第二十三話 三国同盟、成る。
「当方滅亡」
かつての扇谷上杉家の参謀、太田道灌の放った一言である。
関東においてその名声を知らぬものはなく、その智謀は関東諸勢を警戒させた。
当方滅亡。この一言は、その名参謀が死の間際に放った一言。その意味は曲がりようもなく、ただひとつ。
主家たる扇谷上杉家の滅亡を意味していたのだった。扇谷上杉家は宰相を失い、混迷を極めることとなる。
かくして、扇谷上杉家は結局滅びた。
今もなお、彼について語られる逸話や格言は数多く残っている。
「かかる時 さこそ命の 惜しからめ かねてなき身と 思ひ知らずば」
...志半ばで消えし天才、太田道灌ゆかりの地が南関東に残っている。
それこそが江戸城である。
〜江戸城〜
里見が臣、正木は数千規模の部隊を移動し、江戸城に入城した。
「徳川殿と氏照は、北へ向かったか。然らば我らは本領へと戻り戦略を立て直さねばな。」
広がる湿地と、趣を保つ古城を前に、正木は言いようのない感情に襲われた。
「...此度、完全にしてやられたわ。」
こちらが知らない情報をあちらが持っていた。ただ、それだけでここまでも手玉に取られるとは思わなかった。
徳川の発想と戦略に、北条が乗った。我らはそれに巻き込まれたとも言える。
なにか裏があると確信してはいるが、なにぶん、情報というものが不足している。厄介なものだ。
『江戸城にて、正木殿ら里見軍は集結されよ。そこに居られる将の指示に従っていただきたい。』
氏照の指示は至って単純なものであった。
江戸城になにかがあるのだろうと踏んで、ここは従うこととした。我々の行軍にとってもその方向は間違っていない。
本領に一度戻って主君に伝えなくてはならないからだ。
...そもそも、我らは本領で、ことの顛末について申し上げねばならない。すでに文は送ったが、こちらの状況について、申し開き方を違えば首が飛ぶ。
それに、現在の状況、どうやら豊臣が悪いらしい。で、あればやはり勝ち馬に乗るべきであろう。
あれこれと思案しつつ、精兵とともに正木は入城した。
入城した......!?
「な、なぬっ!?」
もう何度目に見たのかわからないが、あれは北条の三ツ鱗の旗だ。
だが、それは普通のものではない。
あの印は、間違いなく北条の宗主のものだ。
つまり、氏直の本隊がここに!?
門を超え、手前のところにて威風堂々たる大将が待ち受けていた。
「まさかとは思うが、里見軍かとお見受けいたす。我が臣下が無礼をお許しくだされ。正木殿。」
「...き、貴様がっ!」
「いかにも。我こそが、北条の宗主であり、当主、氏直と申す。もとの敵国とこうして面会するとは、感慨深いものですな。」
正木はとっさに刃を抜きそうになったが、さすがに臣下がそれを静止する。
あまりの飄々とした姿に、風聞に聞く氏直との違いを感じざるを得なかった。
それに、この反応、最初からわかっていたかのように見受けられる。
「...正木殿のお考え通り、すべてはこの氏直が描く戦場。北条の勝利のため、家康殿の理知を利用させていただいた。裏切りをただ期待しようが、やはり豊臣の力は大きい。故にこちらは策を弄して家康殿を引き入れた。あまつさえ、南蛮をも利用した。小田原も、父も、捨てた。」
「ぐ...!!」
そこまでするか北条氏直。
...しかし、それでも、こちらの知らない情報を投げつけて従えようとする気が見え見えで腹立たしい。
氏直は正木の顔を覗き込んでから、話を続ける。
「もし、敗勢の豊臣につくとして、貴殿らに利益は生みませぬ。それに此度、鎌倉を狙っていたそうな。豊臣はもとより、家康殿でさえ見捨てるつもりであったものを、迷信されていたのはそちらでは?」
「......」
鋭すぎる。本来は足利公方の再建を狙った独立志向であったものを、こうも簡単に見抜かれると厳しい。それに、家康殿を当てにしすぎて高慢になっていたのは我々だ。
...駄目だ。このわずかの時で、我々は戦場で向かわずしてもはや敗勢である。氏直という者、ただものではない。
「......」
正木は死を覚悟した。そして再び刀を握る。旧祖からの敵を討つべく最後の突撃をかましてやろうか。と本気で考える。
わずかに無音が続く。
両者が睨みあい、正木は馬上から憎らしく手綱を握る。しかし、握られていた刀はもとの位置にある。
「......やはり貴殿こそ、この戦を最後まで導く者とお見受けした。腹立たしいは腹立たしいが、我らの命運は今、他ならぬ北条に委ねられた。我々は貴殿に屈した。もはやこれまでなり。」
正木の放つ言葉は、かえって自らの心を平静にしていった。口惜しいが、この眼前にいる人物こそ、まさに本物。
その威容を前に、改めて下馬し、跪いた。
「ここまでのご無礼をお詫び申し上げる。我々里見は、この戦で関東管領の家康殿のもとにおいて、ともに関東の秩序を守るため力をお貸しする...!!」
氏直はその正木の手を取り、今度は落ち着いた言い方でその礼に応えた。
「そのお言葉、この氏直、しかと胸に刻ませていただこう。貴殿から直接話を聞けたことが何より嬉しい。どこぞの海軍どもと違い、無骨な関東武者は肝が座っておられる!」
「盟邦として、我ら里見、畿内の奴らを蹂躙して見せようぞ!関東武者に栄光を!」
「その意気ですぞ!ハッハッハ今宵は宴ですな!(簡単に乗ってくれて助かる...)」
「いかにも!これほど良き日は滅多にない!」
改めて両者は盟約を確認し、犬猿の仲であった二人は杯を交わした。
「して、我らが戦うべき場所とは?」
「...此度、我々は河越の地にて雌雄を決する。故に...」
「この江戸の地を里見の手で落としていただきたい。」
「南の前線は兵を引き、そして時間を稼ぐ。それを成すには、まず前線を総崩れにしてしまうことが重要だ。」
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