第27話

夜ごはんも終わり、時計は23時を過ぎていた。

僕と委員長、柊馬はこっそりと部屋を抜け出し雨宮のおばさまのいる居間へと向かう。


 「って、なんでお前らもいるんだよ」


 「考えることはみんな同じってことよ」


居間の扉前で一ノ瀬さんとましろと出会う。


 「日菜ちゃんはおいてきたんだな」


 「まあおいてきたっていうより熟睡してるから起こしちゃ悪いかなって。今日は大変だったからね。だからさっさと要件を済まして帰ってあげたいわけよ」


委員長と一ノ瀬さんが目線だけで意思を交わせ、ゆっくりと扉を開く。

サッ、サッと子気味良い音を立てながら、雨宮のおばさまは包丁を研いでいるところだった。

僕たちの気配を感じたのかそのまま振り向かずに声を掛けられる。


 「なんじゃ。そろいもそろって。わしになんか用があるんか?」


 「はい。死体のことを聞きに来ました。知っていることを教えてください」




 「あの死体か…本当に見たんじゃな…」


 「死体は見ました。完全に白骨化していて、周囲には仏様の荷物が散らばっていました」


周囲の状況を思い出しながら答える。

脳裏にこびりつくその景色はなかなか消えないが、それが今はありがたかった。

あの空間の端から端まで、鮮明に思い出せるのだから。


 「して、その死体が何だというのじゃ?大方観光客が迷って餓死したか何かじゃろう。何を聞きたいんじゃ?」


キッチンに出た害虫を見るような、冷たい視線を全身に浴びる。

その視線に物怖じせずに、委員長が発言をする。


 「雨宮さんはあの死体と何か関係があったのではないかと考えています。そこで何かお話があれば聞かせてもらいたいと」


 「関係があったぁ?何を根拠にそんなことを言うとるんだい」


おばさまの目付きに凄味が増す。もし的外れなことを考えていたらと思うと鳥肌が立つ。

そんな中、最初に口を開いたのはましろだった。


 「根拠ならあります。おばさまは死体があったと言われたときに私たちほど驚いているように見えませんでした。それに、おばさまの足取りはずいぶんと慣れていました。つまり何度もあの洞窟に出入りしていたということではないでしょうか」


小さく震えながらましろが問う。しかしおばさまはそれを鼻で笑い一蹴する。


 「そんな憶測のどこが根拠なんだい」


 「いいえ、根拠はまだあります」


 「ほう…それはどんな?」


目付きに凄味がさらに増す。これが人生経験の差だとでも言うのだろうか。

思わず身震いをするがこぶしを握り締めて堪える。


 「あの死体の周りには私物以外にお茶碗やお箸なども散らばっていたんです。つまり誰かが食事を届けていたと考えられます。そして、それらは先ほどの夜ご飯で出されたものと同じものが使われていました」


おばさまの目が大きく見開く。


 「あの死体がまだ生きていたころ。おそらく十年から二十年まえに食事を届けていたのはおばさまなのではないでしょうか」


手ごたえは感じた。根拠もしっかりとそろっている。

恐る恐るおばさまの目を覗くと、おばさまは観念したかのように大きく息を吐いた。


 「しかたのない子だね…全部合ってるよ」


おばさまは傍らに置いてあったキセルに手に取り、火をつける。


 「話してやるよ。あの死体のことと、十七年前に何があったかを」




 「十七年前…あれは晴れた日だったはずじゃ。お主らは今年で十六か。じゃあ二月には成人の儀を受けるんだな」


こくこくと委員長たちが頷く。

成人の儀を受けるということはこの島では成人年齢は十六歳ということになるのか。

いよいよ自分の無知が嫌になりそうだ。

何とか話を理解しようと耳と心を傾ける。


 「成人の儀、正確には冬暁祭とうぎょうさいと言ってな。山中で行われる島民のひそかなお祭りのようなもんじゃ。そしてそれは、成人以上の島民以外は知ってはいけない門外不出の秘密の祭りなのじゃよ」


