8.それぞれのスタート
「頼もう! 入部希望だっ!」
翌日の、放課後。
入部届持参で。
「これまた唐突じゃのう、平坂少年」
その届け出を受け取った姫神部長、これには面食らったようである。
つい最近までそこまで話す仲ではなかったし、先日の一件もあって部に関わってこないだろうと、彼女は踏んでいたのかも知れないが。
陽太には、既にこの部に入る理由が出来ていた。
「結構前から、この部が正義の味方の集まりだって聴いてたし、前に手伝ったときにそのように感じてたからな。オレにそう言うのは性に合わねェかもだけど、男らしさを磨くならここだと思ったんだ」
「否、正義の味方とは少し違うぞ。校内のよろず請負のボランティア活動みたいなものじゃし」
「でも、学校の人達を笑顔にする部活なんだろ?」
「む……ふうむ」
陽太の勢いに押されつつも、そのお題目については否定しきれないのか、姫神部長は少々思案顔を見せたのだが、
「ぶちょー、入れてやってくれ。俺からも頼む」
そこで、助け船を出してくれたのは、昨日に陽太の背中を押してくれた人であり、ここの部員である
桐生先輩、トコトコとこちらに近づき、拳で軽く陽太の胸を叩いて、
「笑顔にしたいヤツ、出来たんだろ?」
「はいっ!」
「そいつのために、高校三年間、懸けられるか?」
「もちろんっ!」
「そいつの気持ちが、おまえに向かなかったとしても?」
「それでも、オレ自身が前に進むには、ここだと思ったッス」
「ん、わかった。……そういうことだ、ぶちょー」
桐生先輩が嬉しそうに頷き、次いで、姫神部長に掛け合うことで、
「……まあ、ノブヤスがそこまで言うのであれば」
彼女も彼女で、陽太の気持ちを感じ取ってくれたようだ。
姫神部長は鷹揚に頷いて、陽太よりも二十センチくらいは低いであろう小柄な体格に似合わぬ大きな存在感と、真っ直ぐな琥珀色の瞳でこちらを見上げながら、
「我が部に入るからには、先日とは比べものにならぬくらい、お主をこき使うぞ。良いな?」
「おう、かかってこいやっ! 全部乗り切ってやらぁっ!」
「ククク、ならばしっかりと付いてこい、ヨータ。我はお主を歓迎しよう!」
グッと陽太が右の拳を姫神部長に向けるのに、姫神部長もグーでのタッチで応える。
「この展開は、ちょっと予想外だったねぇ」
「平坂くん。昨日言ってた件は、上手くいった?」
話がまとまったところで、今の今まで様子を見守っていた他の部員――クラスメートの女子である
「……いんや。少なくとも、七末が言ってくれたことはまだ何も出来てねェし、そのスタートにも立ててねェ気がする。でも、あの人の笑顔をずっと見ていたいし、あの人の涙にはきちんと寄り添えるようにする。絶対に」
「そっか……うん、だったら良かった」
「ふふ、良い心構えだねぇ、平坂くん。これから頑張ろうね」
「へっ。鈴木、今度また勝負しろよ。七末もな。次は絶対に勝つっ!」
「んー、もうちょっと力を付けてきなさいと言いたいところだけど……ま、いつでも相手になってあげるよ」
「おう、覚悟しとけ」
七末那雪は満足そうに頷き、鈴木桜花は面白そうに笑っている。
先日に感じたことだが、この二人は言わば、陽太にとって超えるべき壁であるし、
「まあまあ平坂、そこまで肩肘張るな。せっかくの部活なんだから、楽しくやろーぜ」
「き、桐生先輩……い、いや、これからアニキと呼ばせてもらって良いっスか?」
「おー……なんだか、いきなりチョロい三下感が増した気がするけど……ま、いっか。よろしくな」
「はいっ、アニキっ!」
「いちいち暑苦しいのう。さ、今日も校内の頼まれ事はいっぱいじゃ。皆の衆、今日も張り切っていくぞ。そしてヨータにも、存分に力を振るってもらおうぞ」
優しい桐生先輩は陽太の目標になる人物で、常時エラそうな姫神部長はあらゆる意味で底知れない。
ここまで感じ取って、間違いないと陽太は確信する。
これからの挑戦は、今までの挑戦の日々よりもずっと、自身の拘りである男らしさの成長に繋っていく。絶対に。
そして、その先にあるものは――
「おう、やってやんぜっ!」
昨日に見た笑顔を、心の中で浮かべて噛みしめつつ。
平坂陽太、ここからがスタートである。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ある日の夜。
パジャマ姿の小森好恵は、自身のベッドで横になりながら、ボーッと携帯電話の画面を眺めていた。
彼女の視線の先の画面にあるものは、一つの電話番号と、メールアドレス。
その、登録者名は。
『平坂陽太』
「…………」
手を握ってくれたあの日以来、好恵は、陽太くんと会っていない。
同じ高校なんだし、どこかですれ違うかな、と思ったりしたけど、そういう偶然はやはり起こってくれないようだった。学年も違うことだし。
ただ。
同じクラスの桐生信康くんが言うに、陽太くんは、とある部活に入ったらしい。
