第29話

弔いを終え、昨晩と同じように風呂でにおいを落とす。

借りた作業着のおかげかにおいは数分で落ちてくれた。


 「じゃあ俺は散歩に行ってくるから」


 「うん。行ってらっしゃい」


部屋に帰らずそのまま入口へと向かう柊馬を見送る。

灯台付近の海岸は砂浜になっており景色が良い。

学校がなければ海で遊びたいのだが、残念ながら本日は登校日だ。


 「いずみ君はどうするの?」


 「僕はちょっと休んでから部屋に戻るよ」


 「そうか、昨日今日は疲れたもんな」


そう言うと委員長は水を一本渡してくれる。

こういう気遣いが自然にできる人になりたいと彼を見てると思う。


「じゃあ先に部屋を片付けているからな。落ち着いたら帰って来いよ」


委員長が軽く手をあげ、その場を立ち去る。

一人残された僕は休めそうな場所を求めて館内を歩き始めた。



ちょうどよさそうな縁側を見つけそこに腰かける。

日当たりが良く、景色もいい。遠くに雨宮さんと歩く柊馬の姿が小さく見える。

もらった水を一口飲み、心を落ち着けてからノートを取り出す。

明るいところで見ると汚れてはいるが外観は汚れているが、大きく破損しているような箇所はなかった。


 「…開くか」


恐る恐る表紙をめくる。ノートの内部は大きく裂けており、意図的に破いたようなページがほとんどだった。


 『正しい情報を残すため、不必要と判断した個所は処分した。

  彼女の最後が、誰かに伝わることを願う。』


最初のまともに残ったページにはこう書かれていた。

このことを信用するのであれば、敗れているページは気にせずに読み進めてよいのだろう。

ページをめくり、次のまともなページを探す。


 「これは…人の絵?」


見開き半ページを使って気味の悪い絵が描かれている。

着物のような服装を着た人型の前に、格子状の線が多く書かれている。

端の方には矢印とともに彼女、おり、と書かれている。

そのページの裏にはこう書いてあった。


 『彼女の名前を忘れてしまった。ここは暗すぎる。思いだ

  だすためにも何が現実で何が幻か考えなければならない。』


文字はところどころ重なっていたり、ページの端まで行き過ぎて見切れている部分がある。

読みづらいが、それだけに必死感がある。もしこれが冗談ならずいぶんと手が込んだ冗談だろう。


 『彼女と会ったのは確か年の暮れだった。取材の途中で

  雨に降られ、土砂降りの中立ち尽くす彼女を見かけた。

  その時、彼女とは少しばかり話をしたと思う。それは他愛

  もない話ではあったが、その時とうぎょうさいの存在を

  知った。』


土砂降りの中立ち尽くしていたのか。そういえばそういう話を昔聞いたことがあるような気がする。あれは確か、ましろと三船さんからだったはずだ。

そのことを思い出した時点で、脳内に嫌な想像が忍び寄ってくる。

きっと何かの間違いだろうと、不安をかき消すようにページをめくった。


 『とうぎょうさいは成人のぎとは別の祭事だった。

  成人のぎが終わると島民はとうぎょうさいをはじめる。

  そのときみたのは、たいまつをかかげながられつになって

  歩く人たち。その中心に彼女がいた。』


思わず目を見開く。

昨晩おばさまは成人の儀のことを冬暁祭と言っていたはずだ。

それが違うというのはどういうことなのだろうか。

しばらく頭をひねってみたが、そもそも成人の儀とは何をするのかを知らない以上考えたところで仕方がないことに気づいてしまった。

仕方がないので気を取り直してページをめくる。


 『おりは鍵がかかっているわけではなかったはずだ。

  それらしいものは見あたらなかった。ただ、力まかせで

  あかなかった。

  もう手遅れだった。僕には君を助けられない。

  見つかってここに逃げこんだ。どうやらそのころから

  頭がおかしくなったらしい。あんな、さくらははじめてだ。

  これが現実なわけがない。でも、彼女は現実だ。幻ならよ

  よかったのに。』


あんなさくら、頭がおかしくなったと錯覚するような奇妙な桜ということだろうか。

桜、もしくは桜と見間違うような植物か。ぱっと思いつくのはアーモンドやスモモの木だが、それらも決して奇妙というほどの見た目はしていなかったはずだ。

それに、この島の班別学習では植物についてのまとめは多くやっている。

奇妙な植物があるのであれば真っ先に取り上げられるだろう。

では本当に頭がおかしいのか?

しかしそうなると、どこからどこまでが現実で、どこからどこまでが妄言なのだろうか。

もやもやしながらページをめくる。先ほどのページより先は一枚を残して破り取られていた。

最後の一枚。最後の言葉。

一度深呼吸を挟み、心を落ち着けてから目を通す。


 『思い出したので、書く。彼女の名前はなつみ。

  とうぎょうさいはいけにえを捧げるわけではない。

  いけにえを作る儀式だ。

  彼女たちの運命は、まるで桜のようだ。』


背筋に冷たいものが触れる感覚がする。

なつみ…三船夏美なつみ

視界が中心に向けて黒に染まっていく。


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アオイサクラ 朝日 空 @wasurena0807

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