第二十四話 三軍の思惑と神流川の推移

上杉軍は、正面の徳川・北条両軍と戦いつつも、退却すべく兵を引き続けていた。


景勝は東を見やる。鉢形衆の動向を見ている。

神流川では、僅かな北条の鉢形衆が少ないながらも奮戦していた。


だがしかし。彼らが前田に夜襲を仕掛けた時点で警戒すべきであった。


前もって援軍を予期しなくてはできない芸当。なぜ敵将氏邦は予期できたのか。


この軍配置ならば、本軍は小田原からは一歩も出られないと解っていながらやるものか??


いや違う。最初からやはり小田原が全てでは無かったのだ。


「先程も指示したように動け。徳川には道を通してやる。我らは東へと向かう。鉢形衆の前線が薄いため、これを破る。向かう先は東の戦線。関東諸勢らを奮起させてやる!」


「ははっ!」





「家康殿は、無事に戻れると良いが...」


鎌倉から出陣し、そして現在神流川の援軍として戦の最中にある。氏照の軍勢らが戦い、懸命に徳川の進軍を促す中、それは突然に訪れた。


「急報!小田原より敵勢が進軍を再開した模様!指揮を執るは敵方の石田三成、浅野長政らとのこと!その数およそ!」


「な、七万だと!?立て直しの速さがあまりにも早い!まずい。これは早急に手立てを打たねば。」


小田原で釘付けにした約十万の内、七割以上が再起し進軍するなど、無茶苦茶だ。

ましてや、その再起にひと月ほどしか経っていない。

神速だ。あまりにも早い。何故。


「殿の見立てならば、あと十日以上は先のはず。にも関わらずこれか。敵方にもなにやら策を弄する奴がいると見た。ここに急報が届いたということは、江戸にも届いているだろう。対処は殿に任せよう。」


「ははっ!戦場の将にも、動揺を広めぬよう伝達いたします!」


「うむ。」


それよりもまず、我々は目前の敵を攻撃しなくてはならない。南方は巧く守れたとて、こちらが前線を喪えば即座に河越は孤立する。それだけは避けねばなるまい。


「伝令!北条氏邦が臣下、斎藤元盛より援軍を東に充てがうよう要請があったとのこと!また、氏邦殿は後方から敵を叩くべく、箕輪城方面へ進軍した模様!故に東の守りは薄く、抜かれる可能性が高まっております!」


見れば、正面の上杉勢は後方から順に東へと兵を進めている。鉢形衆ではたしかに手に余りそうではある。


それどころか氏邦が余計に見栄を張った。たしかに、兵の損失の少ない前田は侮れない。だがそれ以前に、戦えるかが心配ではあるが...。


「まあ良い。氏邦には好きなようにさせる。

鉢形衆があまり戦力を失わないよう、こちらから2000の手勢を送る。


『敵は決死の覚悟で前線を破りに来るだろう。こちらにとってはよもや手遅れかもしれん。もし破られれば、速やかに軍を纏め早急に鉢形城の守りに入れ。』


と、鉢形衆の将に伝えよ。こちらからは援軍を送る。」


「ハハっ!」


氏照はそう言ったのちにまた東を見やる。

利根川より東。その先では現在、関東諸勢が進軍しているとの急報が入っている。


合流を許せば非常に厄介だ。


...しかし、東側はあの御仁が務める戦線。


万に一つも抜かれる心配はなかろう。





「前線を突破!前田勢も期を見て退いたぞ!」


さらにさらに、徳川勢はというと......


「...抜けた!!ついに抜いたぞ!ハハハハハハハハフハハハハ、!」


家康率いる5000の兵が中央突破に成功した。あとは街道を上るだけだ。


北条も巧く兵を向けてくれたようで、非常に助かる。


家康は高らかに笑いを上げたが、その実、緊張のあまりか手足は震えていた。


徳川軍は、さきに酒井ら15000の大軍を夜中に移動することに成功していた。鎌倉に着いたのち、先行軍として酒井に兵を預け、進軍させた成果だ。

ちょうど知ってか知らずか、北条の者が夜襲を仕掛けていたために、行軍をだまくらかすことに成功したのだ。


この先の碓氷峠を超えれば、上田城を横通りすることになる。

上田城。それを聞いただけでも胃がキリキリとする。思い出されるのは以前の上田合戦である。


「真田のジジイめ。今度こそは万全の体制で打ち崩しくれるわ。」


先に15000を送り込み、徹底的に伏兵を叩く。性懲りもない奴らにわしのやり方を見せつけてくれるわ。


ここからが本番。家康の震えは、まさに武者震いであった。











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