その部は校内奉仕が主な活動内容で、最近クラス内で結構評判であるのを好恵は知っている。
そして、桐生くんはこうも言っていた。
『機会があれば、あいつに声をかけてやってくれね? それだけで、めっちゃ力になると思うから』
……それがどういう原理なのかは、ちょっとわからないけど。
ただ、陽太くんが元気になるなら、いいかも知れない。
そういう思いで、好恵は陽太くんの電話番号を眺めているのだけど……いざ、彼と話そうとすると、少しだけ緊張した。
何故そうなってしまうのかも、ちょっとわからない。
「……でも」
夜の廊下で、初めて会った時。
そして、あの雨の帰り道の時も。
彼は、好恵に寄り添ってくれた。力になってくれた。
「……だったら。今度は、わたしの番」
そのように呟いた時には、すでに、好恵は携帯電話の通話ボタンを押していた。
ほとんど無意識の動作だったので、スピーカーから相手へのコールが鳴り始めたのに、好恵はちょっと慌てた心地で電話を耳に当てる。
コールが一度、二度、三度となって、今日はもう寝ちゃったかなと好恵が思った矢先、
『は、はい、平坂ッス!』
電話が繋がった途端、彼の、わりと裏返ったかのような声が聞こえてきた。
好恵と同じく、緊張しているらしい。
そう思うと、なんだか彼のことを可愛く感じて、こちらの緊張がちょっと解けた気がした。
「……小森です。夜遅くに、ごめんね。ちょっとお話したくて」
『え、あ、はい、大丈夫ッスよ、小森先輩っ! さっきまで勉強してたんスけど、今ちょうど終わったとこですしっ!』
「……そうなんだ。きちんと勉強頑張ってて、陽太くんは偉いね」
『うっ……い、いやあ、そんな大したことないッスよ! は、ははは』
「……そういえば聴いたんだけど。陽太くん、部活、入ったんだって?」
『あ、はい。いろいろ大変ですけど、根性で乗り切ってるッス!』
必要以上に気を張っている気がするけど、少なくとも、電話の向こうの陽太くんの声は、『元気だった?』と訊くのは愚問であるほどの活力に溢れていて。
自分が声をかけるまでもないかも……と思って、好恵はちょっと寂しい気分になったりもしたけど、
『えっと、小森先輩』
話の終わりに差し掛かったところで、改めて、彼は自分を呼んできた。
「……? なに?」
『その、お話できて、嬉しかったッス』
「……え」
『今日は部活がちょっとハードだったんっでちょっと疲れてて、電話に出たときは空元気だったんスけど……小森先輩と話しているうちに、なんか、空元気がそのまま元気になってきたというか』
「……………………」
『だから、その、明日また頑張れそうッス』
「…………そうなんだ」
なんだろう。
ちょっとだけ、好恵の胸の中がぐるっとした気がした。
不愉快というわけでもなく、むしろ心地いいような、それで居て息が詰まるような、そんな感覚。
そんな、よくわからないふわふわとした気分の中で、
「……わたしも、陽太くんとお話できて、嬉しい」
『えっ……!』
「……だから、電話だけじゃなくて、時々学校とかでも直接会って、陽太くんとお話したいけど……いい?」
『……………………』
そのように好恵が訊くと、陽太くん、電話の向こうで『ぬぐっ……』とか『ぬぅ……』とかうめき声を発していたようだけど。
『い、いつでも、来てくださいッス……』
かろうじて、といった状態で答えてくれた。
何故、彼がそのようになっているのかはわからないけど、彼がいいと答えてくれて、好恵、またちょっと気分がふわふわした。
「……じゃあ、そろそろ切るね」
『あ、はい。もう遅いですからね』
「……うん。陽太くん」
『はい?』
「……また、明日ね」
『は……はい、また、明日。おやすみです、先輩』
「……うん、おやすみなさい」
そのように電話を切ってベッドの脇に電話を置いてから、好恵は、仰向けで寝転がりながら天井を見上げつつ、少しだけ息を吐く。
「……また、明日か」
ほとんど、無意識に出てきた言葉。
今日までそこまで会う機会がなかったというのに、まるで、それが当然であるかのように。
……明日も、陽太くんと会いたいな。
そんなことを思う、自分が居る。
何よりも。
「……もっと、陽太くんと仲良くなりたいな」
呟くことで、また、好恵の気分がふわふわした。
この気持ちは何だろう……と、ちょっと首を傾げたけど、そろそろ眠気がきていたので、考えるのはまた後日にしようと思う。
ただ、一つ、感じていることは。
――何かが、始まりそうな気がする。
そんなふわふわな思いが残るの中で、小森好恵は眠りに就く。
なんだか、今夜はとてもいい夢が見られそうだった。
[そして、一コマシリーズにつづく]
始まりの数コマ 〜一コマシリーズ0 阪木洋一 @sakaki41
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