ゲノムの演説

「ーーこんな事があったんだ」

「謁見しに言っただけなのに、何故そんな事に」

「ゲノムはいつも凄いのです」


逃げる様に宿屋に戻ったゲノムは、今しがたあった出来事を二人に報告していた。

街に出ると大勢の国民に囲まれ、四苦八苦し、宿に帰ってきた時には既にお昼を過ぎていた。


途中、屋台で当然の様にタダで串焼きを貰い、食事をするゲノム。屋台の店主は代金を貰いに手を差し出したのだが、それを笑顔の握手で返した。食べ終わった串も店主に渡してある。


部屋に戻ると、二人もルームサービスで食事を終えた様で、部屋の前に食べ終わった食器を置いていた。

二人はちゃんとお金を払っている。


「なんか最後には怖くなっちゃって」

「最後じゃない。途中から既に怖い」

「戦争ですか。私達なら簡単に逃げられるのですよ」

「いや、それはそうだけど、代わりにゲヘナの日記が読まれるよ」

「駄目。来たら返り討ち」

「日記くらいいいではないですか。私ならゲノムに全部見せられるのですよ」

「んー、シロの日記って、食べ物以外の事書いてるの?」

「それか、ゲノムの事」

「酷いのです! ············当たってますが」


以外に思われる事が多いが、シロは殆ど毎日日記を書いている。ただ、シロの日記は別名、ゲノム観察日記である。ゲノムが今日何をした、ゲノムと今日何をした。偶に好きな食事が出てくればそれを書く。それで日記の九割強が埋まってしまう。


「さて、じゃあどうしよっか?」

ゲノムは自分のせいで、大きすぎる程膨れ上がった事態の収束を図るため、意見を聞きに二人の部屋を訪れていた。

ゲノムは椅子に、二人はベッドで寝そべっている。


「······そもそも、なんでここにゲノムがいる?」

ゲノムの言葉に、ゲヘナは白い目をしながら尋ねる。


「いや、戦争なんだよ? 作成考えないと······」

「こっちは私たちの部屋。ゲノムは隣。加えて私達は敵同士。結論、出て行って」


「······何故男子は女子の部屋に入れず、女子は男子の部屋に簡単に入るのか。不思議だ」

「話をすり替えようとしない」


「シロー、一緒に寝ない?」

「誘惑しない。シロも付いて行かない」

「はっ!!」

「············分かった。出ていくよ。でもこれだけは覚えていて。僕は、家族の為に行動する!!」

「出ろ」



「いいのですか? 今はむしろゲノムの動きをみた方がいいのですよ?」

「······あれはテンションの高いゲノム。一緒にいれば疲れる。今は体力回復が最優先」

「······私は少ししたら街に出てみるのですよ。あまりこの様な機会は無いですし、少し興味があるのです」

「··················うん。じゃあ、私は寝てるから。気を付けて」

「はいなのです!」





「······でさ、僕は言ったんだ。悪の権化よ。魔槍に食われた魔人め。お前は既に死地にいるのだ。ってね」


冒険者ギルドでは、部屋を埋め尽くす程の冒険者で溢れていた。


その人垣の中心にはゲノム。

その周りには冒険者、ギルド職員、主婦と様々だ。


彼は自分の武勇伝を、多少のスパイスを加えて語っていた。

話すのはダストダスで、魔槍のストラスを倒した時の事。


話は佳境に入り、ついにゲノムがストラスを打ち倒す所まで来ていた。


「流石はゲノムさん。かっけぇ!!」

「かの悪国、ダストダスの槍使い、ストラスがそんな手も足も出なかったなんて」

「待って! 話の核心はそこじゃないわ。魔術師であるゲノムさんが、最強の槍使いストラスを破った所よ!! つまり、熟練した魔術師には槍使いなんて雑魚って事よ!!」

「俺、槍使うの辞めようかな······」


「いや、待ってくれ。確かに彼は僕に敗れた。でもね、とてつもない接戦だったんだ。······僕は槍を躱すのが精一杯だった。本当にね。勝敗を左右したのは、一言に言えば、愛の力だね」


「「「愛」」」


ごくり。と大勢が唾を飲む。


「そう。僕には見守ってくれた家族がいた。ゲヘナとシロ。二人の大切な家族が。······彼女達は悲しい運命を背負った家族でね。あ、偏見を持たずに聞いてくれ。その二人は、銀狼族と捻れた角を持つ悪魔族なんだ······」


