17・園遊

 アレックス、元気にしていますか。こちらは皆変わりなく過ごしています。

 少尉に昇進したと聞いています、おめでとう。しっかりやっているようで安心しました。

 誕生日に何を贈るか悩んだのだけど、尉官昇進したと聞いてあなたのお父様の使っていた時計を贈る事にしました。

 古いものだけど、長い間ジルと共に戦った時計です。きっとあなたの事を護ってくれるはずです。

 こちらの事は心配せず、あなたは今できる事を精一杯頑張って。

 私の愛しい子へ―――誕生日おめでとう、母より


 懐かしい母の流麗な字でしたためられた手紙をそっと閉じる。

 小さな包みのリボンを解いて中身を確認すると、そこには古い懐中時計が入っていた。

 それを手にしてみると、文字盤に被さった蓋には細かい傷がたくさんついている。裏返してみると、明らかに刃物で切られたのであろう傷が、時計の端から端まで通っていた。

 父であるジレッドは、戦場で王を護ってこの世を去った。

 戦地での混乱の最中失われた父の私物はあまりにも多く、亡骸とともに還って来たのは身につけていたこの時計と父の使っていた剣だけだったと聞いている。

 剣は戦死者墓地の眺めの良い場所にある墓碑に埋められている。だからこれは、母が持っていた唯一の父の形見だった。

 軍人として最愛の夫を亡くした母の子である己までもが軍人になってしまった。父のように戦地に赴く訳ではないけれど、この先何があるかはわからない。軍に身を置いた以上はいつも死と隣り合わせだ。

 きっとあなたの事を護ってくれるはずです、と手紙に綴った母の想いが、アレックスの胸を締め付けた。

 時計を両手で握りこみ、うつむいて額に当てる。シャラ、と時計につながっているチェーンが手の中で動く。

 記憶の中にあるのは、ゴツゴツした厚い剣ダコのある父の大きな手だけだ。父は忙しい人だったから、母と結婚してからもほとんど家には居なかった。だからアレックスも父の手以外の記憶がない。没後、英雄として描かれた姿絵を城内のどこかで幼い頃に一度見た事はあるが、その時もどこか遠い人のようで、それが父である実感は沸かなかった。

 それでも、今まであの手を目指してきたのだ。父亡きあと自分を守って生きてきた母を守れるように強くなりたかったから。

 ―――大切にします、母上。

 時計をテーブルの上に置いて、他の包みに手を伸ばす。

 ローゼンタールの本邸から届いた包みの中身は、剣を吊るす黒革のベルトだった。軍の支給品にも剣帯は付属していたが、少々使い勝手の悪い代物だった。さすがに軍籍に身を置く一族とあって分かっているな、と思う。公爵位を継いでいる一番上の伯父が、二番目の伯父に言われてローゼンタールが長年取引きしている革細工商に作らせたのだろう。馬の鞍や武器の鞘に始まって、軍人は革製品と縁が深い。

 シノン本邸から届いたのは、ローゼンタールとは真逆の物だった。包みの中身はあろうことか化粧道具だった。複雑な気持ちでそれを見つめて苦笑する。

 添えられたカードには、伯母の手によるはっきりとしたお手本のような字で「いつか必要になるかもしれないから」と記されていた。

 今の自分には必要になる日が来るとは思えないが、それでも伯母からの贈り物だ。ありがたくもらっておくことにする。

 食事の用意ができたのだろう、近づいて来たサラが、机の上に置かれたメイクボックスを見て顔を綻ばせる。

「まぁ、お化粧品ですか。素敵ですね」

 他の物よりも真っ先にメイクボックスに反応する辺り、サラはやっぱり女性だなと思う。

「いつか必要になる日なんて想像もつかないけどね」

 そう言って困ったように笑って見せると、サラも困ったようにしている。

「どうかした?」

 訝しんで尋ねると、一瞬迷ったような顔をしてから、お仕着せのポケットから小さな包みを取り出した。

「あの、アレックス様にこちらを」

 恥ずかしそうに差し出した小さな包みを受け取る。

「開けてもいい?」

「はい。本当はこんな安物、アレックス様には失礼かと思ったのですけど」

 包みの中から出てきたのは、丸い小さな缶に入った蜜蝋のクリームだった。

「王宮に出入りしている商人が侍女の好むような物を売ってくれるんです。ハンドクリームとか、髪留めとか、お菓子とか。アレックス様は屋外にいらっしゃることが多くて唇が荒れてらっしゃるのが気になって」

