冒険者シロ
「す、すげえ。嬢ちゃん、すげえな」
「ああ。速さも然ることながら、急所を正確に捉えている」
「獣人族は討伐依頼が得意とは聞いていたが、実際目にすると驚くな」
「なあ、マジで冒険者にならねえか? お前ならいい所まで行けると思うぜ」
「ふっふっふ。私は狩りが得意なのです」
シロは胸を張り、得意げに返事をする。
肉泥棒を見つけたシロは、直ぐに冒険者の前に立ちはだかった。若干人見知りの気があるシロだが、食べ物の恨みは強く、自然に足は動いた。
だが、実際に目の前に対峙してしまうと、何を話せばいいか分からず、口篭ってしまった。
それを見た冒険者の四人は、冒険者に憧れる小さな子供と勝手に勘違いし「俺達今日は暇なんだ。試しに森へ行ってみるか?」とサムズアップしてシロを連れ出したのだ。
シロの方は、あの時のお詫びをしたいのだと考え、何も話さなくても伝わったことに安堵し、四人に付いて行った。
一通り魔物の討伐が終わる頃には、シロと冒険者は打ち解けていた。
「それにしても、この傷口、内臓の処理······どこかで」
「そういや確かに。どこだっけか?」
「何言っているんだ。こんな凄腕、ゴロゴロいてたまるか」
「何か急に腹が痛くなってきたんだが。あ、お前がゴロゴロとか言うからだぞ」
「どんだけ繊細なんだよ、お前は。しかし、シロちゃん、ね」
「む? なんなのです?」
「いや、獣人族なのは冒険者やってる俺達には珍しくも何とも無いけどよ。何で黒い毛並みなのに、シロなんだ?」
「ギク、なのです」
その言葉にシロは飛び上がる。
シロはゲノムのローブ魔道具によって体毛の色を黒く変えている。普段は誰も疑問に思わない事が、違和感になってしまったのだ。
「いや、名前なんてそんなもんだろ? 俺達だって自分の名前がどうやって付けられたか知らねえし」
「俺なんか、親父の名前に一文字加えられただけだぜ? 忘れねえようにってさ」
「俺は気に入ってるよ。両親の願いが込められてるからな」
「お前の名前って、アレだろ? めっちゃ格好いいやつ」
「あ、馬鹿にすんなよ。気に入ってるんだから」
騒ぎ出す冒険者を見て、シロは優しい笑みを浮かべながら、胸の前で手を結ぶ。
「私も。自分の名前気に入っているのです」
「お、いいじゃん。聞かせてくれよ」
「あ、俺も興味ある。何が由来だ?」
「変な理由でも笑わねえからさ」
「何でだろ、こういうのってすげえ聞きたくなるよな」
シロは冒険者の方を見ず、どこか遠くを眺めて小さな声で語り出す。
その姿はどこか、大人びていた。
「······私の名前は、ある人が付けてくれました。私はあまり産まれが良くなくて、一度、奴隷になりかけた事があるのです。いっぱい傷つけられて、殴られて、そうですね、······死にたいと思っていたのです」
「「「············」」」
突然の重い話に冒険者は固まってしまう。
「そんな中、助けてくれた人がいました。物心付いた時から逃げていて名前が無かった私。······私を助けてくれた人は、こう言いました。ーー君はシロだ。白詰草から名前を貰って、シロ。知ってる? 四葉の白詰草には願いを叶える力があるんだ。君の願いが叶うことを願ってーーって」
「「「············ずびっ」」」
「私は直ぐに言いました。貴方の家族にして下さいって。その人は言いました。僕も家族を探していたんだ。一緒に来ようって。だから、私は幸せなのです」
「「「············ぐす」」」
「私は幸せなのです。大好きな人と、一緒に居られて。ライバルもいますけど、いい子なのですよ。お母さんは変わってますけど、大切にしてくれます。だから、幸せなのです」
「嬢ちゃん。もういい。もういい······っ」
「うっ、くっ······。ずびっ」
「悪い。少しからかうつもりだったんだ······俺を許してくれ」
「······ライバルに負けず、頑張って射止めな。俺、今日からシロちゃんの味方だから······」
「え? え? 何で泣いてるのですか? いい子いい子なのですよ」
「「「シロちゃん············っ」」」
「決めた。俺、今日からシロちゃんのファンクラブに入る」
「ああ。なら俺が二号だな。いや、四号か。シロちゃんを笑おうとした俺にはお前達より下でいい」
「そうと決まれば、ギルドで冒険者登録だな。名前は売れてある方がいい」
「だな。手続きやら推薦人やらは俺達がやってやるよ」
「あ、ありがとうなのですよ。冒険者、一回やってみたかったのです!」
「そりゃいい。もしかして俺達は伝説の冒険者を生んじまったのかもな」
「はは。なら俺達が一番初めに旅をしたパーティだな」
「俺さ、色んな所でシロちゃんの話をするよ」
「俺も」
「俺も」
「俺も」
「や、止めるのです。恥ずかしいのですよ」
次々と手を挙げる冒険者に、シロは顔を赤くして手を振る。
「恥ずかしがるシロちゃん······はっ。何だこの感情は」