「······銀狼族と言えば、昔の大戦でエルフ族に卑怯な手で勝とうとした種族じゃないか」

「······捻れた角ってことは、大昔、人間族を根絶やしにしようとした魔王と同じ······」


「ああ、そうだ。でも待ってくれ。それは大昔の出来事じゃないか。今を生きる二人には関係が無い事だ。外見や種族はその人の本質じゃない。人の本質は心そのもの······。違う?」

「確かにそうだ。俺は馬面ってだけで小さい頃に虐められた」

「そうね。私は胸が大きいからと男共にからかわれ続けたわ······心。そうよね」


「そうさ。心が、魂が、人と言えるのなら、僕らは心臓のずっと奥にある小さな光。そう、そこだ。そこで深く繋がっている············さあ、胸に手を当ててみて」


「「「··················」」」

一同は一人残らず胸に手を当てる。


「聞こえるよね。鼓動が。トクントクンと脈立っている。······これが命だ。魂だ。心だ。そこに種族なんて関係ない。姿なんて関係ない。人は、平等だ」


「「「おお············っ」」」


感動する一同。中には涙を流す者もいる。

しかしそんな中、一人だけ意義を伝える者がいた。涙を流し続ける冒険者の男だ。

彼はゲノムの話を疑っていた訳では無い。むしろ話を人一倍真面目に聞いていた。


「······だが、それでは魔物や獣だって狩れない。僕達冒険者は、一体どうすればいいんだ······っ!」

「え? 魔物?」


ゲノムは武勇伝を話して、チヤホヤされるのが目的だったのだが、ノリに乗りっぱなしで適当に話をしていたら、いつの間にか脱線していた。


「··················魔物はいいんだ」

「え? すいません。声が小さくて······」


「ま、魔物は魂が穢れてしまっている。穢れた魂を浄化するなら殺すしかない。だから狩っても良い!」


「し、しかし我々は魔物だけではなく、獣も狩ります!!」


「そ、それは生きるためでしょう? ならばいいんだ。獣もまた、生きる為に命を食べている。命を奪うのなら、自分が奪われる覚悟をも持っているはず。特に冒険者である君たちはそうじゃないのか?」


「草食動物は? 鼓動が命なら、彼らは何も悪い事はしていません」


「························さて、魔槍ストラスは」

「ゲノムさん!?」

何だか面倒になったゲノムは、話を元に戻した。





「おい、冒険者ギルドでゲノムさんが英雄譚を話してるってよ!!」

「それは聞き逃せないわ! 店なんてやってられない!」


「何だか人が少ないのです」


少し休み元気になったシロは、王都を一人歩いていた。

ゲヘナは宿屋で熟睡中である。


「まあ、いいのです。人が多いと匂いで酔ってしまうのですよ」


探索しながら、営業している屋台を見つけると、お小遣いを切り崩し、買った串家きを口にする。

「うまうま」

実は冒険者ギルドに行きたかった店主だが、シロの美味しそうに食べる姿が気に入り、サービスで一本追加する。


「え、いいのですか?」


話を聞くと、ある男が串焼きをタダで持って行き、代金を貰おうとしたら、握手で圧力をかけられたらしい。なので何となくその英雄譚を聞くのを躊躇っていた様だ。


「む。それは申し訳ないのです。では、その串焼きも買うのです。そのゲノ······彼の分をサービスにして下さい」


そんなこんなで街を探索していると、入口の方から嗅いだことのある匂いがした。


「む? あれは······」

前にシロが仕留めたイノシシの魔物を横取りした冒険者達であった。

人数は四人。前見た時より一人減っている。


「くそ。今日は全く狩れなかった」

「まあ、そんな日もあるさ。昨日あいつが実家の家業を継いで、冒険者を辞めちまったんだから」

「ま、今はこの間の魔物のお陰で懐にも余裕がある。骨は焼かれていて売れなかったが、以外に肉が高く売れたからな。血抜きや内臓の処理が完璧だったかららしいが」

「······その話はしないでくれ。腹が痛くなる」

「はは、お前はつまみ食いして大惨事だったからな」

「だから食うなら宿に戻ってから焼き直した方が良いって言ったのに」

「あの時は腹が減って仕方がなかったんだよ!」

「俺達が薬を探すの、どれだけ大変だったか······」

「確かに。どこ行っても薬が無くてよ。クーデターの最中だったから仕方が無いが」

「ああ、分かったよ。悪かった。二度とつまみ食いはしねって」


「あの時の肉泥棒なのですっ」

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