 荒れているというなら、手の方がよほど荒れているが、ハンドクリームなど塗ったところでなんの気休めにもならないことを理解しているのだろう。

 サラの言うように、金額で考えたらささやかなものかもしれないが、多くない給金から自分の事を考えて買い求めてくれたのが嬉しかった。

「嬉しいよ、本当にありがとう。大事に使う」

 家族以外からの贈り物があるなんて、家を出るまでは想像もつかなかった。

 ささやかな幸せで胸がいっぱいになって、サラに向かって微笑む。

「はい」

 嬉しそうにサラが笑い返したその瞬間、小さい子供を窘めるようなキミーの声がかかる。

「そろそろお夕食を召し上がって下さいませ」

 二人は顔を見合わせて、首をすくめて笑いあった。

 料理が温かいうちに食べなくては。アレックスは食卓に移動すべく席を立った。



 月日は瞬く間に過ぎた。アレックスの誕生日から二ヶ月後、季節は春を迎え後宮の庭園にとりどりの草花が咲き乱れている。

 アレックスはこの二ヶ月の間も、軍の訓練と割り当ての警備の任に勤しんでいた。

 朝、いつものように隊服を身にまとって剣を腰に吊る。誕生日に受け取った剣帯のおかげで身につけやすく、そして動きやすくなった。

 形見の懐中時計のネジを巻くのも毎朝のルーティンに加わった。手にしたそれを懐にしまい、準備を整えて部屋を出る。

 ここのところ、師団への道を歩くだけでも汗ばむ日がある。まだ早い時間だからだろうか、今日は幾分か気持ちの良い風が吹き抜けていた。

 いつも通り先に師団事務所に向かう。士官候補生だった頃とは違って、訓練日でも自分の仕事の割り当てがある。

 上等兵の訓練指導であったり、夜間警備の割り当て区域の確認であったりだ。

 上官からの指示を仰ぐために師団事務所に顔を出すと、ユーゲント中佐がそこにいた。

 他にもちらほらと佐官、尉官の姿がある。

 誰にとも向けずおはようございます、と挨拶をすると、中佐の視線が自分に向いた。

「アレックス、おはよう」

「おはようございます」

 近づいて来るユーゲント中佐を、業務連絡だろうと予測して待っていると、少々変わった任がもたらされて戸惑う。

「三日後に後宮で王妃リカチェ様主催の茶会がある。正妃候補全員と、側妃エリーゼ様、第二王子のサルーン様もいらっしゃる。参加人数も多いし、正妃候補全員参加というリカチェ様のご要望もある。ただ、君は正直なところ微妙な立場だから、殿下が隊服を着て警備の一員として参加させろとおっしゃってね」

 なるほど、とアレックスは納得した。

 正妃候補全員参加という事は、自分もそれに含まれる。だが、他の正妃候補との交流を強要しないという約束を交わしているから、どうしても気がのらなければそれを盾に突っぱねる事も出来なくはない。

