第3話 魔王討伐

さて、図書館の仕事を卒なく熟していたニーナの耳に吉報の知らせが入ってきました。

なんでも魔王討伐チームが、とうとう魔王の根城に向かって出発するのだそうです。

この知らせに、国中がお祭りムードになりました。

もちろんシシリアは、討伐チームからの誘いは残念ながら無かったようです。


「全く、見る目無いわねぇ。」


落胆する取り巻き達を前に、そう言って強がるシシリアを横目に、ニーナは街の大通りで始まった討伐チームの凱旋パレードを図書館の2階の窓から眺めていました。

パレードでは、色とりどりの花や紙吹雪が舞い散り、豪華な馬車で大通りを練り歩く勇者一行を人々が祝福しています。

これから魔王を討伐しに行くというのに、もう倒したつもりなのか、勇者たちは笑顔で街の人々に手を振り応えていました。


国中が勇者一行に、期待と希望の眼差しを向けていると、その上空の空が突然フッと翳りました。

そしてみるみる内に、空全体が分厚い雲に覆われてしまったのです。

鉛のような色の雲は、中心で大きな渦を巻き時折、雷鳴のような音が聞こえてきました。

そして次第に風も強くなっていき、強風となって大通りに舞っていた紙吹雪を何処か遠くへ吹き飛ばしてしまいました。


「なんだ?」


「どうしたんだ一体?」


突然の空の変化に街の人々は、空を見上げながら不安そうな声を上げていました。

すると突然、城の向こう側に、ぬっと黒い人影が現れたのでした。

それは山のように大きく、そして真っ黒な人の型をしています。

そしてよく見ると黒い人影の頭には、大きな角が左右に一本ずつ生えていました。

更によく見ると、真っ黒だと思っていた体は黒い鎧に包まれていることがわかりました。

全身漆黒の鎧に身を包んだ巨人の顔をよく見ると、頬まで覆う兜の隙間から骸骨のような顔が覗いています。

さらには窪んだ目の中からは、仄暗く光を放つ不気味な赤い目がこちらを見ていました。


まるで、この世のありとあらゆる闇が集まった様な存在です。


そう、まるで伝承に記された魔王のような……。


「ま、魔王だーーーーー!!」


誰かがそう叫びました。

その途端、祝福ムードだったその場は一変し、人々の顔は恐怖で凍り付きました。

そして次の瞬間、大勢の人々が一斉に逃げ始め大通りはパニックに陥りました。


「うわっ。」


「押すな!押すな!!」


大勢の人が人を押し退け逃げ出したせいで、その波に巻き込まれ倒れて怪我をする人が続出しました。

更に魔力の高い者達は空を飛べるものは空へ、バリアを張れるものは無意識にバリアを作り出してしまい、近くにいた人を吹き飛ばしています。

恐怖で逃げ惑う人々を見ていた魔王が突然笑い出しました。


「くっくっくっくっ、相変わらず貴様らは腑抜けな生き物よ。我が直々に壊してやるから覚悟するがいい。」


そう言って魔王は、大きな拳を大通りに向けて振り下ろしてきました。

派手な音をあげて石畳の通路が破壊されます。

更にもう一撃。

しかし魔王が降り下ろした腕は、地面に届く寸前に何故かぴたりと止まってしまいました。


「これ以上好きにはさせん!!」


突然声が聞こえ魔王が驚き見下ろした先には、なんと勇者が剣で魔王の拳を受け止めていたのです。


「何者だ!?」


魔王の問いかけに、勇者は「貴様を倒すものだ!」と格好良く決め台詞を吐きます。

その姿に、逃げていた人々は足を止めて振り返り、勇者を応援し始めました。


「勇者様だ!!」


「勇者様負けるなー!!」


人々の声援に応えるように勇者は余裕の表情で笑いかけます。

すると、遅れて聖女や賢者、宮廷騎士達が勇者の元に駆け付けてきました。


「さあ、俺達には心強い仲間がいる!お前などには屈しはしない!!」


仲間が集まった事で、勇者は更に魔王に挑む様な表情で宣言してきました。

さすがの魔王も、この勢いに飲まれ少々たじろいでいます。


「ふん、大した魔力も持たぬ小童共めが!!」


魔王はそう叫ぶと、魔力を使い攻撃をしてきました。

突然、空に渦巻いていた雲から大きな雷が落ちてきたのです。

それは勇者たちに直撃し、仲間諸共吹き飛ばされてしまいました。

呆気なく吹き飛ばされた勇者たちは、壊れた瓦礫の下敷きになりピクリとも動きません。

遠巻きに見守っていた人々は、信じられない光景に悲鳴を上げました。


「に、逃げろーーーー!!」


「うわーーーー!!」


また阿鼻叫喚の悲鳴が街中に響きます。

その声をうっとりした表情で聞いていた魔王は、今度は違う場所に視線を向けてきました。


「くっくっくっ、まずは手始めに街を壊してから最後に城を攻撃するか。」


独り言のように呟くと、魔王は街の中で一際目立つ建物に手を伸ばしてきました。

そこは、ニーナ達が居る図書館でした。

2階のステンドグラスの嵌められた窓から、魔王がこちらに向かってくる姿が見えました。


「ちょ、こっちに向かってくるわ!!」


「いやーー!!」


図書館に居た人達は突然の事に、驚き泣き喚きます。

シシリア達は、余りの恐怖にその場にへたり込み動けず震えていました。

その間にも、魔王はどんどん図書館へと近付いて来ました。


「ニーナ、何をしているんです、逃げますよ!」


背後で図書館長様が、腰の抜けたシシリア達を立ち上がらせながら、ニーナを呼んできました。

しかし、図書館長の声も虚しくニーナが立つ2階の窓には既に魔王が辿り着いていました。

巨大な顔が窓から中を窺っています。

窪んだ大きな孔から覗く暗い光がニーナ達を捕らえました。


「消えろ!」


魔王は無慈悲にも躊躇う事無く、図書館の窓に向けて魔力で作り出した光の玉を放ってきました。


「きゃーーー。」


「いやーーーー!!」


逃げ遅れた人々は、恐怖で叫びます。

しかし、待てども待てども衝撃は来ず、しかも建物も壊れる気配がありません。

図書館長たちは恐る恐る目を開けると、目の前の光景に目を見張りました。

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