波のゆくさき

カント

本編

 波に運ばれてくるのだという。


 一人旅で利用した民宿の主人に「夜は海を見るな」と忠告された。聞くに、この地方では、そうして死者が此岸に来るのだそうだ。そしてを見ると――気が狂う。


 彼は正しかった。ふと夜半に海を見て――それ以降、死者は私のまぶたの裏から剥がれない。


 近く、私は自ら命を絶つだろう。あの夜、墨色すみいろの波間に見えた、土気色のもの。が何かを理解した直後、私は喉が潰れるまで叫んだ。荷物も放って宿から逃げた。だが――逃げ切れそうにない。


 は人間の頭だった。苦悶と恐怖に顔を歪めた、他でもない私の頭。


 理屈など分からない。だがきっと、私は死んだ後、あの夜に連れ戻される。


 墨色の波に運ばれていくのだ。

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波のゆくさき カント @drawingwriting

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