 ただ、そこに王妃や側妃、第二王子が絡んでいるのだとすれば、それを蹴るのは賢いやり方とは言えない。

 警備としてでも一応参加するなら王妃の要望に添う事になるし、他の令嬢との交流も避けられるから、こちらとしてもありがたい。

「わかりました」

 アレックスが頷いたのを確認して、ユーゲント中佐は口を開いた。

「当日は自室から直接向かって構わないから。現地で警備責任者の近衛に持ち場は確認して。それと、このあとは会議室で軍略の講義だよ」

 体を使って戦う事だけが士官の役割ではない。過去の戦略を元に、地図を使って地形や気象条件を取り入れながら、布陣方法や進軍先を議論するのも大切な仕事だ。

 わかりました、と再び返して、アレックスは会議室へ向かった。

 会議室の中に入ると、すでに数名の尉官が座っている。

 地図を囲む必要があるから、中央に大きめの卓が置いてあり、それを囲むようにして席が配置されている。

 壁際の奥まった場所に、かつて試合をしたイルキスが座っているのが見えた。

 ここでも、誰に対してともなく挨拶をして、アレックスもまた壁際の離れた席を選ぶ。扉に近い場所は 上位者に譲るのが暗黙の了解となっている。講義中も、上位者になればなる程呼び出される確率が高くなるからだ。

 イルキスとはあれ以来直接話してはいないが、特に嫌な視線を向けられるような事もない。彼にどんな心境の変化があったのかはわからないが、気不味い空気にならないでいるのは正直なところありがたい。

 慣れているし、覚悟もしているが、実際にそうなったら気を使って疲れるものである。

「よう、アレックス」

 席に座って一息ついていると、見知った顔が近付いてきて自分の隣の席にどっかりと腰を下ろす。

 金色の短髪に赤茶色の瞳。軍籍にある他の者同様にがっしりとした体躯をしている。元々は白めなのだろう肌は日焼けして、野性的な雰囲気の整った顔立ちをしている。これは女性が放って置かないだろうな、と思わせる端正な横顔だ。

 昇進してしばらくしてから共にこなした夜間警備の任の後から、なぜか親しくなってしまった尉官で、名をセーラム・ファンデルという。階級は中尉だからアレックスにとっては上官になる。

「おはようございます、ファンデル中尉」

「お前リカチェ王妃の茶会に出るんだって?」

 正妃候補だということは既に師団の人間には知れ渡っているし、特に隠してもいないが、それにしても情報が早すぎるだろう。

 中佐との会話を漏らした奴がいるな、と心の中で思う。

「出るって言っても警備でですよ」

「まー、それはそうか。こんな胸ぺったんこだとドレスも映えんわな」

 受け取り様によっては性差別を思わせる内容だが、セーラムはいつもこんな調子である。明け透けな物言いだが、さっぱりした性分らしく裏がない。

 女性相手ならともかく、男ばかりの世界の日常会話など下品なのが通常進行だ。

 アレックスも、セーラムが自分を男として扱っているのがわかるから、それにいちいち腹を立てたりしない。

「ドレスどころかスカートの一枚も持ってないですよ」

「マジかよ、お前スカートは一枚くらい持っとけって」

「どうしてです?」

「年末の宴の余興で使うのに俺が借りられないだろ?」

 セーラムのゴツい体格でスカートを身につけているのを想像してしまい、アレックスは思わず吹き出した。

「ぶはッ……私が持ってても中尉だと履けませんよ」

「まぁッ、アレックスったら、アタシがデブだって言いたいのッ」

 冗談めかして取ってつけたように女性的な物言いをするセーラムに笑いながら、彼の頭から座っている腰元までをわざと眺めて口を開く。

「もうちょっとクビレがないとダメですね、そんな筋肉ゴリゴリの寸胴じゃねぇ」

「このやろう、お前もくびれてねぇだろうが」

 しばらくそうして冗談を言い合っている間にも、講義を受ける尉官と講師役の佐官数人が入室してくる。

 佐官が名簿を確認し始めたのを機に、ざわめいていた室内は静かになった。

 二人も口をつぐんで姿勢を正す。出欠確認の名の読み上げが始まった。

 


 茶会の日がやってきた。自室から直接会場となっている後宮の庭園に向かうと、近衛の隊服に身を包んだ一団がいるのを確認する。臙脂色の隊服は遠目からもよくわかる。

 近付いて現場警備の指示を出していた近衛に声を掛けたら、話はきちんと通っていたようで、今日はシャルシエル・アレトニア公爵令嬢の傍についていろ、との指示を受けた。ただ傍に控えているだけで良い、と言われたので、正妃候補が集まるのを待っている。困った事に入宮してから他の正妃候補たちとの接触を避けてきたため、シャルシエル嬢の特徴が分からない。

