第七話 箱根峠口防衛戦 ~北条氏勝~
ここ関東に未曾有の危機が迫る。
これまでに経験したことのない圧倒的な兵数と度肝を抜く作戦の数々。
相対す敵、豊臣の実力はもはや計り知れない。
ここ箱根山麓の要所に位置する重要拠点、山中城は大規模かつ完成度の高い北条流築城術の最高傑作だ。
「殿、はやまってはなりませぬ!ここでお命を散らされるはもってのほかにて居城の玉縄まで退きましょうぞ!」
「ならん!!わしはここで切腹し、小田原の大殿への供物としてこの身を捧げるのだ。邪魔をするな馬鹿者!」
「ここで敗北したとしても、必ず次の戦で巻き返すことが可能です。お気を確かにしてくだされ、殿!」
「...........」
「なりませぬ、断じてこの私が許しませぬ帰りますぞ殿。」
「.............」
わしこと、北条氏勝は、この山中城の陥落とともに切腹しようと試みたのだが、家臣朝倉景澄の弟と玉縄衆の皆々に引っ張られてやっとの思いでこの修羅場を抜け出した。
陸路をたどって箱根山中の各城に参ずるべく向かう途中であったが、またたく間にその諸城も陥落。
向かうところに敵がおり、やっとの思いで助け舟を得て相模湾上を東へ東へと進んで撤退していた。
「........」
船上では敵の追撃によって数を減らしその剛毅な精神すらも打ち砕かれた惨めな武士が粥をかきこむ。
山中城の戦闘はまさに地獄だったためか、その顔はやつれて遠い目をしている。
舟に揺られる間、戦闘の経過について説明しよう。
当初は1000~2000もいた玉縄衆は、山中城の松田康長殿の援軍として共に馳せ参じた。
大規模な城郭の威容とその力強さに、諸将は力みなぎり口口に勝ったと叫ぶが、詰めている兵数は戦の常道に反して決して万全とは言えない兵数約3400人。
「前線にも関わらず、この城に兵3400、、本営はいったい何を企んでおるのだ?」
このときからわしは本営には他に新たな戦略があるものと踏んでいた。
「........おい!なんだあの大軍は!?後列まで全く人だかりが途切れておらぬぞ!!」
そして仮初めの高揚はその地を轟かす大軍勢の前に怖気づき、そして本当の大戦の始まりを覚悟させる。
静寂もつかの間のことで、
法螺の甲高き音と共に敵方約六万から七万にも及ぶ軍勢が、この城を一斉に攻撃し戦火が開かれた。
「ウオーーーーーー!!」
両軍の緊張が最高潮に達したとき、相手方の隊が意を決して突撃を開始。
この城に巡らされた曲輪への道を蟻のように絶え間なく、つわもの共が駆け抜け雄叫びをあげる。
しかし障子堀の凹凸がその屈強なる若者を絡め取り、
こちらの軍の鉄砲がドドドと轟音を立てると、その武士たちは心の臓を貫かれて鮮血を撒き散らし行く場を失うのみ。
「各自持ち場を堅守し、次なる敵の突撃に備えよ!!前線は鉄砲の弾薬を切らさぬよう絶えず運搬を続け、侵入者のあった曲輪には歩兵を充填させるのだ!」
緒戦はこの城の先端岱崎出丸で行われ、数時間に及ぶ死闘が繰り広げられた。
前線はたちまちに膠着状態となり、その猛烈な戦いに圧倒的な優勢の敵方はしり込みする。
積みあがった骸を乗り越えて進撃するものや、その下に隠れて逃れる者もいた。
鉄砲の火薬による焦げ臭いにおいがあたりに充満し、兵は額に油汗を浮かべる。
「伝令!!敵方先方一柳隊は壊滅、その将も討死とのこと!」
「間宮殿、お見事!」
この緒戦勝利はこちらの戦闘にも影響し士気は天を衝くように高い。
岱崎出丸の守将、間宮康俊殿の凄まじい奮闘がここからでもよく見渡せる。
目下の西櫓の戦闘も激闘となっており、ここ二の丸から継続的に支援しているためまず落ちることはないだろう。
「これは長期戦になりそうだ。本営の援軍が来るまで持ちこたえるぞ!」
「ハッ、!」
約十七倍にもなる兵数差を埋め合わせるためにここで時間稼ぎをして本営の援軍を待つ。
わしにとっての頼みの綱はその一つのみであった。
しかし、思った以上に早くその崩壊が訪れることとなる。
「......いかん。急ぎこちらから数百の援軍を間宮殿の元へ走らせよ!!」
数時間の戦闘により相手方の攻勢も弱くなるかに思われたが、その圧倒的な数による軍の持久力は極めて高く、こちら側がやや押し退けられてきたのだ。
さらに間宮殿の指揮する曲輪内に敵が一人、また一人と侵入して行くのが明らかとなっていく。
目前では鉄砲の火薬も尽き、押し寄せる敵へと
血走った目に狂ったような叫び声で敵方を数度斬りつけ、必死にもがく精兵。
が、その武勇勇猛さも一時のことで、相手は五人組で束になって襲いかかり四方八方より槍の攻勢を強めていく。
誰もが本営からの援軍を期待し、そして己の主家の安泰のために命を散らして戦った。
にも関わらず、箱根峠の道は閑散としておりここから数里見渡しても誰一人としていない。
「援軍はまだなのか!このままでは今日中にこの城は陥り全軍惨殺の憂き目に遭うぞ!」
氏勝の悲痛な叫びが山中に届くはずもなく、ここ山中城はついに落城した。
怒りと込みあげる悔しさに顔をしわくちゃにさせながら、氏勝は供の者の声えと耳を傾ける。
「殿、あちらをご覧下され。お、小田原の城が.......。」
船上のひしめく悲鳴に気づき氏勝はその目を開く。
小田原城からはのろしのように火柱が立ち上がり、その惨劇を物語っていた。
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