少し先の未来

きと

少し先の未来

 ある日突然とつぜん、俺は少し先の未来が見えるようになった。

 ふとした時、景色が切り替わり、自分の身に起こる出来事が見えるようになったのだ。

 最初に見えたのは、三か月ほど前だろうか?

 始めは、自分が段差につまずいて転ぶ景色が見えた。その時は、なんだこれは、と戸惑とまどったものだ。しかし、そのおかげで自分は転ぶことはなかった。

 それ以来、いろいろな未来が見えるようになった。

 忘れ物をして家に戻る未来。

 仕事でミスをして怒られる未来。

 自動販売機であたりを引いた未来。

 道端で小銭を拾う未来。

 自分でも、いつ、どこで、どんな未来が見えるのかは分からなかったのは、不便ではあったが、それ以上に利益はあった。

 未来が見えている時には、ぼーとしているように見えることも悩みの種ではあったが、この力のおかげで、多種多様なハプニングを回避することができた。

 いつしか、それが日常になり、自分の中で当たり前のことになっていた。

 なぜこの力が、自分に宿ったのか?

 当然、俺は疑問に思った。

 でも、その答えを知る人などいるわけがない。

 そもそも少し先の未来が見えるようになった、と言って信じる人などいないだろう。

 いろいろと疑問は残るが、俺はこの力を使った生活を謳歌おうかしていた。

 もしかしたら、都合よくその瞬間になって未来が見えるかもしれないと思い、宝くじを買ってみたこともあったし。

 もしかしたら、気になっている女の子と仲が進展するのか知ることができると思い、その女の子と積極的に連絡を取ったこともあった。

 人によっては、未来が見えるなんてつまらないと思う人もいるのかもしれない。

 だが、俺は言いたい。この力を使った生活も悪いものではない、と。

 誰でも、嫌なことは回避したいものだし。

 誰でも、良いことが確実に起こると知ることができれば、いい気分になれるだろう。

 確かに、何が起きるのか知ってしまうことはつまらないかもしれないが、約束された未来というものは、非常に安心感がある。

 良いことに対するドキドキは減ってしまうかもしれない。

 だが、悪いことが起きるかもしれないという嫌なドキドキは、ある程度無くなって、気分が落ち込むことはなくなったのは、良いことだろう。

 少なくとも、俺はこの生活に満足していた。

 でも、ある時から、少し先の未来が見える頻度が多くなってきていた。さらに見える時間も長くなってきているのだ。

 最初に未来が見えた三か月前には、三日に一度見えるか見えないか、というくらいで、見える時間も一分くらいのものであった。

 だが、ここ一か月、一日に何度も未来が見えるようになってきて、時間も五分を超えることも多くなってきたのだ。

 ここまで頻度になると、流石にうっとうしく感じる。

 時間も長くなったおかげで、仕事中も手が止まること多くなってきていた。

 その見えた未来が、何かの役に立てばいい。でも、何の変哲もない日常の一コマが見えると、正直言って見えなくてもいいのにな、と思ってしまう。

 そして、直近の一週間。

 今見えているのが、今のことなのか、それとも未来の景色なのか。

 その区別がどんどんつかなくなってきている。

 日常がどんどんと侵食しんしょくされていき、世界がくるっていく。

 今、朝飯を食べているのは、未来のことなのか?

 今、仕事に行く準備をしているのは、未来のことなのか?

 今、職場で歩いているのは、未来のことなのか?

 今、トラックが自分に突っ込んでくる、この景色は。

 今実際に起こっていることなのか、未来なのか。

 どっちなんだ?

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少し先の未来 きと @kito72

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