第28話

居間から客間へと帰る途中、落ちかけた瞼をこすりながらふらふらと歩く少女と遭遇する。


 「起きちゃったか。結構大きかったもんね、さっきの音」


駆け寄る一ノ瀬さんに寄りかかるようにして倒れ込む。


 「うーん、私じゃ持てないし、柊馬運んであげて。部屋まで連れて行ったらそのまま自分の部屋帰って寝ていいから」


 「おう、任せろ」


そう言うと柊馬は雨宮さんを軽々と抱え上げ、お姫様抱っこで歩き出す。

 「それじゃあ、俺は今日の洞窟のことを明日のためにまとめるから。できればいずみ君にも手伝って貰いたいんだけど、いいかな?」


 「もちろん」


 「あ、私も手伝います」


どうやら真白も手伝ってくれるようだ。これならすぐに終わるだろう。

現在時刻が十二時を回るところなので、目標は一時、遅くても二時には寝床につきたい。

思いのほか集まった人手に委員長は満足そうに頷く。

こうして僕たち三人は「怪物洞窟」についてまとめることになった。



洞窟での出来事をまとめ始めて三十分程が経っただろうか。

僕たちの手は一向に進まず、未だ目標の文量の三割にも届いていなかった。


 「なあ、音の正体ってどういう風に書いたらいいんだ?空洞から空気が入り込んでましたって書いたら一行行かずに書ききっちゃうんだけど」


委員長がほとんど真っ白な紙を睨みながら聞いてくる。


 「そりゃあ、「音の正体は何か。我々の予想では未知の生物が生息していると考えていた。しかし、その正体は洞窟内の亀裂から空気が入り込んでいることだったのだ!」みたいな感じで適当に伸ばすんだよ」


委員長の質問に適当に考えて返す。そんなことよりも任された挿絵の方が問題だった。

真っ暗闇の洞窟の中に絵にできるものなんて一つもない。

いや、ないことはなかったのだが、骸骨なんか書いていいわけがない。

むしろその光景が鮮明に残りすぎて他の絵など書けるような状況ではなかった。


 「挿絵は懐中電灯で照らしながら洞窟を歩く私たちでどうでしょうか。人間を影にすれば懐中電灯との明暗の差でわかりやすい絵になると思いますよ。ほら、こんな風に」


ましろがアドバイスとともに軽く書いた挿絵を見せてくれる。

一目で洞窟を歩いていると分かるそれは自分の絵の数倍上手く、そのまま採用したいくらいだった。


 「ましろは…コピーで悩んでるのか」


 「はい。なかなか良いものが思いつかなくて…隙間風になんてルビを振るべきだと思いますか?」


そう言ってメモ用紙に書いたコピー案の一つを見せてくる。

「悪魔の隙間風」と書かれたそれはあまりいいとは思えず、他の案も見せてもらったがどうやら隙間風という言葉を使うことに固執しているようだった。


 「例えば、「怪奇!?謎の呻き声の正体は隙間風だった??」とかどうだろうか」


委員長がぼんやりとした目で呟く。

確かにましろのそれよりもはるかに頭に残る。


 「そういう風にすればいいんですね。ありがとうございます」


ましろが委員長の案をメモ帳に書き写し、その他のタイトルにあたるものを考えようと再び頭をひねる。


 「あのさ、これ担当を一つずつ交換したらいいんじゃない?」


ふと思ったことを提案してみる。


 「そうだな。どうして気づかなかったんだろうな」


 「確かに言われてみればそうですね。全然思いつきませんでした」


二人は心底不思議そうに答えると、三人は無言で紙を交換した。

皆疲れすぎて脳が働いていないのだ。

仕事を交換してからはものの数分でまとめ終わることができた。今までの時間は何だったのかと一瞬思ったが、もはやそのことを考えるほどの気力もなにもなかった。

その日僕たちは泥のように眠りについた。



翌朝、午前五時。僕たち男三人は埃臭い作業服に、ビニール手袋といった服装で洞窟の中にいた。

目の前に横たわる仏様に手を合わせ、丁寧に骨を拾うとビニール袋に詰めていく。

改めて見るとあまりにも非現実的な光景に対し、恐怖心など微塵も抱かなかった。

その骨の配置から、抵抗した後などは見て取れず苦しまずに逝けたのではないかと想像する。この人が知ってしまった秘密が何なのか、この場で教えてくれたらどれだけよかっただろうか。

誰も一言も発さずに死体を袋に詰め終える。

さすがににおいだけは慣れないが、昨日の今日で幾分楽になった。


 「あとは荷物の整理か…」


柊馬がリュックを照らす。荷物は最低でも燃えるものと燃えないものに分けなければならない。何が出てくるのか、開けるのも恐ろしいがそのままにするわけにもいかない。

立ち上がり、リュックの元へと歩いて行く。


 「二人はいったん外に行ってていいよ。荷物整理くらいならやっておくから」


正直言って二人はだいぶ具合が悪そうだ。具合の悪さで言えば僕も相当きているとは思うが、一周まわって平気なところまできていた。

僕はリュックを開き、燃やせるもの、燃やせないものに分けていく。

分け始めて気づいたが、彼はずいぶんと身軽であった。

重そうなリュックの中身のほとんどは三脚などの道具であり、他には財布など必要最低限の物しかない。

昨日から気になっていたノートを別のビニール袋に分け、持ってきた鞄にしまう。

カメラマンならカメラもあるだろうと思ってはいたが、肝心のカメラは大きく破損しており、記録が残っている様子はなかった。

分別はほんの数分で終わり、まとめたそれらを運び出せば後は終わりというところまで来た。

まとめた荷物をちょうど帰ってきた二人と分け合い、協力して持ち帰る。

遺体を含めてたった一往復で済んでしまったそれは、身軽で潔いと捉えるべきだろうか。

もし僕が死んだとして残せるものはどのくらいあるだろう。

果たして彼よりも多くの物を残せるのだろうかと、あまりにも軽い荷物を抱えながら思い耽った。



洞窟を出て、堰を切ったように胃酸が逆流してくる。

止めることもままならないまま海岸へとそれをぶちまけた。


 「大丈夫か?」


 「…うん。休めばすぐに良くなると思う」


委員長に背中をさすられながら近くの岩に座り込む。

大丈夫だと思ってはいたが、体は全然大丈夫ではなかったようだ。

おばさまがドラム缶に火をつけ、骨を放り込む様子を遠目で眺める。

それと一緒に私物も燃やされていく。

思えばこの二日、いや、時間にしたら一日にも満たしてないだろうがずいぶんと長い二日だった。

始めて見た死体、そしてそれが焼かれるところを生で見る。

代え難い経験ではあるが、それを経験せずに生きる人だっているだろう。

知るほうが幸福か、知らない方が幸福か。

少なくとも僕は、知らなければよかったと思っている。

死んだら何も残らないだなんて、あまりにも悲しいことではないかと、そう思ったのだ。

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