たのでした。

口を半開きにして呆気に取られる勇者。

何が起こったんだと、辺りを見回そうとしてハッと気づき背後を振り返ります。

同じく、魔王の惨状に目を丸くして驚いていた聖女と賢者たちの背後に、ニーナが降り立つ姿が見て取れました。

背後に突然降り立った、正体不明の女性に聖女と賢者達は恐る恐る振り返ります。

すると、ニーナだった者は静かな声で言ってきたのでありました。


「何をしてるんですか?さあ、魔王はもう瀕死の状態です。最後は貴方達がトドメを刺さないと困るんですよ。」


何が?とは怖くて聞けなかった勇者たちは、背後に立ったニーナに「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げると、己の武器を手に持ち無我夢中で魔王に攻撃をしました。

勇者と聖女と賢者の渾身の一斉攻撃のお陰で、見事魔王は討ち取られたのでありました。

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