 外見の特徴を問えば、小麦色の長い髪に、空色の瞳を持つ方だと言われたので、会場で慌ただしく動き回る侍女や近衛の邪魔をしない庭園の入口が見える場所に立っていた。

 やがて指定の定刻に近い時間に令嬢たちが集まり始め、女性近衛を連れた王妃リカチェであろう成熟した女性もやってきた。王妃の髪はあの王太子と同じ黒髪だった。

 その後に続いて、おそらくシャルシエル嬢と思しき女性も侍女を伴ってやってくる。

 その日限りの護衛の任を受けただけ。まして近衛でも無ければ士官としては最下位である。あまり近付いて近衛然としているのも何か違うような気がして、問題が起これば動いて庇う事ができる程度の距離を開け、気配を断って後背に立った。

 そして初めて思い出したのだ。冬の朝、内宮へと抜ける通路脇の庭園にいた彼女の事を。

 あの時印象に残った美しい小麦色の髪が目の前にあった。

 あの日見かけたのはこの令嬢だったのか、と。そして、その名を頭の中で反芻して気付いてしまった。アレトニアの家名を持つ者は王家にしかいない。つまり、この目の前の令嬢は王弟アルフレッドの娘ということになる。

 少し遅れて、もう一人王妃と同年代の女性が、まだ成人前と思しき小柄な少年と女性近衛を伴ってやってきた。

 おそらく側妃エリーゼとその息子―――第二王子サルーンだ。

 第二王子を間近に見て思うのは、あの王太子とは驚く程に似ていない、という事だ。

 母親が違えば当たり前なのかもしれないが、色素の薄いプラチナブロンドを持ち、瞳の色はアメジストを彷彿とさせる薄い紫。肌は白を通り越していっそ青白いほどで、病弱と漏れ聞こえてくるのに頷ける程華奢だった。第二王子は側妃エリーゼの髪と瞳を受け継いだのか、傍らの母によく似ている。

 背が高く、広い肩や長い手足を持ち、鍛え上げられ騎士として羨ましいくらいの体躯を持つ王太子とは真逆だ。王妃と同じ色の髪をしているからか王太子は全体的に黒い印象で、第二王子は白い印象だ。

 全員が定められた場所に着席したのを確認して、王妃リカチェは口を開いた。

「皆さま今日はお集まりくださりありがとう。前後宮の主人として、遠方からはるばる後宮に入られた皆様に心ばかりのおもてなしをできればと、今日の席を設けました。後宮という場所では皆様お心に色々とおありでしょうが、今日はそれを忘れて楽しんで下さいませ」

 王妃がそう口火を切ったのを皮切りに、表向き和やかに茶会は始まった。

 アレックスはそれを、少し離れた場所から冷めた目で見つめる。

 果たして王妃の言葉がどこまで本心なのかは分からない。正妃を決めるのは王太子自身とはいえ、将来の嫁を見定めておきたいという心理が働いているように思う。

 そこに側妃と第二王子まで同席させるのだから、趣味が悪い。王妃の権限は後宮では絶大で、茶会の招待を側妃が拒否する事などできるはずもない。あくまで正妃候補のもてなしなら側妃と第二王子の出席は必要なく、そこに透けて見えるのは、後継は自分の息子である、という牽制だ。

 先の後宮で不幸な事があったのは知っているが、その後宮が解体されてなおその当時の諍いを引きずっているのだとしたら、相当根深いものだと言わざるをえない。

 すでに王太子として後継指定されているのだから、カイルラーンの立場は盤石なはずなのに、それでもそれが脅かされる不安があるのだろうか。

 なかなかにドロドロしたものを見てしまった気がして、アレックスは胸の内でげんなりする。

 心を殺して雑談を耳に入れぬように勤めながら、表情を変えずにその場に立っていると、どこからか視線を感じる。

 令嬢たちからはどこの領の出身だとか―――つまりはどこの家の者かということだが、年齢がいくつだとか、そんな他愛もない話をしているのが聞こえて来る。結局その会話の内容もマウントの取り合いのようで、聞きたくなくとも耳に入る会話に心底嫌気がさした。