「分かるぞ。お前の気持ち」
「ふっ、お前もか。同士よ」
「······よし。心が滾るこの感情を燃えと名付けよう」
「「「天才か!!」」」
☆
「あ、シロ! ············え? なにこの人達」
冒険者ギルドでの演説が終わり、街をぶらついていたゲノムは、城門前で冒険者に囲まれるシロを見つけた。
大事な家族が絡まれているのなら、どんな手段を使っても守るゲノムだが、そんな雰囲気では無かった。
「あ、ゲノム」
「あぁん? てめぇ、どこの馬の骨か知らねぇが、ウチのシロちゃんを呼び捨てとはいい度胸じゃねえか」
「てめぇが挽肉になろうが知った事じゃねぇが、墓標は立派に建ててやろうじゃねえか。そこらの棒でな!」
「ちょっと待てお前ら。この人見覚えが······」
シロの前に立ち塞がる冒険者達。
それはどこか、どこかの姫君と騎士様の様であった。姫君の方は大事な人の間に幕が出来てしまい、迷惑そうな顔だったが。
「ちょ、止めるのです。この人が私の名前を付けてくれた人なのですっ」
「「「えっ」」」
「紹介するのです。こちらはゲノム。私の名付け親なのです」
「げ、ゲノムと言ったら」
「傾国の英雄」
「まさか、シロちゃんの名付け親って」
「あ、ゲノムです。どうも」
「「「えぇ!?」」」
ゲノムにシロ、そこに冒険者が加わり、中々大所帯となった一行は、冒険者ギルドに場所を移していた。
目的はシロの冒険者登録。
既に手続きは終わり、今彼女は職員から説明を受けている。
因みにゲノムによって生み出された人垣は解散しており、チラホラと冒険者がいる、いつもの光景に戻っていた。
「い、いやあ、まさか英雄殿かシロちゃんの想い人とは」
「てっきり、シロちゃんの可愛さに勘違いしたストーカーかと」
「ば、馬鹿。いやぁ、まさに理想の組み合わせですな」
「ところで、祝言はどちらで? 俺としましては、このグランリノで行ってくれればいいのですが」
「え、いや、シロはウチのペッ······え?」
ゲノムが訂正しようとするが、その言葉は冒険者の一人が殴られた事によって止まってしまう。
「馬鹿野郎! てめえシロちゃんが頑張ってるのに、何余計な事を言ってやがる」
「そうだ! ライバルがいるって言っていたじゃねえか! 俺達が変な事を言って拗れたらどう落とし前を付けるんだ! あぁん?」
「殴られてえのか、ああ?」
「わ、悪い。少し調子に乗った」
「だ、大丈夫? すごい血が流れてるけど」
「あ、心配は不要です。冒険者なんで」
「この程度の傷なんて、日常茶飯事ですよ。なあ?」
「平気です! これでシロちゃんに心配されるんで!」
「············そ、そう?」
突然のスプラッタにゲノムはドン引きであった。
「ゲノムっ! 冒険者登録出来たのですよ! あれ? どうしたのですか?」
「いや、何でもない。ランクは銅級からだっけ?」
「はい。本当は錫級からなのですが、この人達が推薦人になってくれたので、ワンランク上からだそうです!」
「へえ。ありがとうね、皆」
「「「いえ、とんでもない!」」」
「ところで、ゲノムさんは冒険者にならないんで? 話の腕なら正に伝説のオリハルコン級になれるのでは?」
「ゲノムは昔冒険者だったのです!」
「あ、ちょ、シロ!」
シロが今あっさりと口にした事は、ゲノムの黒歴史の一つである。
「でも錫級の雑用が嫌で失効したのですよ。私と会うかなり前の話らしいですが」
「「「え?」」」
まさかの言葉に冒険者一同は身を寄せて小声で話し合う。
「確か、錫級の冒険者が失効すれば、再発行は無理なんじゃ」
「ああ。不適合の烙印を押されて、ブラックリストに入るって」
「だから普通は死に物狂いで依頼をこなすってのに······」
「俺の知る限り、冒険者のブラックリストに入れられた奴はいないぜ······ゲノムさん······」
「いや、あの時は若かったから······」
声が大きいので普通に聞こえたゲノムが返事をする。
「でもその後は凄かったのですよ。ユウとマキナと一緒に旅に出て、色んな悪者を倒して行ったのです! シロ達と出会ったのはその旅が終わってーー」
「シロ、ちょっと黙ろうか」
「······っ! はいなのです!」
「······しばらくオヤツ抜きね」
「う、ゲノムの事を知ってもらいたかったのです。悪気はないのですよ······ごめんなさい」
「シロちゃん、元気無くしちまって」
「ああ、耳が垂れ下がってるよ」
「でもさ」
「ああ」
「「「幸せそうだな」」」
シロは項垂れ、耳は下がっているが、その黒い尻尾はゆっくりと振られていた。
四人の冒険者は、早く運命の相手を見つけようと、心に誓ったのであった。
闇夜に輝く幻想魔術~幻術師は世界から狙われている様です~ 流れる蛍 @Nagaruruhotaru
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