冬暁祭…夏のお祭りが夏夜かや祭りだったから、それに対比しているということだろうか。

それに成人の話は昔一ノ瀬さんから聞いたことがあったような気がする。

確かあれは夏夜祭りの話をしているときだっただろうか。

おばさまはキセルを美味そうに吸い、話を続ける。


 「十七年前…当時この島に取材に来ていたカメラマンが冬暁祭の秘密を知ってしまったと大騒ぎになった。連日島民総出で探したのを憶えているよ」


 「それじゃあ、あの死体はそのカメラマンってことか?」


柊馬がもしかしてという風に聞く。

門外不出の秘密を知ってしまったカメラマンの末路。確かにそれは十分考えられるが、其れだとおばさまが匿っていた理由に説明がつかない。

島民総出で探すほどの大事なのだ。それを匿ったとなれば余計に大事になるのではないだろうか。


 「カメラマンって言うのは合っとるが、順番があってな。決してわしが進んで匿っていたわけじゃないんじゃよ」


そう言うとおばさまはキセルをもう一吸いする。


 「あの洞窟の奥は海水溜まりになっておるんじゃが満月が近くなると普段より多く水が溜まってしまうから、定期的に放水を行っているんじゃ。溜まった海水は地下道を通り、山中にある干からびた湖へと流れ込む。そこは満月の日のみ美しい湖になるのじゃよ」


山中の湖と聞き、夏休みにましろと行った湖を思い出す。

この洞窟はあの場所へと繋がっていたのか。


 「その日わしはいつも通り水抜きをしに行った。そしてそこで頬がこけ、目が窪んだやけに人相の悪い男と出会ってしまったんじゃ。そりゃあもう驚いたとも。誰かに伝えること以上にその場から逃げ出したいと思ったさ」


 「ではそこから匿うに至った理由というのはどういうことでしょうか?」


一ノ瀬さんが追い打ちをかけるように質問をする。

その表情に微か焦りが見て取れる。急かさなくても話してくれるだろうに、彼女は何を焦っているのだろうか。


 「…利害の一致かのう」


おばさまは気にすることなくキセルを一吸いしてから答える。

どこか遠くを見るような、そんな表情をしながら。


 「島民の全員がこの島の風習を全肯定しているわけではないということさね」


意味ありげなその言葉に、僕たちは全員息をのむ。


 「ともかく、それから毎日わしはやつへ飯を運んでおったがそやつはある日ぽっくりと逝ってしまった。そりゃあ、あんな光のない場所にずっといたら誰だって生きる気力を失くすだろうよ」


老婆は再び話し始める。先ほどとは異なる、はっきりとした目をしながら。



話は一段落し、各々がお茶を飲むなどをして今得た情報を整理している。

島の秘密を知った人間を島民全員で探すほどの秘密とは何か。冬暁祭とは何なのか。

気になる話が多すぎて、既知の情報と何が関係するのか整理することで頭がいっぱいだった。


 「さて、他に何か聞きたいことはあるかい?」


おばさまの問いに誰もが口を紡ぐ中、ましろが小さく手をあげる。


 「あのご遺体をどうにか供養していあげたいのですが…」


 「…それも道理じゃな。ただわしは力的にきついから、やるならそこの坊主三人を誘っとくれ」


おばさまの目線が男子三人へと向けられる。

ちょうど確認したいこともあったから、その提案自体はありがたいものだった。


 「もう一つ、冬暁祭の内容について聞きたいんですけれど…」


今度は委員長が質問をする。

委員長のお父さんは島内ではかなり偉い立場にいると説明されたが、そんな委員長でも知らないということはよっぽど秘密にされているということだろうか。


 「なぁに、ただの祭りじゃよ。五穀豊穣に安産祈願、商売繁盛に学業成就。出世祈願もあるかの。人間、神様に祈ることなんて人生で何回もあるんじゃ。じゃからそんな神様に感謝を示す祭りも多いことに越したことはないじゃろう」


おばさまはキセルをふかしながら答える。

どうやらまともに答える気はないらしい。


 「さあさ、ガキどもはさっさと寝ることだね。親には連絡しといたから、明日朝一のバスで家に帰りな」


おばさまに追い出され居間を出る。

謎を解きに来たはずが、いっそう謎が深まってしまった。

開いた窓からゴウと風が吹き込む。

この島の秘密を暗示するかのようなそれは、まるで怨念が込められているかのような恐ろしい音を響かせた。

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