 拾いたくない音を拾いながら、どこからの視線かと首は動かさず瞳だけで探ると、移動した視線の先でアメジストの瞳と目が合う。

 じっと見つめてくるその視線は、会話に入ることもなく側妃の隣に座っていた第二王子サルーンのものだった。椅子に座っていると、周囲の人より目線が低いので、第二王子からの視線だと気づくのに時間がかかってしまった。

 今さら視線が合わなかったことにもできず、かと言って笑いかけるのもおかしいので、警備上警戒していただけですよ、という顔をして視線を反らした瞬間だった。

「お母様、あそこにいるのは女性なのかな? 男性なのかな?」

 心底不思議そうに、きょとんとした表情を浮かべて、傍らに座る側妃に問いかけている。

 アレックスは厄介な事になったな、と内心で思いながら、それをあえて聞こえなかった振りをした。顔色を変えず、顔も動かさず、視線だけを遠くへ流す。

 第二王子の言葉に、ふふふ、とどこからともなく笑う声がする。

「ロゼアベイユ……あの方もお兄様の正妃候補のお一人でいらっしゃるのですよ、殿下」

 その声は確かに、目の前に座っている小麦色の髪を持つ令嬢―――シャルシエルから聞こえた。

「薔薇園の蜜蜂? ですか? 正妃候補でいらっしゃるのに、軍人なの?」

 今やすべての会話は止み、その場にいる女性たちの視線が一斉に自分に向けられたのが分かった。

 第二王子の疑問は無理もない。少数だが女性の軍人もいる。ただし、それは近衛にしか存在しない。女性近衛は白地に濃紺の縁取りの隊服を着ている。見るものが見れば、隊服の色でどこに所属しているのかがわかってしまう。緑の隊服は男性騎士しか着用しない。つまり、男性騎士が王太子の正妃候補であるという解釈になってしまう。

「あの方は、女性と男性、両方の性質を持っていらっしゃるのですよ、殿下。そうですわよね? アレクサンドル様」

 くるり、と振り返ったシャルシエルの水色の瞳が、面白そうにアレックスの瞳を覗き込む。

 ただ警備要員として傍らに立っているだけで良かったのではないのか、と腹の中で不満を漏らす。

 名指しで声をかけられては仕方がない。

「それは間違いだと申し上げておきます。正しくは、女性と男性、どちらの性質も持ち合わせてはいない」

「あら、難しいことをおっしゃるのですね。どちらもそう違いはないようにおもいますけれど」

「どちらも持っているのなら今すぐにでも選べる。どちらも持っていないから、こんな厄介な事になっているのですよ」

 男として軍に身を置き、女として正妃候補になっている。

「あら、それは失礼いたしました」

 そう言って艶やかに笑んだシャルシエルは、アレックスの目から見ても美しい。

 彼女はまた、こちらに背中を向けた。

 会話の内容がよく理解できないのだろう、サルーンは釈然としない表情をしながらも、そうなのですね、と呟く。

「それで、ロゼアベイユとは?」

 サルーンの疑問は、アレックスも気になっていた所だ。

「こんなにお美しくていらっしゃるのに、アレクサンドル様は騎士としてお強くていらっしゃるのです。剣を振るう姿がまるで蜜蜂のようだとか。騎士としては小柄でいらっしゃるから、薔薇園……後宮の蜜蜂、と。ローゼンタール家の方ですから、家名にも掛かっているのでしょうね。言い得て妙な二つ名ですわね」

 知らぬは本人ばかりなりというが、そんな二つ名がついていたなどと今初めて知った。

 正直な所、嬉しい二つ名ではないな、と思う。少し前によく聞いた半分姫よりはマシかもしれないが。

「かっこいいんですね」

 少年のいたいけな瞳が、きらきらしく自分を見つめているのに頬がひきつりそうになる。

 どう聞いても揶揄されている二つ名に、格好良いもへったくれもないだろうと、アレックスはまた腹の中で苦虫を噛み潰した。

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